Ximera Media Next Trends #67|Ikuo Morisugi| 2024.12.03
はじめに
デジタルコンテンツの需要が爆発的に増加している現代、生成AIは、制作者がコンテンツを創造し、体験する方法を一変させています。その中でも、リアルタイム生成AIがもたらす影響は、コンテンツの多様性を広げるだけでなく、その制作プロセスの民主化を推進する点で注目されています。
これまで、デジタルコンテンツは制作コストや専門的なスキルによって制約されてきました。しかし、リアルタイム生成AIはこうした制約を取り払い、個人や小規模なチームでも大規模なプロジェクトを実現できる環境を提供します。
たとえば、ゲーム開発において、従来は膨大な労力をかけて世界観を構築する必要がありましたが、生成AIを活用すれば、ユーザーごとにカスタマイズされた独自の世界をリアルタイムで生成できます。また、エンターテインメント業界だけでなく、教育やトレーニング、コマースなど幅広い分野で、ユーザーに応じたパーソナライズされた体験が可能になっています。これにより、これまでアクセスできなかった市場やニーズを掘り起こし、新たな価値が創造されます。
生成AIのもう一つの重要な側面は、ソフトウェア開発の民主化です。AIエージェントを使えば、専門知識がなくてもフロントエンドからバックエンドまでのコードを生成し、Webアプリケーションやサービスを構築することが可能になりつつあります。本連載第59回でもPoolside AIの事例を取り上げましたが、実際に動くデモは見ることはできませんでした。しかし現在では実際にプロンプトでWebサービスを完成できるサービスも登場しています。
上記のようなテクノロジーは、技術的スキルがなかったり、技術リソースにアクセスできなかった人々や地域に、新たな機会を提供します。例えば、非エンジニアのクリエイターが自身のアイデアを形にするだけでなく、スタートアップがスピード感を持ってプロトタイプを開発し、競争力を高めることができるようになります。また、技術スキルが高い人もより要件を明確にしてAIに指示できるのでより精度高く早く開発が進むようになります。
これらの技術革新は、デジタルコンテンツ開発のスケーラビリティを高めるだけでなく、より多様な人々が自らの創造力を発揮できる土壌を築きます。本記事では、リアルタイム3Dモデル生成とコード生成の分野で先進的な取り組みを進めるスタートアップ、DecartとReplitを例に、サービス/プロダクトでどこまで期待される役割を実現できているのか掘り下げていきます。
リアルタイムな3D空間生成: Decart
Decartは、AIを活用してリアルタイムにプレイ可能な3D空間が生成されるオープンワールドモデル「OASIS」を提供しています。従来のゲーム開発と異なり、開発者が膨大な量のデータを事前に用意する必要がなく、AIがリアルタイムで環境を生成します。OASISのデモでは参考になる画像を一枚アップロードするだけでマインクラフト風の世界が下準備なくリアルタイムで生成され、そのままプレイできる環境が提供されています。初期マップが自動生成されるだけではなく、ユーザが何らかアクションを行うフレーム毎にマップ(に見せかけた動画)がダイナミックに生成されていきます(より詳細な技術解説はDecartのブログで)。ChatGPTのように既存のLLMではどうしても入力から出力までにラグが発生しますが、ゲームのユーザアクションにチューニングされた学習モデルと生成AIに特化したNVIDIAのGPUを使うことで、低画質ながらもゲームプレイに支障のないレベルの品質をリアルタイムに生成することに成功しています。
「OASIS」はその革新性から、業界内外で注目を集めています。たとえば、著名な企業家イーロン・マスク氏は、「Wow, this is happening fast.」とSNSでコメントし、その技術力に驚きを示しました。また、人気ゲームストリーマーのPhoenix SC氏も、「OASISが今話題になっている」とYoutubeで取り上げた動画が99万再生以上されておりゲーマーコミュニティ内での注目も感じられます。
Decartの公式サイトや公開資料では、ビジネスモデルの詳細は明示されていませんが、同社が提供する「OASIS」は、リアルタイムに生成される仮想世界を体験できるプラットフォームとして注目されています。この技術は、主にゲーム開発者やクリエイター向けのソリューションとして設計されていると考えられます。また、DecartはAIインフラストラクチャの効率化にも力を入れており、トレーニングや推論プロセスの高速化を可能にする技術を提供していることが知られています。このことから、「OASIS」の使用を通じて個別のライセンスやサブスクリプションモデル、またはAIインフラの提供によるBtoB向けの収益化が将来的には考えられます。
2024年10月、Decartは上記の「Minecraft」風のデモの公開とともに、シリコンバレーのトップティアVCであるSequoia Capitalをリード投資家とした2100万ドルの資金調達ラウンドで大きな注目を集めており、成長の加速が期待されています。
フロントエンド/バックエンドアプリを自動生成:Replit
Replitは、ブラウザベースのクラウド統合開発環境(IDE)を提供しています。AIでコード開発を支援するGithubのCopilotに競合するAIコード開発支援に強みを持っている同社ですが、特に注目されるのが「Replit Agent」というAIです。Replit Agentはユーザーが自然言語で指示を入力するだけで、フロントエンドからバックエンドまでを自動的に生成し、完全なWebアプリケーションを構築することが可能です。この技術により、プログラミングの知識がない初心者でも、複雑なアプリケーションを簡単に開発できる環境を提供しています。従来のコード生成支援はGithub Copilotのように主は開発者でそのサポートをしてくれるものか、もしくは主はAIだがフロントエンドだけ自動生成できるようなソリューションが主でしたが、Replitをはじめ主がAIでかつバックエンドも考慮した総合的なアプリケーション開発を支援するサービスが登場してきています。
Replit Agentは簡易なプロンプトからでも一定必要な要件を推定して選択肢を提示してくれます。例えば、ユーザ登録/ログイン機能は必要なのか、ソーシャルログインは使えるようにするか、データベースを使って情報を覚えておく必要があるか、などです。またチェックポイントをいくつか作ることで、利用者の要望に沿った開発ができているかチェックすることができます。例えば、「ユーザ登録機能とログインは正常に動いていますか?」とReplit Agentからデモ画面とともに質問されるので、自分で実際に動かしてみて想定どおりかどうか確認し、もし想定と違えばまたプロンプトで「XXXの動きが違います。XXXするように動かして」といえば、修正作業に入ってくれます。
このようにリアルタイムにコード生成しつつユーザとインタラクティブに開発を進めることができるAIとなっており、ユーザ側の負荷をかなり下げることができています。
事例として、あるXのユーザーは「Replit Agent」を活用して、短時間でイベント管理アプリケーションを構築しました。このアプリケーションはログイン機能やデータベースの統合も含まれており、よりバックエンドもフロントエンドも同時に作られています。
Replit Agentもまだベータ機能であり、完璧なものではありません。何度も間違いを修正したり開発時間が長期化すると当初の要件を忘れてしまうこともあり、開発者だったらもう自分で直した方が早いと感じる場合もあります。またChatGPTと同様ですが、要件がクリアであればあるほど当初の理想と近いものに仕上がるため、要件定義が明確でないと思った通りのアプリにはなりません。そのためディティールにこだわりきったアプリを作るには向いておらず、現時点では新しいサービスや機能の動作確認をするモックアップ開発もしくは、イベントなどでワンタイムで利用するダイナミックに動くLPサイトなどに向いていると感じます。
Replitは無料プランをベースに、IDEの追加機能やリソースを利用できる有料プランを展開しています。月額15ドルのReplit Coreプランで、Replit Agentが利用できるようになっており、目玉機能となっています。他にもTeamsプランでチーム開発にも対応するほか、企業向けのエンタープライズプランも準備中であり、商業利用をサポートする環境の整備に力を入れています。
2023年4月、Replitは1億ドルの資金調達を実施しました。この資金は主に生成AI機能の強化とプラットフォームの拡大に充てられています。投資家にはAndreessen Horowitz(a16z)やCoatue ManagementなどトップティアのVCが含まれ、Replitの成長性への期待が高まっています。
おわりに
リアルタイム生成AIとコード自動生成技術は、コンテンツの多様性と制作プロセスの民主化において、かつてない変革をもたらしています。Decartのリアルタイムなデジタルワールド生成技術は、ゲームや教育の分野でこれまでにないインタラクティブでカスタマイズ可能な体験を提供しています。一方、ReplitのAIエージェントは、技術的な知識がなくてもアプリケーション開発を可能にし、開発のプロセスをより民主的なものへと変えています。
これらの技術が生み出すのは、単なる効率化のみではありません。まだベータ状態で多くの改善が必要な状況ではありますが、こういったAIがさらに進化することで、多様なアイデアを持つ人々が制約なく挑戦し、新しい市場を切り拓くことができる未来が想像されます。生成AIは、これまで専門的なスキルを持つ少数の人々だけに許されていた創造の場を、広く解放しています。その結果、より多くの人々がクリエイティブな世界に参入し、我々の社会に多様な価値をもたらす可能性があります。
生成AIの進化はまだ始まったばかりです。DecartやReplitといった企業が示す未来像は無限の可能性を秘めています。今後、リアルタイム生成AIが社会全体でどのように活用されていくのか、その行方に注目が集まっています。
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