Ximera Media Next Trends #63|Ikuo Morisugi| 2024.08.01
はじめに
コンテンツパーソナライゼーションの進化は、デジタルメディアやeコマースの重要なテーマとして常に注目を集めてきました。これまでの歴史を振り返ると、Amazon、Netflix、TikTokなど、コンテンツパーソナライゼーションがそれぞれのサービスを大きくグロースさせるキードライバーとなってきました。
Amazonはユーザの購入履歴や閲覧履歴に基づいて関連商品を提案するシステムを開発し、パーソナライゼーションの先駆者となりました。また、Netflixはユーザの視聴履歴を解析し、個々の嗜好に応じたカテゴリーや動画コンテンツを1to1で出し分けすることで視聴体験を向上させました。Amazonは購入の35%が商品レコメンド経由で発生し、Netflixでは視聴の75%がレコメンド経由だと言われています。さらに、TikTokは高度なアルゴリズムを使用してたった数個の短尺動画の視聴履歴やイベントデータをもとに、次にフリックして見せる動画をリアルタイムに最適化しつづけたことで、多くのユーザをプラットフォームに惹きつけることに成功しました。TikTokのアルゴリズムの強さは特に顕著で、その最適化のスピードと精度には舌を巻かせられます。
普段何気なく我々が利用している上記のようなサービスはもちろん、現代のあらゆるサービスでパーソナライゼーションはユーザを各プラットフォームにエンゲージさせる重要な役目を果たしています。
本連載第54回で取り上げたように、コンテンツの並び順だけでなくUIや価格のパーソナライゼーションも起こりつつあります。この分野での進化は、さらなるユーザエクスペリエンスの向上とビジネス価値の向上に寄与するものとして期待されています。
さらに近年の生成AIの登場により、パーソナライゼーション技術は新たな段階に入りました。生成AIは、ユーザの好みに応じたコンテンツの自動生成や、これまでマニュアルで取得・定義していた情報を自動で収集・クラスタリングすることも可能になり、より適用範囲が広くなり、精度の高いものが提供できるようになっています。
本記事では、この分野で注目されているスタートアップを紹介し、生成AI時代のコンテンツパーソナライゼーションの可能性を探ります。
クリエイティブのパーソナライズAI: Fibr
Fibrは、AIを活用したパーソナライズドコンテンツを提供するマーケティングプラットフォームです。主にマーケティングや広告業界で使用され、ユーザの属性・行動データを基に最適なコンテンツを生成し、配信することを目的としています。Fibrの技術により、ユーザの関心や行動パターンを詳細に解析し、その結果を基に生成AIを活用して個別にカスタマイズされたメッセージやクリエイティブを自動生成します。
現代のマーケティングにおいて、ユーザの多様なニーズに応えることはより重要となってきています。ユーザを一定のグループ集団と見てセグメントごとに切った従来の一律な広告やコンテンツでは、どうしても関心を持たせることができないユーザが一定存在します。この状況を改善するためにバリエーションを増やしすぎると今度は工数や費用がかかりすぎて、それによりCAC(ユーザ獲得コスト)が膨らみROI(投資利益率)が悪化する可能性をはらんでいます。Fibrは、この課題を解決するために、生成AIを活用してユーザごとに異なるコンテンツをコストを低減しながら提供する製品を開発しました。
Fiberは大きく、PilotとBlocksと呼ばれる2つの製品を提供しています。Pilotは、広告クリック後のランディングページにおいて、流入元チャネル、位置情報、訪問回数、使用言語などを元にダイナミックにランディングページのテキスト・画像・言語などコンテンツのパーソナライズを可能にします。Blocksは、クライアント企業のブランドカラーやトーンを学習した上で、複数のLLMモデルを組み合わせて、各配信先(Facebook/Instagram)にあわせた広告クリエイティブを自動生成することができる製品です。
Blocksでランディングページへの流入精度を高め、Pilotでランディングページにおけるコンバージョンの精度を上げることが、Fibrの大きなプロダクト群提供戦略となっています。
Fibrの技術は、特にEコマースやデジタル広告の分野で成功を収めています。例えば、ある大手Eコマース企業の事例は、Fibrの製品を導入することで、広告とランディングページを連携させたパーソナライゼーションとABテストの実行により、ランディングページのコンバージョン率は30%向上し、CACが25%削減されました。現在の主力製品であるPilot全体でみても、30%のCACの削減、平均で15%のコンバージョンレートの向上を実現しています。
Fibrは、Pilotについてはサブスクリプションモデルを採用しており、月額料金を支払うことでサービスを利用できます。料金プランは、月間セッション数、利用する機能、作成できるクリエイティブやバリエーションの量に応じて異なり、無料プランからEnterpriseプランまで4つの選択肢が用意されています。一方でBlocksについては、従量課金モデルとなっており、1ドルあたり50クレジット付与される独自ポイントを購入し、必要な機能に課金していく形になっています。例えば、テキストから画像を生成する機能の利用に10クレジットがかかるといった具合です。これは本連載第59回でも取り上げた「SaaSの利用料金が徐々に利用量ベースになっていくトレンド」を踏襲しています。
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Fibrは2024年7月にAccelをリード投資家とするシリーズAラウンドで180万ドル(約2.7億円)の資金調達を行いました。調達した資金は、主にプラットフォーム開発・市場拡大・人材採用に使用される予定です。
セルフサーブ型コンテンツパーソナライゼーション: Shaped
Shapedは、元FacebookのAI研究部門に所属していたエンジニアらにより設立された、コンテンツパーソナライゼーションプラットフォームを提供するスタートアップです。提供する製品は開発者が自身でコンテンツレコメンドや検索機能のセットアップとチューニングができる「セルフサーブ型」が特徴で、メディア・eコマースなど多数のエンドユーザに1to1のコンテンツパーソナライゼーションを提供したい企業・開発者に適したツールとなっています。
Tech Giantで実現されているコンテンツパーソナライゼーションと同等のものを作るには、数千人のエンジニアと専門性の高い技術力が必要になります。当然ながら多くの企業にとって、高いハードルが存在します。これに対しShapedはセルフサーブ型のパーソナライゼーション基盤を提供することで、パーソナライゼーションの専門エンジニアではない開発者が手軽にユーザ体験を向上させ、競争力を高めることを目指しています。生成AIのモデルも含んだコンテンツパーソナライゼーションに必要な最新技術をパッケージングし、使いやすく、カスタマイズしやすいAPIとダッシュボードを提供しています。
具体的には、ユーザイベントデータを学習させ、機械学習モデルをアップデートし、各ユーザごとに最適化されたコンテンツランキングを返すことができるアーキテクチャで構成されています。例えば、テキスト、画像、動画のコンテンツをマルチモーダルのモデルで学習するための技術として、TransformerやLLMを利用しています。既存のイベントデータソースとの統合も実行しやすく設計されており、Segment、Amplitude、AWS、GCP、Snowflake、GAなど18種のメジャーなデータソースに対応しています。
Shapedはユースケースとして、TikTokのFor YouフィードやAmazonの商品レコメンドのようにTech Giantで実現されているパーソナライゼーションのモデルをShapedを使って実現するサンプルも提供しており、実例をもってリアルタイムで精度の高いパーソナライゼーションの実装が可能であることを示しています。
Shapedは、すでにいくつかのスタートアップで利用事例を増やしており成功を収めています。例えば、美容関連の動画ソーシャルメディアのSUPERGREATは、Shapedを導入したことで、視聴時間を131%向上させました。元々はパーソナライゼーションにはAWS Personalizeを利用していましたが、ユーザフィードバックに2時間かかり、モデルの再トレーニングには7日間毎にしか行うことができなかったことで、ユーザが求めるものとパーソナライズされたコンテンツにラグが発生していました。Shapedに切り替え、よりリアルタイムで最新のパーソナライゼーションモデルを適用したことにより大きくパフォーマンスを向上させることに成功しています。
Shapedは、サブスクリプションモデルを採用しており、月額のフラット料金でサービスを提供しています。料金プランは、利用する機能やデータの量に応じて異なり、月間のユーザアクセスの量に応じた相見積もりとなっています。
Shapedは2024年7月にシリーズAラウンドでMadrona Venturesをリード投資家とした800万ドルの資金調達を行いました。調達した資金は、プラットフォームの機能拡充と市場拡大に充てられる予定です。
おわりに
生成AIを活用したコンテンツパーソナライゼーションの進化は、企業とユーザ双方に多大な利益をもたらしています。FibrとShapedの事例は、生成AI技術がどのように実用化され、ビジネスに貢献しているかを示しています。これらのスタートアップが提供するソリューションは、個々のユーザに対するパーソナライゼーションを実現し、企業の競争力を高めるものです。
2024年7月現在では、今回取り上げた事例のようなパーソナライズは世の中に普及しきっていない状況ですが、今後のAI時代ではみなが当たり前のように実装される技術になる可能性があります。新たなサービスやプロダクトやマーケティングを企画する際には、これらの先進的な事例を参考にすることで、より効果的なパーソナライゼーション戦略の構築が可能になります。今後も、生成AIの進化と共に、コンテンツパーソナライゼーションの可能性が広がっていくことが期待されます。
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