Ximera Media Next Trends #76|Ikuo Morisugi| 2025.08.29
一定有益なアプローチになりえるものの、メディア・コンテンツ提供側にもリスクがある
- はじめに
- 戦略1: 汎用AI企業とのコンテンツパートナーシップ
- 1. アーカイブデータライセンス
- 2. 広告レベニューシェア
- 3. リアルタイムフィード連携
- 戦略2: GEO(Generative Engine Optimization)の促進
- 1. Profound ― AIにおけるBrand Visibilityのためのレーダー
- 2. Athena ― データ解析からGEO改善の行動へ
- おわりに
はじめに
WebサイトアクセスのゲートウェイとなるWeb検索のシェアが生成AIの登場によって変わりつつあります。Google検索のトラフィックとAI検索のトラフィックを比べた際に、AI検索のシェアがこの数年で無視できないレベルに高まってきています。Wix Studioが2025年6月に公表した調査によれば、Google検索と主要なAI(ChatGPT、Deepseek、Perplexity、Grok、Claude、Copilot)検索を全体ボリュームとしたときに、AI検索のシェアは2025年6月時点で7.82%に達し、ユニーク訪問者数は前年同月比の3億3700万から6億7000万へと倍増しました。AI検索トラフィックの中ではChatGPTが市場の78%を占め、GoogleのGeminiが9.4%、続いてClaudeやPerplexityが後を追っています。
AI検索経由でのサイト流入は圧倒的にデスクトップから発生していることが特徴です。ChatGPTからのリファーラルの94%、Geminiは91%、Perplexityは97%がPC経由となっています。これまでの検索エンジンであればPCよりもモバイル経由でのサイト流入の方が多いことが通常ですが、AI経由では大きく逆転しています。ChatGPTは8億人以上の週アクティブユーザがいる中で、モバイルアプリが2025年3月時点で6400万以上ダウンロードされていることから考えると、この数値は「ユーザがAIをPC経由でしか使っていない」ではなく、「モバイルではAI回答からサイト遷移を滅多にしない」と読み取れます。
こうした状況において少なくともPCトラフィックについては、Google検索結果の順位を上げることではなく、AIの回答に引用されることがますます重要な要素となってきています。本稿では、そのための2つの戦略──1. 汎用AI企業とのコンテンツパートナーシップと、2. GEO(Generative Engine Optimization)による自力最適化──について、具体的事例を交えてとりあげます。
戦略1: 汎用AI企業とのコンテンツパートナーシップ
AI回答で自社コンテンツを露出し、かつマネタイズを実現するアプローチとして、OpenAI、Perplexity、Googleなど汎用AI企業が進めているニュースパブリッシャーとのコンテンツパートナーシップがあげられます。パートナーシップのパターンとしては、大きく1. アーカイブデータライセンス、2. 広告レベニューシェア、3. リアルタイムフィード連携の3つがあります。
1. アーカイブデータライセンス
各汎用AI企業はメディアパブリッシャーとライセンス契約を結び、自社AIの学習データや回答生成に報道コンテンツを利用しています。OpenAIは2023年にAP通信(Associated Press)と提携し、過去記事のアーカイブの一部のライセンス供与を受けたことを皮切りに、主要なパブリッシャーと相次いで契約を拡大してきました。ドイツのAxel Springer社(政治誌PoliticoやBusiness Insiderの親会社)、イギリスのFinancial Times、フランスのLe Monde(ルモンド)、スペインのPrisa(プリサ)が相次いで提携し、OpenAIに自社コンテンツの検索・要約・学習利用権を許諾しました。News Corp.(Wall Street Journalなど米英豪の大手新聞グループ)との契約は、新着記事と数十年分のアーカイブを提供する5年間の複数年契約で2億5千万ドル(約371億円)と報じられています。
2. 広告レベニューシェア
Perplexityは2024年7月、提携したパブリッシャーのコンテンツがPerplexity上で引用表示されるPublishers Programを開始しました。TIME、DER SPIEGEL(シュピーゲル、ドイツのニュース週刊誌最大手)、Fortuneなどに加え、日本からもみんかぶやNewspicksが参加しています。提携先の記事内容がユーザーの質問回答に引用表示され閲覧された場合、そのページに表示される広告収益の一部が出版社に支払われます。具体的な分配率は公表されていませんが、「複数年にわたる二桁パーセント」の収益シェア契約で、初期参加社には特に有利な条件を提供したと報じられています。また収益が本格化するまで一定の前払い金も支払うとされ、記事1本ごとに成果報酬が発生します。一方でこのモデルでは広告が付いている場合にのみ収益が発生するため、広告が付かない利用については出版社への直接報酬はありません。
3. リアルタイムフィード連携
OpenAIは2023年のAxel Springerとの契約で、同社の記事公開と同時にChatGPT上で要約を提供をしはじめました。2025年1月にはGoogleがGeminiでAP通信のニュース速報を直接配信する契約を初めて締結しました。AP通信はGoogleに対しリアルタイムのニュース記事フィードを提供し、Geminiの回答に最新ニュースを反映させています。ビジネスモデルは非公表ですが、このように新着ニュースを即座にAI回答へ組み込む試みが進んでいます。
なおAnthropic(Claude)については、2025年8月時点までにパブリッシャーとの大規模なコンテンツ契約は確認されていませんが、今後各汎用AI企業が同様の提携モデルを模索する可能性があります。
これらの提携の結果、AI経由でパブリッシャーサイトへの誘導が生まれる効果も期待されています。先に挙げたOpenAIとAxel Springerの契約では、ChatGPT上の要約に全文記事へのリンクが明示されるため、新たな読者が元サイトに流入し購読へ転換することが見込まれます。実際、OpenAIのChatGPTは2025年時点でパブリッシャーサイトへの最大のAI経由のトラフィック源となっています。Similar Webによるデータで2025年6月におけるChatGPT経由のリファラルは396.8万回で、1000サイトへのAI由来トラフィック全体の81.7%を占めていたと報じられています。こうした取り組みが、パブリッシャーのブランド露出や新規読者の獲得につながると期待されています。一方で、このようなパートナーシップアプローチは、各パブリッシャーの汎用AI企業との関係性や交渉力に強く依存すること、長期的なビジネス影響がまだ見えていないこと、モバイルAI経由のトラフィック貢献が明確には現れていないことなど、リスクが様々あり、万能なアプローチであるとは言えません。
戦略2: GEO(Generative Engine Optimization)の促進
汎用AI企業側との交渉/契約/データ連携によるパートナーシップに対して、自力でAIに引用されやすくするためのアプローチがGEO(Generative Engine Optimization)です。SEOが「検索順位の向上」を対象にしたのに対し、GEOは「AI回答の中での自社コンテンツの引用数向上」を対象にします。ここではGEOを支援するスタートアップ2社の事例を取り上げます。
1. Profound ― AIにおけるBrand Visibilityのためのレーダー
ニューヨークで創業されたProfoundは、生成AIの回答における各ブランドの可視性(Brand Visibility)を明確にし、改善の行動につなげることを支援しています。具体的には、ChatGPTやClaude、Geminiなど主要なAI検索において、自社ブランドがどのように引用され、どう表現されているかを横断的にモニタリングするプロダクトを提供しています。これまではSEOツールで検索順位を追跡できても、AI検索においてはどの回答にどのようにブランドを登場させているかはブラックボックスでした。Profoundはその課題に対し、自社ブランドがどのAIやWebサイトでどの程度言及されているのかスコア化したダッシュボードを提供しています。
Profoundは1億件以上のAI検索クエリで既存ブランドへの言及データを収集し、質問パターンごとに自社ブランドがどれほど言及されているかダッシュボードで可視化されます。AI回答が自社をどのように言及しているかについてもAIで判定し、ブランドリスクの早期発見も可能です。
導入事例としては、Fintech企業RampのChatGPTにおけるブランド露出がわずか1ヶ月で7倍に増え、勘定系ソフトウェア領域でのAI引用のシェアを大きく伸ばしました。他にもIndeedやDocuSignなど500社以上が利用しており、資金調達もKleiner PerkinsやSequoiaなどトップティアのVCから合計5,800万ドル(約86億円)を得て急成長を続けています。
2. Athena ― データ解析からGEO改善の行動へ
サンフランシスコで創業されたAthenaは、計測だけでなく実行支援に重点を置いたGEOプラットフォームです。創業者の1人はGoogle検索チーム出身で、検索最適化とAIモデルの挙動を両面から理解していることが強みです。
AthenaもProfoundと似たアプローチを取っており、300万件を超えるAI回答ログと30万以上の引用元サイトを常時マッピングしている独自AI回答のカタログを持っています。これにより、「特定のキーワードでAIが参照する上位サイトはどこか」「競合はどのようにAIに引用されているか」といった情報を可視化できます。さらに、そのデータを基にウェブサイトの構造の更新、情報の表示方法の見直し、公開するコンテンツの種類の調整など、詳細な推奨事項などの具体的アクションを提示します。
B2B SaaS企業であるAutoRFP.aiの事例では、見込み顧客の10%がChatGPTで自社を調べてデモの申し込みをしたことを発見し、GEOの重要性を認知したことからAthenaを導入しました。導入から1週間の内に分析を終え、2週間以内にアクションを実施できる状態にし、約2ヶ月間のGEOの効果測定を行った結果、Athena導入からChatGPTでのブランド引用数を10倍にすることができました。施策実施後はデモの申し込みの1/3がChatGPT経由での言及がきっかけとなっており、ビジネスKPIの成果にもつながっています。
おわりに
今回ご紹介した2つのアプローチはAI時代において一定有益なアプローチになりえるものの、メディア・コンテンツ提供側にもリスクが複数存在しています。例えば、Perplexityのレベニューシェアモデルでも、あらたな収益が期待される一方で、広告が付かない限り報酬は発生せず、多くのチャットで記事が実質タダで利用されています。パブリッシャー側にはAI経由の露出拡大をしないと損をするプレッシャーがかかっており、過度にAI流入に頼ることになると、従来のGoogle検索のように将来的にアルゴリズム変更等で一方的にトラフィックが減少するリスクもはらみます。
また、AIがニュース記事を要約・引用する過程で、不正確な要約や誤った文脈で内容が伝わる危険性は依然としてあります。過去にはPerplexityは、Forbesの記事を盗用したと思われる要約を配信し、出典表示も不十分だったことが問題視されました。例え提携により正式にコンテンツ利用が許諾された場合でも、AIが事実誤認や独自改変した内容を出力すればフェイクニュース拡散やブランド毀損につながりかねません。各社とも引用元の明示やAIのファクトチェック強化に努めていますが誤情報の拡散リスクは完全には拭えず、メディア側にとって大きな懸念材料です。
例えパートナーシップ契約やGEOによって一時的な収益増が得られても、長期的にはAI回答だけの閲覧が定着し広告収入や購読者獲得が細るリスクも十分ありえます。以上のように、メディアは短期的にメリットを享受する戦略をとりつつ、契約条件の精査や代替戦略の検討も平行して取り続けることが重要と考えられます。
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