The Wall Street Journal「内部レポート」を解説:サブスクリプション事業のための必読ポイント

Nov 17, 2020 4:54 PM (GMT+9)

image

こんにちは、株式会社キメラと申します。

私たちはパブリッシャー(出版社・新聞社・放送局)に対し、メディアビジネスをグロースするための課題解決やデジタル化をご支援しているスタートアップです。2019年1月に活動を始めて以来、国内50を超えるメディアにサービスをご提供しています。

2020年10月、Wall Street Journal紙(以下WSJ)の社内レポートをBuzzFeedがリークしました。

社内の有志チームによって作成されたレポートは140ページを超える大作です。リークの形式も含め、2014年に発表されたNew York Times紙の「イノベーションレポート」を彷彿とさせます。その内容は、デジタルメディアのサブスクリプション事業を運営するパブリッシャーに欠かせない示唆に満ちています。

今回のnoteは、BuzzFeedによるリーク版PDFの内容をもとに、WSJ社内レポートの要点とサブスクリプション事業に役立つポイントを解説します。

WSJの課題は「新規獲得」と「エンゲージメント重視のコンテンツ戦略」

まず、レポートの概要をおさえましょう。レポート冒頭の「About This Report」の抄訳をご覧ください。

The Wall Street Journalのニュースレター「What's News Newsletter」は新規の読者と未購読者向けの無料ニュースレターだが、購読者は26万6000人と伸び悩んでいる。調査の結果、ニュースレター受信者の1/3以上がWSJの購読者で、調査に回答したうち43%は70歳以上だと判明した。 これまでのニュース産業は、読者がその日に知るべきことを供給する「読み捨て」の形態だった。しかし、この20年間で人々がニュースや情報を消費する方法は根本的に変わり、ニュースを見る主要なチャネルはテクノロジー企業になった。WSJはこうした時代の変化に適応しきれておらず、未だに紙が主体のままである。 デジタルメディアにおいては、紙と違って読者からのフィードバックに耳を傾けなければ成功はない。WSJは記事全体のPVが“ヘビーな(月に10日以上訪問)”読者によって独占されすぎている(下図)。WSJでは有料購読者が生むPVを成功指標としているが、こうしたヘビーユーザーばかりが有料購読PVを占めていても事業成長を後押ししてくれるわけではない。”ライトな”有料購読者へのアプローチが必要だ。

WSJは読者層の高齢化と「お得意様」偏重のトラフィック構成に課題を抱えていることがわかります。レポートに掲載されている以下のグラフからも、それは明らかです。

image

引用元:WSJ社内レポートp.5(BuzzFeedによる報道記事より)

レポート内では読者を以下のように定義していますが、有料購読者のうち訪問頻度の高い「ヘビーユーザー」が占めるトラフィックがいかに多いかが分かります。

💡

<未購読者> Other Nonsubscribers:一見さん Nonsubscribers Prospects:見込み購読者 <有料購読者> College:学生プラン Light:ライトユーザー(月2〜3回の訪問、1〜10日程アクティブ) Heavy:ヘビーユーザー(月10日以上アクティブ) Corona:コロナ由来の有料購読者

また、ニュースレターの調査では、WSJの調査に回答してくれるようなロイヤルティが高い(=媒体に愛着を持っている)読者の多くは高齢層であることが判明しています。レポートでは、その理由が、デジタル化に伴うニュース消費の変化に応えられていないことにあると指摘しています。

そして序文の締めくくりでは、以下のような方針を掲げています。

1.  私たちが最優先するのはデジタル読者である 2. デジタル事業の成長と配信が、ニュースにおける意思決定の最前線にあるべきだ。紙面の検討事項はワークフローの下流に置き、最後に紙媒体デスクが行えばよい。 3. 意思決定の中核は、組織構造ではなく読者のデータ(Audience data)にするべきだ。読者に寄与しない組織体制はそのままにすべきではない。 4. ライト層と未購読者のニーズに優先して応えるべきだ。幅広いトピックや、時代を問わず読まれる(evergreen)コンテンツやニュース解説といったストーリ性あるコンテンツがそれにあたる。 5. 大切なのは、あらゆるタイプの読者が私たちの企業報道に興味をもっているとデータで明らかになったことだ。ビジネス・仕事・経済に特化した媒体としてのアイデンティティを再確認できた。私たちはビジネスマン必読のビジネス媒体としてのあり方を残しながら、幅広い読者に向けた分かりやすく実用的なストーリーの優先順位を一貫性を保って高めていかねばならない。

WSJの現状と歩むべき方向性をはっきりと示したこのレポート。ここからは、デジタルメディアのサブスクリプション事業において特に着目すべき3つのポイントを解説します。

1. すべては「ビジョン」と「データ」から始まる

まず注目したいのは、レポート本文の開始早々に「ビジョン・ミッション・戦略」を掲げていることです。Chapter1は、以下のスライドで幕を開けます。

image

引用元:WSJ社内レポートp.17(BuzzFeedによる報道記事より)

ダウ・ジョーンズのミッション:世界中の意思決定者のためのニュースと洞察の決定的なソースになること。 WSJのミッション:私たちは、信頼された事実に基づいたジャーナリズムが世界にとって正しく、ビジネスにとっても良いものであると信じる。 戦略:私たちのジャーナリズムを最も特徴づけるものを理解し、そのニュースのミッションと、現在から未来にわたって読者に提供する価値を十分に理解した上で組み合わせること。 ビジョン:私たちの開放性、分かりやすさ、共感できる経験、素晴らしい革新性ばかりでなく、私たちの公平で率直な(down-the-middle)ジャーナリズムが知れ渡ること。

イノベーションレポートの先駆者であるNew York Timesも、2014年のレポートで長期的な編集方針(long-term editorial vision)への目配りが不足していることを問題点として指摘しています。

また、続編として同社が2017年に公開したレポート「Journalism That Stands Apart」では、提言の1点目に「すべての部署が、スタッフがよく理解できる明確なビジョンを持つべきである(Every department should have a clear vision that is well understood by its staff)」と述べており、ビジョンを言語化し浸透させることの重要さを説いています。

もう一つ特徴的なのが、定量データによる裏付けが徹底していることです。レポートの各所で、購読者の構成比や訪問頻度といった行動データがグラフ化され、事業上のパフォーマンスが具体的な成長率とともに示されています。

このレポートが社内向けだという背景をふまえると、レポート制作チームが「ビジョン」と「データ」を全社の共通言語にしようとする意気込みが見て取れます。近年のデジタル組織における定石をおさえたアプローチといえるでしょう。

デジタル組織づくりについてもっと知りたい方は、この記事で詳しく解説しています。

事業成長は強い組織から。パブリッシャーのデジタル組織づくりの3ステップ

2. サブスクリプションの事業成長には「新規獲得」と「維持」のバランスが重要

サブスクリプションビジネスの事業成長は「Acquisition and Retention(「新規読者の獲得」と「既存読者の維持」)」のバランスが重要です。

このレポートで最もセンセーショナルなのは「高齢化している既存読者の満足度を追求するより、若年層(44歳未満)や女性などの新規読者の獲得に注力すべきだ」と、Acquisition(新規読者の獲得)に舵を切るべきと明言していることです。

レポートでは既存読者に報いる姿勢を評価しつつも、新規読者の獲得に課題があると指摘しています。以下のグラフではNew York TimesとWashington Postと比較してトラフィックの成長率が鈍いことを示し、「(WSJが)成人のニュース消費者人口の15%にしかリーチしていない状況では、購読者数の増加を追求することは困難だ」と断じています。

image

引用元:WSJ社内レポートp.27(BuzzFeedによる報道記事より)

また、WSJはp.5のグラフのようにトラフィックの多くをヘビーユーザーが占めている一方で、新規読者の獲得率(コンバージョンレート)と解約率(チャーンレート)は長きにわたって横ばいだといいます。レポートでは、このままの状況が続けば「550万人のデジタル購読者を獲得するために22年かかる試算」だと、厳しい現実を突きつけています(2020年6月時点、New York Timesのデジタル購読者が567万人)。

つまり、WSJは事業の成長性が低いにもかかわらず「お得意様」の地盤が厚い状態なのです。筆者の予想にすぎませんが、現在のWSJは新規・既存どちらの読者を大切にするべきかどっちつかずで、コンテンツや施策の方向性を定めにくい状態にあるのではないでしょうか。この課題はWSJに限ったものではありません。日本でコンテンツのサブスクリプション市場が成熟したとき、多くのパブリッシャーが将来直面する問題だといえるでしょう。

3. 新時代のニュースはエンゲージメントなしに語れない

レポートには「エンゲージメント」という言葉が幾度となく登場します。レポート終盤のChapter8「How We Cover Things」では、新たなニュースの消費形態に応えるコンテンツのあり方を、このように提言しています。

・リアルな人々の生き様をストーリーとして語る ・エバーグリーンなコンテンツを活用する ・プレゼンテーションやビジュアルを活用する ・動画、音声コンテンツを活用する

上記の提言は、おしなべて記事の満足度や滞在時間の貢献度――つまり、読者エンゲージメントの向上に寄与するものです。レポート冒頭の「About This Report」で指摘された「読み捨て型」のニュースメディアから脱却するカギは、読者エンゲージメント向上にあるといえます。

なかでも「エバーグリーンなコンテンツ」は多くの方にとって見慣れない言葉でしょう。「evergreen(常緑の)」という英語の意味どおり、時を問わず色褪せない内容のコンテンツを意味します。新聞社や通信社が得意とする、速報性が問われるストレートニュースとは対極にある存在です。

WSJも例に漏れず、コンテンツの多くは「流動的なニュース(Floating news)」と定義されるストレートニュースです。「流動的なニュース」は同紙のコンテンツの75%を占め、その寿命はわずか1.5日しかないと分析されています。

他方「エバーグリーンなコンテンツ」は「流動的なニュース」と比べてPVは28%、消費時間は7%も多く、有料会員へのCV率も高いといいます。時事と関係が薄い内容にもかかわらずコロナウイルス流行下でもトラフィックを獲得していることからも、その強力さは明らかです。

「読者エンゲージメント」についてもっと知りたい方は、この記事をご覧ください。

その記事、本当に読まれてる?コンテンツ評価の新常識「読者エンゲージメント」とは

戦略は実行がすべて。あなたのメディアで明日からできますか?

ここまで、WSJの社内レポートで着目したい3つのポイントを解説しました。レポートには組織の多様性やジャーナリズムについての提言も含まれていますが、この記事ではサブスクリプション事業運営に役立つ内容をピックアップしてご紹介しました。

WSJのレポートは「The Content Review」と題する通り、コンテンツに関する具体的なプラクティスが盛りだくさんです。特に、レポート終盤に掲載されている「デジタルパブリッシングのチェックリスト」は、日本のデジタルメディアでも明日から実行できることばかりです。最後に、翻訳とともに内容を紹介します。

image

引用元:WSJ社内レポートp.121(BuzzFeedによる報道記事より)

・検索流入を集めるために最適化した記事タイトルか? ・適切な内部回遊リンクを設置しているか? ・リンクに意味を持たせ、内部回遊を促す適切な行動喚起要素があるか? ・プロモーションでソーシャル言語(カジュアルな口語調の表現)を使っているか? ・ビジュアルはあらゆる画面サイズに対応しているか? 例えばスマートフォンでグラフは読めるか? ・埋め込みやモジュール(動画、読者の声、ニュースレター)を工夫しているか? ・トピック、作者名、キーワード、連載名など、記事に沿ったタグを付けているか?

あらゆる戦略は、実行して初めて物をいうものです。外野から評価するのは簡単ですが(この記事もそうですが……)、実行に移すのは容易ではありません。WSJのレポート制作チームも、そのことを重々分かっているようです。レポートの冒頭で「継続的な対話を開始するためのものであり、単に一回限りの分析ではない」と宣言しているように、WSJの本当の勝負は、このレポートを公開した日から始まっているのです。

そしてWSJに限らず、あらゆるデジタルメディアの未来は、戦略をいかに実行できるかにかかっています。

御社のデジタルメディアでは、明日から「チェックリスト」の内容を実行できますか?

ぜひ、ご自身に問いかけてみてください。

今回のブログは以上です!

少しでも皆様のお悩みを解決するヒントになれば幸いです。今後も、パブリッシャービジネスに役立つ知見や事例をご紹介していきます。

株式会社キメラへのお問い合わせ

私たちキメラは、デジタルメディアの事業・組織設計やデータ分析をご支援している企業です。「デジタルメディアのマネタイズを検討している」「もっと詳しい話を聞きたい」という方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。

✉️

株式会社キメラ(Ximera,inc.) ご連絡:お問い合わせフォーム 公式サイト:https://ximera.com/

ニュースレターを発行しています

パブリッシャーに役立つニュースと弊社の最新情報を、隔週・無料でお届けしています。