Ximera Media Next Trends #70|Ikuo Morisugi| 2025.03.05
はじめに
近年、組み込み型金融(EmFi: Embedded Finance)が世界的に注目を集めています。組み込み型金融とは企業が提供するサービスやプラットフォームに金融機能を組み込むことを可能にする技術やサービスを指します。ユーザー体験の向上と新たな収益機会の獲得を同時に実現できる「非金融企業による金融サービス提供」の潮流が強まってきたのは、ECやオンデマンドサービスが定着して消費者の購買行動がオンライン化し、さらにデータ解析やクラウド技術が一段と成熟したことが大きく関わっています。元GoogleのProduct Managerであり、今はa16zのGeneral Partnerを務めるAngelaさんから「Every Company is a FinTech Company(あらゆる企業がフィンテック企業になる)」のフレーズが生まれ、組み込み型金融のトレンドが語られる際にこの言葉がよく引用されてきましたが、いまやその通りの状況になりつつあります。2021年に世界の組み込み型金融市場規模(収益)は約410億ドルで、2026年には1600億ドル以上に拡大する見通しと報じられています。
組み込み型金融の実装例としては、ECプラットフォーム上で購入者が与信を活用して自分に合った決済手段を選択できる、出店者や個人事業者が売上データを担保にスピーディに融資を受けられる、ポイントやマイルなどのロイヤリティプログラムがオンラインバンキングやウォレットと連携する、といったものがあり、金融サービスがビジネスの隠れたインフラとして浸透しています。例えば国内でも三井住友銀行とユニクロが提携してUNIQLO Payを提供していたり、住友SBIネット銀行とJALが提携しJALブランドの銀行口座(JAL NEOBANK)の提供を可能にしています。
海外では、保険や給与前払い、福利厚生サービス、経費管理など、ビジネスの多様な領域へと拡大するケースも増えています。これらの分野は銀行や決済サービス企業がひと昔前には独占していた分野ですが、さまざまな業種の企業が参入するハードルが格段に低くなってきています。
従来の大手金融機関なのか、スタートアップによる革新的サービスなのか、どちらが組み込み型金融市場を牽引するのか、あるいは両者が提携関係を強化して新しいシナジーを生み出すのかは国や地域によって違いがあると考えられます。いずれにせよユーザーの利用体験を一元化できる組み込み型金融が今後さらに広がることは間違いなく、企業側は新しいビジネスモデルをいかに迅速かつ柔軟に導入できるかが競争力の重要な要素となります。小売やECをはじめ、サブスクリプションサービスやメディアプラットフォームの運営に携わる企業にとっても、ユーザーとの接点を大きく変えるチャンスが巡ってきているとも言えます。
組み込み型金融を実装するにあたっては、規制対応やKYC(顧客確認)・AML(マネーロンダリング防止)などの金融リスク管理が不可欠になります。金融業界特有のライセンスや法務的な課題、あるいはセキュリティ面の問題があり、それらをすべて自社で解決するには時間とコストがかかりすぎるという悩みが少なくありません。そのため、API基盤やバックエンドのインフラを提供し、企業がすばやく組み込み型金融サービスを追加できるよう支援するスタートアップが近年急成長を遂げています。こうしたスタートアップは、銀行やカードネットワーク、クレジットスコアリング機関などと連携した技術的・法的スキームをあらかじめ用意しており、企業は自社ブランドのUIで金融サービスを提供しながらも、最終的な決済や与信部分はスタートアップの仕組みに任せられるという利点があります。
サービス提供者にとっては、組み込み型金融を取り入れることで、ユーザーにとって利便性の高い新しいサービスを迅速にリリースしやすくなります。例えば、自社ブランドでの銀行サービスやクレジットカードサービスや独自ポイントを導入したり、顧客に融資サービスの提供が可能になります。そうした取り組みはユーザーの購入意欲を促すだけでなく、プラットフォームの提供側にも手数料収入やアップセルの機会を生むので、新規ビジネスとしての投資対象になりえます。
以下では、組み込み型金融の分野で近年大きな注目を集めているスタートアップ事例を取り上げ、メディアやコマース領域のビジネス展開の示唆を考えてみたいと思います。
中小事業者向けの融資バックエンドプラットフォーム: Parafin
第一の事例として取り上げるのは、米国を拠点とするParafin(パラフィン)です。Parafinは中小企業が利用しているプラットフォーム事業者が融資をはじめとした金融サービスを簡単に実装できるよう支援する組み込み型金融のインフラを提供しています。
中小企業がコンテンツ提供者や販売主となって参入している、ECサイト、ソーシャルメディア、オンラインマッチングプラットフォームなどが、中小企業に対して融資サービスやキャッシュアドバンス(売上担保による資金先払い)を提供したいと考えたとき、多くの企業は膨大な法務的手続きやライセンス取得、リスクスコアリングの仕組み構築などをゼロから行わなければなりません。ParafinのAPIを利用すれば、あらかじめ国内外の銀行や決済ネットワークと連携が済んでおり、KYC・AMLなどのプロトコルも標準実装されているため、コンセントを挿すように簡単に金融機能を利用者に提供できるようになります。
具体的なプロダクトとしては、Parafinはキャッシュアドバンス/フレックスローン/長期ローンといった複数の形態の資金調達手段をAPI経由で実装可能にし、売上をはじめとした業績データなどに基づいて自動的に与信審査を行うAIモジュールも用意しています。Parafinの機械学習ベースのリスクモデルは、数百万件の小規模事業者の業績データを学習し、信用スコアや個人保証に頼ることなく融資の適格性やオファー内容を決定しているとされています。これによって、たとえばオンラインでサービスを販売している事業者が、売上規模や顧客満足度を担保にして追加資金を借り入れることが可能になると考えられます。この審査は通常の金融機関が行うものよりもスピーディであり、事業者側が即日または数日以内に必要資金を手にできる点が大きな強みとなっています。
これまで大手銀行は、たとえ一定のオンライン売上実績を持っている中小事業者でも積極的に取引をしたがらず、そうした事業者は融資を得ることができませんでした。しかしParafinのようなプラットフォームが出現したことで、銀行融資よりも簡単かつ早いプロセスで資金確保が可能になっています。
導入企業は自社ブランドの下でユーザーに対して金融機能を提供するため、UIやUXは独自に設計可能です。一方、バックエンド部分を担うParafinは法令遵守とスコアリングモデルを管理し、システムが円滑に機能するようサポートを行います。導入企業が追加的な金融ライセンスを直接取得する必要がないという点で大きなメリットがあり、スピード重視でサービスを拡張したい企業には非常に魅力的なソリューションです。
Parafinが公表している主要導入事例としては、AmazonやWalmart、DoorDash、TikTok、Worldpayといったグローバル企業のプラットフォームが名を連ね、そのプラットフォームを通じて中小の販売事業者へローン、貯蓄/支出管理ツールなどの金融サービスを提供しています。現在、米国とカナダの数万の中小企業に年間約10億ドルの資金を提供しています。2022年9月のシリーズBラウンド以来、取引量を400%増加させており、今後6か月以内に黒字化を達成すると予想されています。
Parafinは2024年12月にシリーズCで1億ドルを調達し、7.5億ドルの企業価値がつけられています。Parafinが最近追加調達した資金は、さらなる機能拡充と国際展開に向けて使われると見られています。
B2B SaaS向けのEmFiプラットフォーム: Weavr
欧州でも組み込み型金融は存在感を高めており、イギリスに本拠地を置くWeavrは組み込み型金融分野におけるスタートアップとして、近年のトレンドに乗ってサービス提供を続けています。
Weavrの企業ビジョン/ミッションをまとめると「誰もが金融サービスの恩恵を受けられるよう、必要な機能を必要な場所に、無理なく組み込める社会を作る」です。Parafinと同じく、金融サービスを顧客に提供したい企業の裏方としてホワイトレーベル型のサービス提供を可能にしています。
プロダクト概要としては、Weavrは「プラグ&プレイファイナンス」(面倒な手続きや運用を必要とせず金融機能をすぐに使えるようにするコンセプト)をベースとしたAPI群を提供しており、サービス提供企業が銀行機能を組み込む際に、口座の開設・管理、カードの発行、資金の送金といった機能を簡単に実装できます。銀行などが提供する組み込み型金融は、複雑なコンプライアンスやデータ・セキュリティの責任は通常顧客企業が負うことになり、その運用体制を整えないことにはサービスを構築できません。しかしWeavrはそこの部分まで責任を担っており、必要な機能をすぐに使えるようになっています。これが『プラグ・アンド・プレイ・ファイナンス』というコンセプトとなっています。
実際にWeavrのテクニカルドキュメントで、銀行口座(IBAN口座)の生成、カード発行、資金振込などがシンプルに行えるインターフェースが実装されていることが確認できます。上記の機能群を利用した経費管理、福利厚生、買掛金勘定、SaaS/クラウド購入ライセンス管理などが大きなユースケースとして紹介されています。
ビジネスモデルについては、Weavrは利用するユースケースの種類と取引量に応じた月額定額プランとカスタマイズ料金を徴収する仕組みを採用しています。
2024年7月からWeavrはマルタ金融サービス局(MFSA)から電子マネー機関(EMI)ライセンスを取得しました。このライセンスにより、Weavrはヨーロッパ全土で包括的なサービスを提供できるようになり、主要通貨をサポートし、カナダドルを含む金融商品の範囲を拡大しています。またWeavrはVisaと提携し、B2B SaaS企業における組み込み金融ソリューションの導入を加速させています。このコラボレーションは、既存のソフトウェアにシームレスに統合され、製品の品質を向上させる、導入が簡単でコスト効率の高い金融プラグインを提供することを目指しています。
Weavrは直近で資金調達はしていないものの、上記のようなライセンス取得やVisaといった大手企業との提携のニュースから事業がうまくグロースしている最中だと考えられます。
おわりに
組み込み型金融の事例はこれまで金融サービスが縁遠い存在であった企業に対しても新たな収益化の機会を与えています。プロダクトの収益多角化を検討する際に、金融サービスを追加として組み込むことで利用者の満足度を高め、さらに手数料や利息収入といった新しい収益源になります。例えば音楽ストリーミングや動画配信などのメディアプラットフォームでも、エンドユーザへマイクロペイメントやBNPL(Buy Now Pay Later)、クリエイターへ融資サービスを組み込むことで、決済成功率やサービス継続率の向上やコンテンツの安定供給、利息収入の獲得など様々な効果が期待できます。Parafinのようなスタートアップのサービスが大手グローバルプラットフォームで次々と採用され、直近で大きな資金調達に成功したという事実は、この領域の将来性が高く評価されていることの証左でもあります。
組み込み型金融を実装する際は、法務・規制・リスク管理といった金融特有のハードルをしっかりと認識しつつ、自社でゼロから構築するのではなくスタートアップのAPIやインフラを活用する方法が合理的です。特に日本の企業は国内の規制環境が複雑であると同時に、国際展開を視野に入れた場合は海外の免許やライセンス取得が必要になるケースも出てくるため、こうした専門領域を担う外部パートナーとの協業が重要になるかもしれません。ParafinやWeavrの事例を見ても分かるように、海外スタートアップはすでにグローバルネットワークを有しており、多様な法制度にも対応できるエンジンを備えていることも少なくありません。
また、組み込み型金融を取り入れることによって収集できるデータの質と量が増すメリットも大きいと言えます。たとえば、ユーザーが分割払いを選択したかどうか、特定の与信枠を利用しているか、保険商品を購入したかなど、決済や融資にまつわる行動データは今後のプロモーションやサービス設計に活用することができます。そうしたデータを分析し、よりパーソナライズされたコンテンツや商品レコメンドを提供することで、ユーザー体験をさらに高める可能性も広がります。その意味で、組み込み型金融は単なる「決済機能の追加」に留まらず、プラットフォーム全体のユーザー理解を深めるうえでの強力なツールともなり得ます。
組み込み型金融には規制対応やセキュリティ面などの課題もつきまといますが、それらを解決するノウハウやAPIプラットフォームを提供するスタートアップが次々と台頭してきている現状を鑑みると、今後はさらに導入ハードルが下がっていくことが予想されます。海外ほどではないものの日本国内でも近年BaaS(Banking as a Service)の取り組みは増えつつあり、BaaSを活用した組み込み型金融が将来的な幅広い業種でサービス拡大のための選択肢の一つとなる日は遠くないと考えられます。そうした変化を先取りして事業戦略を練り、必要なパートナーとの協業や技術導入の検討を開始することが、長期的な競争力を左右する鍵になると考えられます。
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