Ximera Media Next Trends #61|Ikuo Morisugi| 2024.06.05
はじめに
近年、ブロックチェーンやAIといった新しいテクノロジーの進化により、革新的なサービスが次々と生まれています。これらのサービスは必ずしもユーザーの顕在化したニーズから生まれたものではなく、むしろテクノロジーファーストのアプローチによって初めて提供可能となるプロダクトアウトの発想から実現されていることも多々あります。
新たなサービスやプロダクトは、マーケットインの要素だけでは凡庸なものになりがちであり、プロダクトアウトだけに頼るとユーザーの期待から外れたものになる可能性があります。かつてはマーケットインとプロダクトアウトは対立する概念と考えられていましたが、近年では両者を上手く組み合わせることが成功の鍵となっています。
本稿では、特定のテクノロジーをベースにプロダクトアウトでサービスを提供し、マーケットインの発想でユースケースを作り出し、新たなメディアとして成立させている事例を取り上げ、テクノロジードリブンのメディアがどのようにできあがってきたのか詳しく見ていきます。
ブロックチェーンベースの予測市場: Polymarket
Polymarketは、ブロックチェーン技術を活用した予測市場プラットフォームです。ユーザーは様々な出来事の結果を予測し、その予測に基づいてトークンを売買することができ、正しい予測をしたユーザーは報酬を得ることができます。Polymarketのビジョンは、集合知を活用してより正確な予測を可能にすることです。従来から予測市場は存在していましたが、中央集権的なシステムがほとんどで、不正の横行や外部操作を排除しきれないリスクがありました。Polymarketではブロックチェーンを活用することで、分散型で従来よりも透明性が高く、不正操作が起こりにくい予測市場を実現しています。
PolymarketのユーザーはEthereum互換のウォレットを使用してプラットフォームにアクセスし、USドルと連動しているステーブルコインのUSDCをデポジットすることで、予測市場に参加することができます。これにより、ユーザーは自分の予測に基づいてトークンを購入し、取引を行うことができます(より詳しい仕組みや説明)。
例えば、アメリカ大統領選で共和党と民主党の候補として誰が勝つかについて、プラットフォーム側がお題を出します。これに対し、参加者は自分の予測に基づいてトークンを購入し、その予測が正しければ報酬を得ることができます。さらにこれまでの参加者の投票率によってオッズが変化します。投票単位である「株」の価値がオッズにより決められ、下記事例の場合であればトランプが当選することに賭けた場合、1株あたり54セントがもらえます。株式は好きなだけ買うことができますが、Winner takes all方式で外れれば全額賭けたお金がなくなります。このように賭け事のインセンティブがあることで、1人1人の参加者が本気で予測を行うため、予測の精度が高まるという特徴があります。
また、選挙のみならずスポーツの試合結果やテクノロジー企業の業績予測など、様々な分野で活用されています。直近でも2024年の大統領選挙はPolymarketの最大の関心事となっており、大手のニュースメディアにおいてもPolymarketの予測を参考指標として取り上げています。
2024年までに2億200万ドル相当(約303億円)の予測マーケットを生み出してきており、Polymarketは単なる賭け事のプラットフォームにとどまらず、未来の出来事についての情報を集約し、予測し、互いに検証するメディアとしても機能しています。フェイクニュースや陰謀論など多量に情報が訪れる時代において、世の中がどう動くかを客観的に見る指標になりえます(ただし参加者が増えれば増えるほど衆愚化するリスクやPolymarket自体が権威化した際に、特定の機関が勝たせたい方に多量に投票を行い、予測市場自体を狂わせるリスクは拭いきれません)。
2024年5月、PolymarketはGeneral CatalystおよびFunders FundがリードするシリーズAおよびBラウンドを一気に行い、投資家から7000万ドル(約105億円)を調達しました。Polymarketの今後の展開としては、グローバル市場(現状規制によりUSではサービス提供ができていない)におけるさらなるユーザー獲得と予測市場提供カテゴリーの拡大が期待されます。例えば、スポーツの試合結果やテクノロジー企業の業績予測だけでなく、政治や経済、エンターテイメントなど、様々な分野での予測市場を提供することで、さらなる成長が見込まれます。
誰もが音楽クリエイターになれるメディア: Suno
Sunoは、AIを活用した音楽制作プラットフォームです。ユーザーはSunoのWebサイトでプロンプトで曲のイメージを伝えるだけで、まるで本物のトラックメイカーが作ったような高品質な音楽を作ることができます。作成した音楽はSunoのプラットフォーム上で公開・販売することができます。Sunoのビジョンは、AIテクノロジーによって音楽制作の敷居を大幅に下げ、誰もが音楽クリエイターになれる世界を実現することです。
ユーザーは自分のアイデアやビジョンをテキストプロンプトで入力するだけで、SunoのAIがその内容を解釈し、メロディー、ボーカル、歌詞、トラック、マスタリングまで仕上げてくれるため、全自動で作られたにしては粗が少ない音楽作品を生成することができます。これにより、音楽制作のプロセスが非常に簡単かつ直感的になります。
実際にSunoを作って、架空のアーティストを想定してコンセプトフルアルバムを作った事例も生まれています。こちらの事例では、簡単なプロンプトを使いChatGPTに12曲の曲調と歌詞の一部を生成してもらい、歌詞をフルで生成させた後に、Sunoで12曲を自動生成させています。Sunoで生成した曲は、かなりレベルが高くかなり注意を傾けないと素人ではAIが作ったのか人間が作ったのか判別できないレベルとなっています。
上記事例では仕上げとして曲間を手作業でつないでコンセプト・アルバムとして仕上げています。さらにChatGPTにこのアルバムをベースに架空バンドのプロフィール(メンバー、音楽スタイル、結成経緯など)を詳細に生成してもらったことで、かなり実在しそうなアーティスト感を出すことができています。
音楽の自動生成技術自体は以前から存在していましたが、人間の作曲には明らかに劣る、またはシステムが作ったとわかるレベルのものでした。しかし、近年のSunoに代表される作曲AIは作曲が簡単になっただけでなく、非常に高いレベルを実現していることが上記の事例から感じられると思います。
プロンプトでは伝えられない部分については細かくマスタリングや調整をかける必要もありますが、それでもなお「作曲は得意ではないが自分のアイディアをもとにした音楽を作っていきたい」クリエイターに大きな変革をもたらすツールになっています。全く作曲のできないユーザが大ヒット曲を生み出すのも時間の問題になってきていると思われます。
Sunoはこれまでに1000万人以上のユーザーが利用しており、新たなクリエイターエコノミーのプラットフォームになりつつあります。ビジネスモデルとしては、月額制のサブスクで、作曲のためのクレジットの購入や商用利用する権利などをBasic(無料)、Pro(10ドル/月)、Premier(30ドル/月)の段階的なプランに分けて提供しています。
2024年5月、SunoはシリーズBでLightspeed Venture Partnersをはじめとした投資家から1億2,500万ドル(約)を調達しました。このアナウンス自体を歌詞にしてAIで曲にしてしまうという粋なこともしています。Sunoの成功は、AI技術を活用した音楽制作プラットフォームの可能性を示すものであり、今後の展開が期待されます。
おわりに
本稿では、「テクノロジードリブンで作られるメディア」というテーマのもと、新たなテクノロジーによりこれまでなかった産業・市場が作り出される事例を取り上げました。
PolymarketとSunoに共通するのは、新しいテクノロジーを活用して従来にはなかった体験を提供していることです。これらのサービスは、ブロックチェーンの予測市場への活用、生成AI技術の音楽制作への活用という観点で、プロダクトアウトの発想から生まれたと考えられます。一方で、マーケットインの視点も重要で、Polymarketは大統領選やスポーツといった多くの人々が予測に関心が高いニーズに着目し、Sunoは作曲ができない人でも音楽を制作したいニーズに着目しています。プロダクトアウトとマーケットインの両方の視点を組み合わせることで、革新的で実用的なサービスを生み出す事例が生まれています。
新しいサービスやプロダクトを企画する際は、顧客ペインや課題の明確化とともにテクノロジーの可能性を探ることも重要です。テクノロジーを組み合わせることで生まれる新しい体験を想像し、それがどのようなニーズに応えるのかを考えることで、斬新でありながらも実用的なアイデアを生み出すことにつながります。
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