Ximera Media Next Trends #78|Ikuo Morisugi| 2025.10.29
独自性のある高品質なコンテンツと構造化データ、AIプラットフォームとの積極的な連携、人間のユーザーに直接訴求できる自社チャンネルの価値
- はじめに: AIブラウザ登場の背景
- 1. 文脈理解によるブラウザ体験の変革
- 2. 閲覧から実行までを一本化
- 3. 将来のマネタイズ機会の獲得
- 4. 外部サイト遷移減少へのフォローアップ
- 5. 継続的な文脈の獲得
- 代表的なAIブラウザ
- 1. ChatGPT Atlas
- 2. Perplexity Comet
- 3. Arcの後継AIブラウザ Dia
- 4. Gemini in Chrome
- ユーザーの検索・ブラウジング行動の変化
- おわりに
はじめに: AIブラウザ登場の背景
ChatGPT、Gemini、Claude、Perplexityといった汎用AIについて、モバイルはAIの専用アプリの導入が進む一方で、多くのユーザーは既存サービスを利用するためにWebブラウザ(Chrome/Safariなど)も併用しています。また、デスクトップでは多くの人が、汎用AIも既存サービスもWebブラウザで利用しています。このように現状の汎用AIは、「端末内の1つのアプリもしくはブラウザ内の1つのタブ」でしかありません。さらに高度な機能をユーザーへ提供するためには、よりベースとなるレイヤーのサービスを押さえる必要があります。そのアプローチの1つとして、各社はブラウザという入口をAI化する「AIブラウザ」の提供をはじめています。
このAIブラウザ登場については、単に回答精度を競うAI検索とは異なり、下記のような5点の背景が考えられます。
1. 文脈理解によるブラウザ体験の変革
従来、ブラウザの一つのタブとして、もしくは汎用AIのアプリを開いて、必要に応じて汎用AI回答のリンクから別ページへ遷移したり、別タブへキーワードを打ち込んで検索する、など目的に応じてページ・タブ間を行ったり来たりする手順が一般的でした。しかし、もしAIをブラウザ側に埋め込めば、「いま開いているページ」や「複数タブ全体」「直近の閲覧履歴」といった文脈をAIが直接参照し、要約・比較・追加質問まで画面を離れずに行えます。
2. 閲覧から実行までを一本化
要約やユーザー質問への回答だけなく、予約・購入・申込みなどの実行系タスクは、最終的にユーザーによるブラウザの操作や認証フローを伴います。エージェントがブラウザそのものに組み込まれていれば、サイト間の遷移や入力を自動的に実行することができます。このようにサイトをまたぐアクションを支援することは、ユーザーフローを握ることにつながり、汎用AI各社にとって競争優位性につながります。
3. 将来のマネタイズ機会の獲得
ブラウザはユーザー接点の入口であり、デフォルトの検索エンジンやブラウザ内で利用されるAIモデルはブラウザ提供企業側でコントロールされるため、もし一定のシェアを持てれば巨大なビジネス価値が生じます。過去の事例では、GoogleはSafariのデフォルト検索エンジンとなるために年間180億ドル(約2.7兆円)規模の対価をAppleに支払ってきたと報じられており、2024年の反トラスト訴訟でもその契約金額の巨額さが注目を集めました。汎用AI各社が独自のブラウザを持つことは、自社AIを標準導線に据えるための合理的な戦略であり、それが成功すれば大きな経済的メリットがもたらされます。
4. 外部サイト遷移減少へのフォローアップ
AI検索(特にGoogleのAIモード)によって検索結果から外部サイトへのトラフィックが減少している報道もあり、ユーザーは「AIの答えを見るだけで終わる」傾向を強めています。汎用AI各社はユーザーを自社のブラウザ面にユーザーをとどめ、検索から行動までを自社アプリ内で完結させるほど、滞在時間・収益機会・データ取得の面で優位になるため、さらにその動きを強めています。
5. 継続的な文脈の獲得
AIブラウザは閲覧中の内容や直近の活動を踏まえて回答できるように設計されており、「昨日見たXXっぽいことが書いてあったページ」といった曖昧な依頼にも応答できる方向へ進化しています。この継続的な文脈(continuous context)は、独立したチャットAIよりブラウザに常駐するAIのほうが取得しやすく、再訪・回遊・比較といった行動をAIが先回りで支援できます。
このように、汎用AI各社は良い答えを返すだけでは不十分だという前提に立ち、よりユーザー行動のコンテキストを継続的に補足し、自動実行できるアクションを多彩にし、自社AIへの囲い込みを目的としてAIブラウザの提供を行っています。
代表的なAIブラウザ
1. ChatGPT Atlas
OpenAIのChatGPT Atlasは、ChatGPTをブラウザに直接統合したスタンドアロンのAIブラウザ(2025年10月現在Mac版のみ提供)です。フルページのチャット表示、通常のWebブラウジング、ページ横に並走するサイドチャットの3つのモードで動作し、閲覧中ページや複数タブ、直近の履歴といった文脈を踏まえて要約・比較・追加質問への回答を行います。ユーザーは別タブに切り替えることなく、その場で「このページの要点を3行で」「この仕様と他社サイトの仕様を並べて比較して」など依頼でき、結果は引用元とともに提示されます。
Atlasはブラウザ操作そのものと深く結びついています。タブの開閉・並べ替え・ピン留め、特定URLへの移動、ブックマークの追加といった基本操作はもちろん、サイト内でのフォーム入力、クリック、スクロールなど実行系も行えます。必要に応じてAtlasはエージェントモードでのブラウザ操作が実行可能で、ユーザーが許可すれば複数ページにまたがる一連の手続きを自律的に進めます(例:見積り比較→申込みフォームの下書き→確認)。重要な操作(ログインや決済や注文フォームなど)は都度許可を求める設計で、途中で人が引き継ぐこともできます。
ユースケースは、(1)リサーチの高速化:ニュースや論文、資料を横断して要約生成、(2)ショッピングや予約の下調べ:複数サイトの条件を抽出し表に整形、(3)情報入力の支援:フォームや応募・問い合わせ作成の下書き、(4)情報整理:大量タブのクリーンアップやブックマーク整頓、など様々です。従来のAIチャット+別ブラウザよりも、Atlasはページ上の文脈をそのまま読み、必要なら手を動かすという点で体験が連続しやすいのが強みです。
2. Perplexity Comet
AI検索スタートアップPerplexity AIのCometは、ブラウザ自体にAIアシスタントを組み込んだパーソナルAIブラウザです。当初は月額200ドル(約3万円)の有料プラン限定でしたが、2025年10月に誰でも無料で利用可能となりました。Cometも、画面横のサイドチャットで動作するAIが常にユーザーのブラウジングを支援します。ユーザーがウェブページを閲覧している際に、ページ内容について質問すれば即座に答えたり、記事を要約したり、ページ内の操作を肩代わりしたり、など様々な支援を行ってくれます。最上位のMaxプランでは、メール内容を分析して返信の下書きを提案したりスケジュール調整を行うEmail Assistantや、ユーザーの指示に応じて裏で複数の処理を同時進行してくれるBackground Assistant機能が使えます。Background AssistantはいわばAI秘書チームであり、専用のダッシュボードから進捗を監視・管理できます。例えば「会議用のメールを送信し、コンサートの最安チケットをカートに入れ、希望日時に合う直行便の航空券を探しておいて」と一括指示すれば、各作業を裏で実行し完了時に通知してくれるなど、ユーザーが席を外している間にも複数タスクを自動処理できる点が大きな強みです。
3. Arcの後継AIブラウザ Dia
ブラウザスタートアップThe Browser Companyが2025年に発表したDiaは、同社から先行して提供されていたブラウザArcの後継となるAIファースト設計のブラウザです。6月の招待制β版を経て、10月にMac向けに一般公開されました。Diaも他のAIブラウザと同様に、アドレスバー/検索バーからAIチャット起動、画面内のテキストや画像を選択 => 右クリックしてそのままAIへ質問、といったようにAI起動できるアクションができます。UIも同様にサイドバーでAIと継続的に対話が可能です。それに加え、Skillsと呼ばれるショートカット機能があり、プリセットもしくはユーザーが作成したAIマクロを使って定型タスクを素早く処理できます。例えば、指定テキストから引用文献を生成する/cite、ページ記載内容のファクトチェックを行う/fact-check、閲覧中の商品と似た代替品を提案する/budget-buddy、求人票と履歴書を突き合わせ適合度を評価する/job-fit、論文やエッセイのアウトラインを要件に沿って生成する/outlineといった具合で、学業からショッピングまで様々な場面を想定したAIスキルが取り揃えられています。また学生がよく利用するSkillsをまとめたパッケージなど、利用者の生産性を高める工夫が盛り込まれています。Diaは基本無料で利用でき、Proプラン(20ドル(約3000円)/月)ではチャット利用制限の緩和などの特典があります。開発元のBrowser Companyは2025年9月にアトラシアン社に6億1000万ドル(約915億円)で買収されるなど汎用AI企業以外のAIブラウザとしては特に注目を集めています。
4. Gemini in Chrome
ブラウザシェアトップのGoogle Chromeも、Geminiとの統合によってAIブラウザ化を推進しています。2025年9月、GoogleはChromeに多数のAI機能アップデートを発表し、ブラウザ埋め込み型のAIアシスタントGemini in Chromeを一般ユーザー(2025年9月時点でUSのMac/Windows限定で先行提供)に開放しました。Gemini in ChromeはAtlasやCometと同様にユーザーの指示に応じて質問に答えたり情報を収集したりする会話型AIであり、複数の開いているタブ全体を横断して情報を探し出すことができます。Googleは将来的に、このAIモード経由でネット注文や予約など複数手続きが必要なタスクを自動化するエージェント機能も提供予定で、アクションの代行も視野に入れています。Chrome/Googleは圧倒的なユーザーベースと自社サービス連携(Android、Google検索、Gmail、YouTube、マップ等との統合)を強みにAIブラウザ機能を展開できるため、大きなポテンシャルを持っています。
ユーザーの検索・ブラウジング行動の変化
AIブラウザの台頭により、ユーザーの情報収集行動はこれまでとは異なる様相を見せつつあります。最大の変化は、検索や閲覧の受動化です。従来ユーザーは自らキーワードを検索し複数のサイトを開いて情報を取捨選択していましたが、AIブラウザでAIエージェントに質問すれば、必要な情報は要約された形で即座に返ってきます。その結果、人間が自分で何ページも巡回したり比較検討したりする場面が減少します。AIブラウザでは必要な情報を一画面で得られるため、従来のように知りたいことごとに新しいタブを開いて比較し…という動作が簡略化されます。従来は調査のため大量のタブを開いていたユーザーでも、AIアシスタントに「要点をまとめて」と依頼すれば一つの画面内でクロスサイトの要約比較が済んでしまうため、結果的に開くタブ数が減ったり、セッションがAIチャットウィンドウ内で完結したりするケースが増えると考えられます。
極端な見方をすれば、Webは「人間が閲覧する場」から「AIがデータを収集する場」へ移行しつつあります。実際、ChatGPT AtlasやCometはユーザーの代わりにページ内を自動でスクロールしたりリンクをクリックしたりしますが、その際表示される広告やサイドバーコンテンツは素通りされることが多く、人間の目には触れません。ユーザーもエージェントの動作をいちいち見守ってはおらず、処理が正確に行われるようになればなるほどAIが裏で勝手にウェブを回遊し、人間は結果だけ受け取るという形が一般化すると考えられます。このようにAIブラウザの普及はユーザーの行動を「検索して閲覧」から「質問して受け取る」「検索後のアクションすらも自動化」といった受動的なスタイルへ変え、コンテンツ消費の在り方を大きく変容させつつあります。
おわりに
AIブラウザは、まだこれから普及するかどうかという段階ですが、メディアやコマースにとってはトラフィック獲得やコンバージョン確保の戦略を抜本的に見直す必要が出てきています。すでに検索エンジン経由の流入機会が減っていると言われているなか、AIブラウザの普及はさらに拍車をかけるものになる可能性があります。AIサマリー表示によるトラフィック減は一時的なトレンドではなく構造的なシフトだと考えられます。AIブラウザやAIエージェントは広告バナーを一切見ずに目的の情報だけ抽出してしまうため、将来的に広告主が予算を投下しなくなる懸念もあります。AIブラウザ時代の競争軸は単純なページビューではなく、AIに情報ソースとして選ばれるかどうか、人間がサイト訪問してくれているのか、へと移りつつあります。
こうした中でメディア企業が取り得る戦略は、本連載#76でも紹介した汎用AI企業とのパートナーシップとGEO(AI検索エンジンでの引用最適化)です。
👉️ 参考: Ximera Media Next Trends #76 AI経由トラフィック獲得のアプローチ
コンテンツ提供側は、自社記事が引用枠に載るよう内容の正確性・専門性を高めるとともに、分かりやすい記述でAIに引用されやすくする工夫が求められます。特にブランド名や専門用語がそのまま表示されれば認知向上につながる可能性もあります。
AIブラウザにおいてもメディアはAIに見つけてもらい、選んでもらい、取引してもらう、ための施策が欠かせません。具体的には独自性を持ち、高品質なコンテンツと構造化データでAIへの情報提供を最適化し、AIプラットフォームと積極的に連携し自社データを組み込み、人間のユーザーに直接訴求できる自社チャンネルの価値を高めることが重要です。検索経由のトラフィックや従来型のコンバージョンに固執するだけでは先細りが避けられないため、AI時代の変化を前提としたマーケティング戦略へのシフトが求められています。
Ximera Media Next Trendsの更新情報は、キメラのニュースレターもしくはX(Twitter)でお知らせしています。
Ximera Media Next Trendsの記事一覧ページへ
キメラのコンテンツのトップページへ