Ximera Media Next Trends #73|Ikuo Morisugi| 2025.05.28
「ロングテール商材へのフォーカス」「在庫の可視化」と「取引・物流・決済の一体化」を軸に。巨大な中央集権プラットフォームから価値共創型の“顔が見える”取引へとコマースの軸足が移りつつある兆しでもあります
はじめに
2024年12月まで米国の食料品価格は対前年同月比で2.5%上昇し、インフレで高止まりするコストが消費者、飲食/小売、卸、メーカーまで食料品業界のあらゆるプレイヤーを直撃しています。通常であれば、インフレが起こると、消費者を中心に買い控えが起こり、市場は伸びが鈍化したり、減退していきます。一方で、この厳しい状況下においても、特定のこだわりを持つ消費者を中心とした「スペシャルティ食材」市場の総売上高は、2023年に2070億ドル(約31兆円)に到達。ここ10年間で149%の伸びを記録しています(2024年のデータはまだ開示されていませんが、2023年から6%成長すると予測されています)。
スペシャルティ食材とは、地域/製造方法/品質/スタイル/ブランド等の観点で独自性や限定性を持つ高付加価値食材を表す用語で、例えばクラフトビール、アルチザンチーズ、トリュフ、ビーントゥバーチョコ(カカオ豆から一貫して自社製造で作るチョコ)、希少キノコ、ジビエなど様々なものが含まれます。こうした食材は、中小メーカーが大手ではできないようなこだわりをもった仕入れ/製造/マーケティングプロセスを持っており、一般的な同カテゴリーの商品よりも価値があるとみなされ、プレミアムな価格で販売されています。
その背景には、「作り手やストーリーが見える食材」への需要と、マスマーケットでは拾いきれないロングテール(一点一点は販売量が少ないが積み上げることで総体として売上を作れるニッチ商品群)の拡大があります。こうした潮流を捉え、サプライチェーンの中間流通を圧縮し、売り手と買い手をダイレクトに結びつけるスタートアップが急成長しています。本稿では、そうしたロングテール流通における最新トレンドおよびメディア業界にも適用できる示唆を取り上げていきます。
ストーリーで単価を高める希少食材プラットフォーム: Foraged
2021年にサンフランシスコで創業したForagedは、「小規模な食品販売業者が持続可能なビジネスを成長させ、同時に一般の人々が簡単に自然食品を手に入れられるようにする」というミッションのもと、野生キノコや山菜、ジビエ、はちみつ、オイル、ジャムなどの希少食材をC2C/B2Cで売買できるマーケットプレイスです。
多くの希少食材の採取者や農家は、流通チャネルや販路を持たず、販売機会の創出や物流対応に困難を抱えていました。また、買い手であるシェフや食材バイヤーにとっても、品質の保証や「誰が・どこで・どう作ったか」のトレーサビリティが曖昧な希少食材を安定して調達するのは難題でした。
Foragedはこのギャップに着目し「売り手と買い手をマーケットプレイスに集約+バックグラウンドストーリー+迅速な配送」を軸にしたソリューション提供をしています。商品ページに商品の収穫地域、生育環境、採取者のプロフィール、収穫プロセス、料理例などを記載することによって、透明性と情緒的価値を両立しています。単なる「物」としてではなく「ストーリーのある食材」として商品を訴求することで、従来よりも高単価での販売を実現しています。
また、買い手がユニークな料理を提供したいプロのシェフであるケースだったり、そもそもForagedは生鮮食品の取り扱いが多いこともあり、買い手を満足させるには鮮度と発送スピードが非常に重要になります。Foragedは売り手向けに詳細なパッキング/配送ガイドを提供しており、いかに商品を傷ませずに48時間以内で到着できるようにするかを重視していることがわかります。
物流面ではShippoと連携し、主要配送キャリアとの多様な配送方法を割引価格で出品者へ提供しています。またTap-to-PayのモバイルPOSにより、ファーマーズマーケットなどでのオフライン販売においてもオンラインと統一された在庫で販売できる仕組みを整備しました。
Foragedのビジネスモデルは、取引手数料10%と決済手数料に加え、月額47〜172.5ドルの有料プランとなっています。より上位のプランになるほど、CRM/メールマーケティング機能やマーケットプレイスでの優先順位掲載などの販促機能を提供しています。さらに、既存取引先を紹介プログラム経由でサインアップさせると利用料が割引されるクーポンの発行により、ネットワーク効果を活かしながら顧客開拓を行っています。
Foragedはサービス開始から1年でGMV(流通総額)+400%、リピート顧客比率+1,000%を記録しており、大きく飛躍しています。
独立系卸会社を支援する"食品流通のOS” : Pepper
Pepperは元Uber Eatsのオペレーション責任者だったBowie Cheung氏が2019年にニューヨークで創業したスタートアップで、小規模な独立系卸に対してそのビジネス成長を支援するテクノロジーを提供しています。
消費者の多様化する嗜好とこだわりに対応するため、卸の顧客である飲食店や小売業者は以前よりもさらにユニークな食材の取り扱いを求めるようになっています。中小の独立系の卸はこうしたニーズに応えることで大手と差別化を図ろうとしており、SKU数が多く変動性の高い商品群、例えばスペシャルティ食材のようなロングテール商品を扱うようになってきています。
一方で卸会社では、営業や受発注の多くを紙・電話・FAXなどアナログで行っており、上記のSKU数の多さや変動性も相まって、ミスや非効率の発生や人的リソースの過不足が慢性的な課題となっていました。また、商品情報の整備や販促手段も乏しく、メーカーとの価格交渉力でも大手に劣る構造的な不利がありました。
Pepperはこれらのペインに対し、独立系地域卸からメーカーへの発注、飲食店/小売店への販売まで、卸の商流を一括して管理できる下記の統合ソリューションを提供しています。
- 10万SKUまで対応する飲食/小売店とB2B取引できるモバイルECアプリ/サイト(卸会社名で提供できるホワイトレーベル型)
- Email/SMS/ボイスメールでメーカーとの発注プロセスを支援するAI
- 買い手となる飲食/小売店の新規開拓/管理のための営業支援AI
- メーカーの製品情報の正確性を整えるための商品画像・商品説明・栄養情報を集約したDB
- キャッシュコンバージョンサイクルを早めるための請求/支払い管理システム
また、アプリ内でのネイティブ広告やPush通知などのデジタルマーケティング機能を提供しています。広告はメーカーへのリスティング枠販売で、卸売企業に広告収益が支払われるため、営業効率の向上だけでなく、新たな収益源が確保できます。
2024年5月時点で、200社の卸がPepperを導入。導入企業の平均売上は+23%、営業担当者あたりの工数を週あたり10時間削減、リテンション率は93%という実績が出ています。導入事例として、フロリダや東海岸の青果卸が平均注文単価を23-29%引き上げたとするレポートも公表されています。
Pepperのビジネスモデルとしては、月額SaaSの利用料金、決済手数料、広告収益の3軸でマネタイズしていると考えられます(価格帯については非公表)。2024年5月にはICONIQ Growth主導で3,000万ドル(約45億円)の資金調達を実施し、累計調達額は6,000万ドルに到達、さらなる成長が期待されます。
おわりに
ForagedとPepperは対象とする市場レイヤーこそ異なりますが、共通して「ロングテール商材へのフォーカス」「在庫の可視化」と「取引・物流・決済の一体化」を軸に、従来型の流通構造に変革をもたらしています。メディア業界の観点では下記が参考材料となります。
1. そこにしかないロングテール型コンテンツ
Foragedは在庫情報と作り手の物語を直結させることで、単価とリピート率を同時に引き上げる設計が可能になりました。特に“誰が・どこで・どう作ったか”という情報が付加価値となるのは、メディアにおけるコンテンツでも同じことが言えます。クリエイターエコノミー全盛の現代では会社単位ではなく、「誰が」発信しているかが、より重要になっています。近年では会社の公式SNSアカウントよりも、創業社長や会社所属するインフルエンサーの方にフォロワー数やコンテンツ視聴数が多いことも珍しくありません。コンテンツについては、どこにでもあるコンテンツではなくニッチでも良いので各メディアならではの独自性と集約性を作りこむことこそが差別化につながると考えられます。
2. 収益モデルの多角化
ForagedやPepperのように取引手数料だけに依存せず、SaaS課金、決済手数料、広告を組み合わせたモデルは、景気変動に強く、中長期的な安定収益基盤の構築につながります。近年はGoogleやMetaに自社へのトラフィックを奪われていた状況から、さらに少しづづChatGPTなどAIにトラフィックがシフトしています。様々なメディアがAIに消費されるだけのコンテンツにならないように対策を講じはじめていますが、現状では広告のような自社トラフィックのマネタイズに収益源が偏っているメディアはリスクが高くなっています。以前から言われていることではありますが、改めてサブスクや物販やイベントなど外部トラフィックだけに依存しない追加収益モデルの必要性が高くなっていると考えられます。
ForagedとPepperが示したようなロングテール型フードコマースの台頭は、巨大な中央集権プラットフォームから、価値共創型の“顔が見える”取引へとコマースの軸足が移りつつある兆しでもあります。メディア企業にとっても、こうした変化は、外部環境のリスクを乗り越えるための重要な手がかりとなりえます。
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