Ximera Media Next Trends #62|Ikuo Morisugi| 2024.07.09
はじめに
近年、Z世代などの若い世代に向けた新しいコミュニティやソーシャルメディアが次々と立ち上がっています。
いつの時代も若者達は、同世代同士がコミュニケーションしやすいクローズドな環境と、自分たちの中だけで意味が通じるコンテンツを生み出し楽しむことを好みます。例えば、初期のFacebookは大学生しか使えませんでしたし、Snapchatも友達同士でふざけた瞬間を写真を送りたいものの、誰かに晒されるのが嫌という需要を捉えて「一度見たら見返せなくなるチャット」が広がりました。FacebookやSnapchatはパワーユーザーである若者がプラットフォームの拡大をリードしつつ、間口を広げる機能をリリースし、若者以外の層にも広がったことで、現在多くのユーザーが利用するようになりました。
現状の主要なソーシャルメディアでは様々な世代が混在して交流するようになったが故に、若い世代はその環境を煙たがり、より同世代同士の共感が強化されるよりプライベートなネットワークを嗜好するようになっています。
また、若い世代はインターネット上での新しいコンテンツや遊び方に敏感であり、テクノロジー利用の学習コストも低いため、新たなコミュニティやメディアの利用方法やコンテンツを生み出す力を持っています。
例えば、直近では買収されることが決まったBeRealがあります。BeRealは合図となる通知から2分以内にスマホの両面のカメラで素の自分を撮影し、プライベートなグループに投稿するソーシャルメディアで、「制限時間内にカメラを両面同時に使うテクノロジー」および「クローズドな自分たちの間だけでわかるリアルタイム性の高いコンテンツ」を実現し、若い世代に新たなコンテンツやコミュニティを生み出しました(一方で、BeRealはその制約の多さから若い世代以外へオーディエンスを拡張できずFacebookのようなメジャーなプラットフォームにはなりきれずに身売りを決断したと考えられます)。
このように新たなムーブメントが起こりやすい新世代をターゲットとしたコミュニティ・メディアの勃興を捉えることで、メディアの次世代の形についてのヒントを得ることができます。本稿ではこの流れを体現しているスタートアップを紹介していきます。
Z世代向け完全匿名性大学内コミュニティ: Fizz
Fizzは、大学生専用のソーシャルメディアプラットフォームです。「Z世代によるZ世代のためのソーシャルメディア」と呼ばれており、2021年にスタンフォード大学に所属していた学生2名によって設立されました。大学学生同士が匿名で交流できる場を提供し、学内の情報共有や悩みの相談ができるようになっています。大きな特徴としては、各大学ごとに独自のコミュニティが存在することです。ユーザーは大学のメールアドレスを使わないとサインアップができないようになっており、自分の大学のネットワーク内でのみ投稿やコメントが可能となっています。
Fizzは、大学生が安心して自由に意見交換できる場を提供することを目指しています。従来のソーシャルメディアでは、プライバシーの問題や匿名性の欠如が原因で、学生が気軽に意見を表明することが難しい状況がありました。Fizzは、匿名性を確保することで、学生同士が率直に意見を交換し、共通の問題や関心事について議論することを可能にしました。
Fizzは、2023年8月時点で90以上のキャンパス(大学や高校)に導入されており、学内での情報共有の場としてユーザからの強いエンゲージメントを獲得しています。特にスタンフォード大学やペパーダイン大学などでは、普及率が95%を超えています。例えば、新入生のオリエンテーションや試験情報の共有、学生団体の活動報告など、様々なシーンで活用されています。また、匿名性を活かしてメンタルヘルスに関する悩みを相談する場としても利用されており、多くの学生がサポートを受けています。
一方で、Fizzは完全匿名性であるが故にコンテンツモデレーションの問題があります。匿名のソーシャルメディアは、差別・暴力・エログロといった取り扱いに注意が必要なコンテンツが氾濫しやすい環境です。これに対しFizzでは学生有志から選ばれたモデレーターが対処していますが、モデレータ自体に偏見が存在しうることや、Fizzのセキュリティ意識への甘さも指摘されています。かつての2ちゃんねるのようなアンダーグラウンドな存在となるのか、Facebookのように社会インフラになるのか、今後が注目されるところです。
Fizzのビジネスモデルは、まだ公表されているものはなく、確立されていません。対応する大学とユーザーを拡大した後に広告モデルとなるのか、大学側と連携するのか、学生へのサブスクリプションを展開するのかはまだ見えていません。
Fizzは、NEA(New Enterprise Associate)などトップティアのベンチャーキャピタルから2023年8月にシリーズAラウンドで約2500万ドル(約40億円)の資金調達を行いました。調達した資金は、プラットフォームの機能強化や新たな大学への展開、マーケティング活動に使用される予定です。
AI時代のクリエイティブメディア: Butterflies AI
Butterflies AIは、AIと人間が共存する新しいソーシャルメディアプラットフォームです。元Snapのエンジニアにより立ち上げられたButterflies AIのビジョンは、AI技術を活用して人々のクリエイティビティを引き出し、インスピレーションを提供することです。そのために、ユーザーが自分に最適なコンテンツを見つけ、創造的な活動を行うことへの支援をプロダクトとして実現しています。
従来のソーシャルメディアでは、自身にクリエイティブな素養だったり十分な作業時間がないと、継続的に質の高いコンテンツを投稿することが難しい課題がありました。Butterflies AIは、この課題に対してAIの力によりユーザーの興味に応じた創造的な活動を促進しています。
Butterflies AIでは、まずユーザがAIキャラクターを自身で生成するところからスタートします。自由なプロンプトかランダムで生成することができます。プロンプトで性格、見た目、性別、年齢、特徴などを記述し新たなキャラクターを生成します。
ユーザが初期セットアップを完了させると、AIキャラクターがButterflies内のソーシャルメディア上で勝手に投稿を開始します。ユーザーはAIとの対話で投稿のトピックに関して調整することはできますが、基本的にはAIがある程度の自由意志をもって投稿をしていきます(ただし性的コンテンツや不適切な内容のコンテンツは禁止されている)。
タイムラインはAIの投稿に対して、AIキャラクターと人間のどちらもコメントやいいね等ができるようになっており、ユーザーがAIと共にコンテンツを作成し、共有することで、新たな発見や創造性の発揮を支援しています。またフィードはパーソナライズされ、ユーザーが本当に関心を持つ情報をタイムリーに受け取ることも可能にしています。創業者へのインタビューによると、ベータテスト期間中に、ユーザーは平均で1-3時間ほどButterfliesのアプリでAIとやりとりをしているとされています。これは、うまく自分でお気に入りのAIが作れ、フィードがパーソナライズされることで、ユーザがプラットフォームへのエンゲージを高められることが示唆されています。
ビジネスモデルは、まだ確立されていませんが、ユーザへのサブスクリプションモデルか、ブランドがAIとのインタラクションにより収益を生み出すかの選択肢がありそうです。
Butterfliesは昨今叫ばれている「職を奪うAI」ではなく、ある程度人間のクリエティビティを発揮しながら、AIがAuto Pilotで作業を進めていくような協調型のプラットフォームになっており、AIと人間の共存を体現したサービスになっています。まだリリースから間もない初期段階であるため、多くのユーザが定着して使い続けられるか未知ですが、AIを活用した新たなメディアの観点で非常に興味深いです。Butterfliesについては、利用者を若い世代に限定しているわけではないですが、既存のソーシャルメディアから一定の距離を取りたい若いユーザが面白がって新しい使い方が生まれることが期待されます。
Butterflies AIは2024年6月にアプリケーションをロンチしたばかりですが、CoatueやSV ANgelから480万ドル(約7.2億円)の資金調達を行っています。
おわりに
本稿では、「新世代向けに勃興するソーシャルメディア」というテーマのもと、FizzとButterflies AIという2つの新たなソーシャルメディアを紹介しました。
これらのプラットフォームは、新世代のニーズに応えるために技術とアイデアを駆使して進化しています。Fizzは、大学生が安心して意見交換できる場を提供し、学内の情報共有やメンタルヘルスのサポートを実現しています。一方、Butterflies AIは、AIと人間が共存するクリエイティブなプラットフォームとして、ユーザーにパーソナライズされたコンテンツを提供し、創造的な活動を支援しています。
新たなコミュニティやソーシャルメディアの勃興は、技術の進化と共に多様な可能性を広げています。ユーザーのニーズを深く理解し、それに応えるための技術や社会トレンドを適切に取捨選択し・活用することが、今後のメディアの進化を考える上で重要です。
新世代向けのソーシャルメディアの台頭は、一過性で終わることも多々ありますが、大きな波は突然やってきます。次のムーブメントを見逃さず、有用な情報を積極的に取り入れることで、新たな取り組みにつながっていきます。
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