こんにちは、株式会社キメラです。私たちは出版社・新聞社や放送局といったパブリッシャーに対し、メディアビジネスをグロースするための課題解決やデジタル化を支援している会社です。
2019年9月25日、弊社主催のパブリッシャー向けイベント「PVだけに頼らないKPIって?「人が集まる」「読まれる」メディア戦略」を開催しました。イベントレポートとして当日の様子を前後編でお届けします。
多くのパブリッシャーがデジタルシフトに取り組む昨今ですが、デジタルメディア運営に関する悩みとして多く聞かれるのが「KPI設計」です。PV(ページビュー)など、特定の指標に偏らずにメディアビジネスを成長に導くためには、どのようなKPIを設定すればいいのでしょうか?
今回は4社のパブリッシャーに登壇いただき、デジタルメディアのKPI設計に必要な視点をお聞きしました。
第一部:基調講演「紙×Webを成功に導くための組織づくりのヒント」
ダイヤモンド社は、2019年6月から自社のデジタルメディア「ダイヤモンド・オンライン」で有料購読(サブスクリプション)を開始しました。そのための体制づくりとして、同年4月に紙媒体の「週刊ダイヤモンド」とWeb媒体の「ダイヤモンド・オンライン」の組織を一つの編集部へと統合したといいます。パブリッシャーでは異例の組織編成ですが、現在はWebと紙の強みを生かし合い、コンテンツの付加価値化に成功しているといいます。組織・KPI設計において、成功の秘密は一体どこにあるのでしょうか。
今回のサブスクリプション導入のキーパーソンである、同社ビジネスメディア編集局局長の麻生祐司さんにお話を伺いました。弊社シニアメディアアーキテクトの生崎(いくざき)が聞き手を務めました。
ダイヤモンド社に「3度目の出戻り」 ダイヤモンド・オンライン黎明期のメンバー
生崎:本日はよろしくお願いいたします。まずは自己紹介とご経歴からお聞かせください。
麻生:実は私、ダイヤモンド社に3度の出戻りをしています。とはいえジョブホッパーというわけではなく、その合間に勤めたことがある会社は主にロイター通信(現トムソン・ロイター)だけです。
2度目にダイヤモンド社を退社した時には、もうダイヤモンド社に戻ることはないと思っていました。しかし、私がダイヤモンド社で「やりたかったこと」を実現するために戻ってきてほしいと声がかかり、3度目の出戻りを決めました。現在は「週刊ダイヤモンド」「ダイヤモンド・オンライン」「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー」をはじめとするビジネス媒体の発行人のほか、「ダイヤモンド・オンライン」上で展開しているサブスクリプションサービス「ダイヤモンド・プレミアム」の事業責任者を務めています。
麻生さんが3度目の出戻り後に実行した「やりたかったこと」は以下の3つです。
・半世紀以上続いた編集組織の再編
・サブスクリプションモデルの導入とビジネス部門の再編
・記者、編集者、編成者の評価目標の見直し
それぞれお話を伺っていきました。
紙とWeb、違うベクトルを向いていた組織を1つの編集部にまとめあげた
麻生:元々、紙媒体の「週刊ダイヤモンド」、Web媒体の「ダイヤモンド・オンライン」は別々の編集部で運営されていました。主に記者が記事を書いてコンテンツを作る紙媒体と、外部の著者による連載や単発記事を中心にページビューを獲得するWeb媒体とが、共通の目的を持たずに、別々に存在していたのです。私の着任から半年後の今年4月、この2つの組織を統廃合し、1つの「ダイヤモンド編集部」としました。
麻生:『ダイヤモンド』は元々、企業・産業界の出来事を数字やデータで語る経済雑誌として創刊されました。しかし、近年はコンテンツが一般紙的になり、本来ダイヤモンドがやるべきことからは離れてきていました。組織的にも、せっかく証券アナリストの資格保有者や企業・産業・経済分析に長けたジャーナリストが沢山いるのに、その能力を活かし切れていない……という状況を変えたいと思っていました。
そこで、麻生さんは2019年4月以降、サブスクリプションモデルの導入を控えて、組織の再編を断行しました。特に心がけたのは、データを記事制作に生かすことができる体制づくりだったといいます。
麻生:データアナリストやグロースハッカーなど、サブスクリプションの推進力となる人材を編集局内に配置したことで、編集部が直接読者と向き合うようになりました。記者たちも面白がってデジタル部隊にいろいろと質問しながら、コンテンツ作りに数字を生かすようになってきましたね。
実際にダイヤモンド・オンラインは、キメラが提供する読者エンゲージメント分析ツール「Chartbeat」を導入しています。編集部の大きなディスプレイにダッシュボードを映し、リアルタイムで更新される読者の動向を常に把握できるようにしています。
「重要なのは組織目標の共有と個人目標のテーラーメイド」記者・編集者の評価基準を見直し
イベントのテーマであるKPIについてもお話しいただきました。麻生さんはビジネス上のKPIにとどまらず、記者・編集者・編成者の目標設定方針も見直したといいます。
生崎:2019年6月のサブスクリプション開始にあたり、KPIはどう設定しましたか。
麻生:KPIの詳細はお伝えできませんが、複数の収益項目を念頭に、道しるべとなる評価指標を設定しました。それらは、編集長と、紙・Web・記者それぞれのチームリーダーに共通の目標として追わせるようにしました。紙とWebで数字の比重は変えていますが、編集部全体が同じ方向を向くために共通の指標を置いています。副編集長以下の部員に対しては、ページビューやサブスクリプション会員の獲得数での個別競争的な評価は行わないことにしました。編集長や副編集長が各人と面談をし、担当分野や得意なテーマに沿って目標とキャリアプランを作っています。
サブスクリプションを契機に「紙×Web」の新たなKPIを設定
生崎:興味深いです。KPIの達成はマネージャーが責任を負い、部員一人一人に対しては成長を促す評価設計にしたのですね。とはいえ、編集長は売上をにらみながらコンテンツに対する責任も負う役割です。コンテンツの方針については、どのように評価を行っていますか。
麻生:編集長には、(1)書店販売(2)紙媒体の定期購読(3)デジタルサブスクリプション(4)サイトトラフィック の4つが交わる「Sweet Spot」に入るようなコンテンツ作りを優先してもらいます。この「Sweet Spot」をどれだけ狙えているのかが、第一の評価ポイントになります。もっとも、Sweet Spotを外れるコンテンツを否定しているわけでは決してありません。ただ、その場合は、そのコンテンツは4つの狙いのうち、どれに重きを置いているのか、熟考を重ねるように伝えてあります。
<基調講演まとめ>
麻生さんのお話のポイントは以下の4点でした。
・サブスクリプションを皮切りに紙チームとWebチームのベクトルを統一
・ビジネス部門を編集局内に置き、数字を活用したコンテンツ作りを推進
・ビジネス上のKPIは編集長・リーダーが責任を負い、記者との役割分担を明確化
・コンテンツ作りは複数の目標の交差点を狙える「Sweet Spot」を優先
サブスクリプションに耐えうる質の高いデジタルメディアを一朝一夕で生み出すことは困難です。適切なKPIを設定するだけではなく、KPIを追うための組織づくりまでをトップダウンで行うことも大切だといえるでしょう。
後編はパネルディスカッションの様子をお届けします。以下のリンクからぜひご覧ください。
現場目線で学ぶ、PVだけに頼らない「人が集まる」「読まれる」メディアの作り方