Ximera Media Next Trends #72|Ikuo Morisugi| 2025.05.07
CourtyardとBlackbirdは用途も業界も異なるものの、「Web3技術の複雑さを裏に隠し、リアルアセット・リアル体験をシームレスにトークン化する」という共通戦略を採っています
はじめに
2021年頃のブロックチェーン/暗号資産技術の盛り上がりで「Web3」の概念は一躍脚光を浴びましたが、その後の暗号資産の相場崩落、経済全体の引き締めによる資金流入減、AI台頭によりブームは終焉を迎えました。
それでも2025 年現在、Andreessen Horowitz(a16z crypto)、 Union Square Ventures、New Enterprise Associates(NEA) といったトップティアのベンチャーキャピタルはWeb3分野への投資を続けています。グローバルでのWeb3 スタートアップの年間資金調達総額は 2021年の約 330 億ドル(約5兆円)から 2023 年には約67億ドル(約1兆円)へ急減したものの、2024 年には 74億ドル(約1.1兆円)へ反発し、2025 年 Q1 も前年同期比で2倍(ただしBinanceの大型調達を除くと2024年同期比で同程度)を示しました。総額はピーク時の約5分の1ながら、ベンチャーキャピタルからのWeb3へのリスクマネーは、未だ課題感のある分野や新興分野に集中しています。主には、①クリエイターエコノミーやリアルアセットの再設計と収益分配、②スケーラブルな金融インフラ、③生成 AI × Web3 融合、にフォーカスが置かれ投資が行われています。
追い風となったのが 2025 年初頭のビットコイン現物 ETF(投資信託) 承認で、機関投資家からの資金が暗号通貨市場に流入しリスクマネーが潤い始めました。また、Z世代の51%が暗号資産を保有・取引した経験を持っている統計データも出ており、若い世代を中心にデジタル所有権に敏感な層が増えていることも、見逃せない兆しです。日本でもメルカリのようなカジュアルな形での暗号資産を保有している人が大きく増えています。
Web3の適用分野として有望なのが、偽造品氾濫防止とロイヤリティ分配の適正化です。グローバルのコレクターズ品の市場は約5000億ドル規模(約75兆円)と巨大市場である一方で、真贋確認のコストと詐欺リスクが取引活性化のブレーキになっています。また、飲食業界ではレストラン予約プラットフォーム経由での高い顧客獲得の手数料と顧客データの欠落がリピーター育成を阻み、ローカルなレストランはなかなか固定客を定着されず、単価向上ができないという状況があります。
これらのボトルネックに対し、Web3の技術(特にNFTと暗号通貨)は取引の透明性と二次流通追跡性を提供し、有用なソリューションになり得ます。一方で、Web3技術はそのまま適用させると多くのユーザがついてこれず、スケールしていかなかった問題がありました。本稿ではこうした課題解決にWeb3技術を使いながらも「利用者に意識させない」という設計思想をもったスタートアップをとりあげ、Web3によるサービス変革の参考材料を提供いたします。
リアルアセットマーケットプレイス: Courtyard
Courtyardはサンフランシスコ発のスタートアップで、「世界中のコレクターが障壁なくコレクターズアイテムを売買できる」ことを使命に掲げています。スニーカーやトレーディングカードなど物理的な資産として売買されているコレクターズアイテムは数多くありますが、その取引には様々な問題があります。多くは対面/オンライン取引で現物を手渡す/発送する形で取引され、マーケットプレイス手数料/送料/保険料によるコストの高さ、真贋性に対するリスク、真贋鑑定や発送手続きの手間により「売りたいときにすぐ売れない」ことで、コレクターズアイテムの取引流動性が低くなっていました。Courtyardはこの業界課題に目をつけ、①真贋鑑定データと画像をセットにしたNFTによる改ざん防止、②物理的な保管場所の提供、③NFTによってデジタルアセット化した商材を売買できるマーケットプレイス、を整備することで解決を図っています。
スニーカーやトレーディングカードなどコレクションの売却を検討しているユーザーが、資産を流動化をするには、物理的にカードやスニーカーをCourtyardへ送付するところからはじまります。ユーザの物理資産はCourtyardと提携する保管企業 Brink’sの保管倉庫に厳重に格納され、3Dスキャン画像がメタデータに埋め込まれたNFTが発行されます。物理資産と紐づけられたNFTは、OpenSeaや Courtyardのオープンなマーケットプレイスで24時間売買が可能です。NFTをバーン(流通から外すこと)すれば本人確認後にちゃんとスニーカーやカードの実物が返却されます。NFTが実物の「唯一の引換証」になるため市場は偽造リスクを排除でき、同時に所有権移転を数秒で完了できるため、高い流動性とセキュリティを担保しているサービスに仕上がっています。
CourtyardではNFTサービスでありがちなMeta MaskなどのWallet(ユーザ認証の仕組み)と接続必須・暗号資産払い必須といったハードルはなく、クレジットカード支払いに対応し、初回購入時点でWalletがバックグラウンドで自動生成され、Walletを持っていないユーザでもスムーズかつ意識せずにWallet作成ができます(MetaMaskなどの既存Wallet接続も可能)。また2次流通市場で売買されるたびに1次出品者への1%のロイヤリティを支払っており、流動性に対するインセンティブを高めています。このようにCourtyardはWeb3のサービスながら、あくまでインフラとしてブロックチェーン/NFTを使っているだけで、Web3の概念に馴染みのないユーザにも幅広く使ってもらえる工夫を随所に感じます。
ビジネスモデルは、Courtyard 自身がロット単位でまとめ買いして販売する1次販売による粗利、および自社が運営する二次流通プラットフォームにおける手数料となっています。倉庫・保険コストは手数料に内包され、ユーザからは無料でやってくれるような見え方となっています。
Courtyardが最初期にドロップしたのは、自社で信頼できるディーラーから調達した800枚のポケモンカードをランダムに封入した「ミステリーパック」でした。正規認証機関による真贋性の証明をつけ、さらに「開封するワクワク」をデジタルで再現したことにより、有志が集まるコミュニティやインフルエンサーにも話題になり、2次流通を誘発しました。2025年4月時点で、CourtyardでのNFT取引が1週間で2070万ドル(約31億円)を売り上げ、同週の他NFT 売上を上回る水準となり、実績を積み上げてきています。
資金調達の状況としては、2022年11月のシードラウンドで NEA リードの700万ドル(約11億円)を調達後、しばらく動きがありませんでしたが、2024年12月にシリーズAラウンドで約450万ドル(約6.8億円)規模の資金調達があったとされています(Crunchbase)。厳しい資金調達環境の中でも実績が評価され出資を受けられていると考えられます。
レストランロイヤルティプログラムのブロックチェーン化: Blackbird
ニューヨーク発のスタートアップであるBlackbirdのミッションは「飲食店とゲスト間の関係性を頻度高く・深くしていく」ことです。Blackbirdは創業者がレストラン予約プラットフォームを運営する中で、レストランが顧客データを持たず顧客獲得をプラットフォームに依存する構造に危機感を抱いたことからはじまっています。レストランは、よほどの顔馴染のゲストでない限りどのゲストがどの頻度でどのくらいの金額を落としてくれたのか把握できていないことが大半です。これは、リピート可能性のあるゲストに対して積極的にサービスを行って来店頻度を高めたり、エンゲージメントを高められるかもしれないのに、その機会を丸ごと失っているとも考えられます。Blackbird はそうした来店行動そのものをブロックチェーンにデータとして保存し、来店回数とトークン保有量によってゲストをランク付けすることで、レストランとゲスト間の外食体験を変革しようとしています。
ゲストが来店して、レストラン店舗のテーブルに置かれた円形 NFC デバイスにスマートフォンをタップすると、Walletが電話番号認証だけで生成され、ブロックチェーン上に来店 NFT が生成されます。NFT はレベルアップ機能を持ち、5回来店でBronze、10回来店でSilverという具合にランクが上がるたびアプリ上で動的に画像が変化します。また、$FLYという名前のトークンが来店時に付与され、これはトークンを持つ人だけの裏メニュー解禁や先行予約に使用できます。このようなNFT生成や$FLYの付与などにかかるガス代(ブロックチェーンのネットワーク手数料)もゲストは負担する必要もありません。
Blackbird のUIは「暗号資産 / NFT」というWeb3専門用語を一切出さず、SMS で届くリンクをタップするだけで会員証がWalletに格納されます。ガス代やNFT生成費用もBlackbird側でカバーされているので、ゲスト側から見たら、「通常の」リワード/会員制プログラムが運営されているように感じ、Web3の難解さを意識させないようになっています。
ビジネスモデルとしては、店舗から月額利用料(89ドル(約1.3万円))と決済手数料を徴収します。決済手数料に関して、2025年に公開した Flynet決済はクレジットカード決済手数料を一律2%に抑え、そのうち1.5%を即時に店舗へ還元する仕組みです。従来 3.75%前後だったカード手数料に比べ大幅な圧縮となり、飲食店は実効負担を1%未満にできる計算です。$FLYの現状としては、合計2.4億ドル相当の$FLYが参加者へ分配、$FLYを保有するWalletは10.7万、Walletあたり平均6.2件の取引となっており、大成功とまでは言えませんが、1000軒以上のレストランとゲストを増やしつつあるステージとなっています。
Blackbirdは、2024年12月に Spark Capitalをリード投資家としてシリーズ Bラウンドで、5000万ドル(約75億円) を調達し、累計8500万ドルを確保しました。出資者には Amex Ventures、Coinbase Ventures、Andreessen Horowitzが名を連ね、Amexはリワードプログラム連携、Coinbaseは自社で提供しているブロックチェーン規格であるBaseチェーンがBlackbirdに使われており、戦略協業を進めていると考えられます。
おわりに
CourtyardとBlackbirdは用途も業界も異なるものの、「Web3技術の複雑さを裏に隠し、リアルアセット・リアル体験をシームレスにトークン化する」という共通戦略を採っています。Courtyardは真贋保証と即時譲渡でコレクターズ市場の流動性を高め、Blackbirdは来店行動を資産化して飲食店 CRM の収益性を底上げしました。いずれも「Web3に不慣れなユーザーでもメリットを享受できる」UI/UXがユーザ拡大を支えています。
かつてメディアにおいても、記事のNFT化、共同創作者への収益分配自動化、限定グッズやイベント参加証をNFT化、など様々なWeb3化がこれまでも取り組まれてきましたが、クリエイター側も含め多くのユーザにとって、Web3/暗号資産独特の専門用語やセキュリティや作法に従わないと使いはじめることすらままならないものでした。一方で、Web3ブームが過ぎた現在は、CourtyardやBlackbirdのように適切なユーザ体験を実現する技術スタックの一つとしてWeb3技術を検討し、エンドユーザには利用について一切フリクションがない状態を実現する、といった態度が適切なように思えます。
トランプ関税ショックやインフレ再燃などマクロ逆風が続く中でも、実世界に根ざしたトークン化は「価値の裏付け」が明確であるため、ベンチャーキャピタル等のリスクマネー投資のテーマとしてさらなる成長が期待されています。今回取り上げたスタートアップが示した“見えないブロックチェーン/Web3”の設計思想は、ポストWeb3の新しい顧客体験を構想する上で欠かせないヒントになるはずです。
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