無関心でもロイヤルでもない中間層のファンともうまく関係を築いていくことが継続的にビジネスを続けていくためのひとつの戦略です
By キメラ|Ximera Media Next Trends #13|@June 7, 2021
はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第13回となる今回は「マイクロペイメント」について紹介していきたいと思います。
本シリーズの第11回では、クリエイターが生み出すコンテンツやコミュニティで収益を上げていく仕組みとして、(1) マーケットプレイス、(2) メンバーシップ、(3) ペイウォールを取り上げました。これらの課金の仕組みでは、ユーザは欲しいコンテンツや応援するクリエイターに対して、数百円から数千円程度を、都度課金や月額課金で支払うものがほとんどでした。
ですが、気に入ったクリエイターを見つけ何かしらのコンテンツに対価を支払う際に、「一度きりの関係ではなく継続的に支援したい。でも月額1,000円支払ってまで有料会員になったり、有料コンテンツを見たいかというとそこまででもない」と感じる瞬間はないでしょうか。
その場合、どういう行動をするでしょうか。ほとんどの場合「支援することを諦める」だと思います。わざわざクリエイターに対して「100円の支援プラン作ってください」なんて言ってくれるファンの方は多くないはずです。この課題に対して一つの解決策となるのが、コンテンツやクリエイターに対して少額を支払うことができるマイクロペイメントです。
マイクロペイメント自体は決して新しい概念ではありません。コンテンツに支払いをするコスト(ユーザ側の障壁、システム側での対応)がかかることや、各コンテンツ毎にうまく金額設定できないと、広告収入やサブスクで賄っていた収益を減らしてしまう可能性もあり、ジャーナリズム関係でも上手くいかないと言われてきました。
しかし近年そのような問題を解消しようとするスタートアップが出現しています。今回はそんなマイクロペイメントに挑戦するスタートアップの事例をご紹介したいと思います。
記事毎にマイクロ課金:Fewcents
多くのメディアパブリッシャーが広告収入の減少に直面し、無料の広告モデルから有料サブスクへの事業転換を画策するなかで当たる壁の一つが有料転換率の低さです。フリーミアムモデルでのパブリッシャーの有料会員率は1〜5%程度と言われており、90%以上が潜在顧客ではあるものの、いわゆるロイヤルユーザへの転換は容易ではありません。
そこでマイクロペイメントによって、90%の潜在顧客のなかから準ロイヤルユーザを作り出そうと試みているのがシンガポールのスタートアップであるFewcentsです。
Fewcentsはメディアパブリッシャーに向けてコンテンツ毎に少額の課金を可能にするプラットフォームを提供しています。Fewcentsは、(1)ログインと支払いを簡単にすること、(2) コンテンツごとに柔軟な設定ができることで、従来マイクロペイメントがうまくいかないと言われてきた問題に対処しようとしています。
(1)について、Fewcentsのソリューションを実装しているパブリッシャーであれば、どこでもFewcentsのアカウントでログイン・課金ができるようにしています。サイトを横断して使用できるWalletにはクレジットカードやPayPalとの連携で自国通貨を簡単にチャージ可能です。この仕組みによって、Fewcentsのパートナーが増えれば増えるほど簡単にマイクロペイメントができる機会が増えていきます。
(2)については、特定地域からのアクセス制限、著作権管理、アクセス回数、価格(特定クラスタ毎/カテゴリー毎にコンテンツ価格を一括設定など)、コンテンツの配置場所などの変更を行うことができるパブリッシャー向け機能を提供することで、コンテンツ毎に細かな設定をすることができるようになっています。
Fewcentsによって、インドネシアのニュースパブリッシャーであるDailySocialはRPM(1000インプレッションあたりの収益)が全くなかった状態(0ドル)からFewcentsの力によって5ドルとなりました。
Fewcentsは、現状ではパブリッシャーが手動でそれぞれのコンテンツ価格を設定しなければなりませんが、AIによるアルゴリズムを用いたダイナミックプライシング(動的にコンテンツ価格を決めること)の開発も進めています。もしダイナミックプライシングが実現できるとパブリッシャーの運用負荷も減り、サイト全体の収益最適化の可能性もありそうです。
1サブスクで複数のクリエイターを支援:Podhero
次に紹介するのが、月額の5.99ドルを使って少しづつお気に入りのPodcastを支援するアグリゲーションサービスであるPodheroです。97.2%のPodcastは収益化できておらず、広告やスポンサーシップを入れているPodcastはわずか1.4%しかない(残り1.4%はPateronようなサービスからの支援)という現状に対して、PodheroはPodcastを提供するクリエイターへの支援を目的にファンの有料サブスクを分配する仕組みを提供しています。
ファンが課金する5.99ドルのうち0.99ドルがPodheroを運用するための費用として使われ、4.99ドルドルがクリエイターの取り分となります(現状は、クリエイターがファンのサインアップを獲得する度に5ドル(約500円)がクリエイターに支払われるリワードプログラムの費用として主に充てがわれています)。
Podheroがユニークなのは、視聴数ベースでクリエイター側が受け取れる売上額が変わるのではなく、ユーザが支払う金額の内4.99ドルで、どのPodcastにいくら支援するのかを自分で決められる点です。例えば、4.99ドルの内、1ドルをPodcast A、2ドルをPodcast B、1.99ドルをPodcast Cのクリエイターへ分配するということができるため、少額をさまざまなクリエイターに支援できるマイクロペイメントの仕組みになっています。
2020年6月のロンチ時で、Podheroには無料のPodcastが100万以上揃っているためほかのPodcastアプリと遜色なくコンテンツを探すことが可能になっています。これはPodheroがAppleのPodcast APIを利用することで、Podcast配信側とPodhero間で取引関係がなくともPodheroのアプリで番組が視聴できるようになっています。
そしてPodhero上でファンからPodcastに支援があると、なんと取引関係がなくても支援額がプールされ、いざ取引関係になった時にプール額が支払われるという仕組みが出来上がっています。これは非常に興味深い仕組みで、クリエイターの知らぬ間に収益が発生したという状況が出てきてもおかしくありません。
トークンによるクリエイター支援:Stakes Social/DEV Protocol
最後に、マイクロペイメントを可能にするプラットフォームとして近年注目されているBlockchainを使ったStakingを紹介します。
Stakingとは、ある仮想通貨を保有するユーザがBlockchainのネットワークに参加し、トランザクション(Blockchain上に格納される取引)の検証に貢献することで対価として報酬がもらえる仕組みです。仮想通貨の保有割合に応じて承認の割合を決めるProof of Stakeという合意形成のアルゴリズムを採用している仮想通貨(Etherium (移行予定)、Polkadot、Cosmosなど)が対象となります。これはより多くの検証に貢献することでより多くのStaking報酬がもらえる構造となっており、株式の考え方によく似たものとなっています。
このStakingの特徴を使ってオープンソースソフトウェアのクリエイター支援の仕組みを作っているのがDEV ProtocolとStakes Socialです。オープンソースの世界では開発者が無償でソフトウェアを開発、ソースコードを公開し、開発コミュニティの無償の貢献によりソフトウェアをアップデートしていく形が標準的です。一部の人気プロジェクトではユーザからの寄付を得てプロジェクトを存続するための資金を獲得することが可能です。
一方で寄付を得て継続できるプロジェクトはごくわずかで、やや古い統計ですが1年間で83%のオープンソースのプロジェクトは非アクティブ(過去1年間あるプロジェクトに対して2人以上の開発者が1回以上ソースコード変更を行っていない)になっています。
1年間で83%のオープンソースのプロジェクトは非アクティブになっている
すべてが資金難による非アクティブ化ではないと思われますが、長くプロジェクトを継続するために資金が必要になってくるケースも多々ありそうです。
この状況を解決するために、オープンソースプロジェクトをトークン化し、開発者が支援者からの資金調達を可能にし、開発者と支援者への双方へインセンティブを与える仕組みとしてDEV Procotol、マーケットプレイスとしてStakes Socialが提供されました。
支援者はまず暗号通貨であるDEVトークンを購入します(Uniswapという分散型取引所経由でトークンを購入)。DEVトークンをStakes Socialに掲載されている開発者トークンにStakingすることで報酬がもらえる権利が発生します。トークン化された開発プロジェクトの数とそれに対するStakingの需要と供給に応じて利率が決まり、その利率がStaking報酬となります。2021年5月25日時点ではクリエイター側も支援者側も年利は約30%あり、高いリターンが期待できます。StakingしたOSSのプロジェクトが多くダウンロードされ利用数が増えて人気になれば、さらに資産価値が向上し、さらなる報酬も期待できます。また一度StakingしたDEVトークンはStakingを取り消したり、DEVトークンを他の暗号通貨に変換して売却することもできるため、資産としての流動的が高いものになっています。
ここでようやくマイクロペイメントの話になりますが、暗号通貨全般の特徴として保持できる最小単位がかなり小さいことがマイクロペイメント実現につながります。例えばBitcoinの最小単位は0.00000001BTC(約0.04円 : 2021年5月23日時点レート)で、1 satoshiと呼ばれます。この暗号通貨の仕組みを使うことで、100円どころか1円以下の額を取引することが可能であり、非常に少額からクリエイターエコノミーに参加することが可能です(取引所によって利用できる最小単位は切り上げられることもあります)。
Stakes Socialでは最小単位として、0.000000000000000001DEV(0.00000000000000000768円: 2021年5月23日レート)からStakingが可能になっているため、マイクロペイメントにより支援者がさまざまなオープンソースプロジェクトへの支援を組み合わせたポートフォリオを作り資産運用することも可能になっています。またクリエイター側も数円~数百円の支援が塵も積もれば山となるモデルかつ自身にも報酬も返ってくるため、流動性と持続性をうまくバランスしてプロジェクトを続けることも可能になります。
おわりに
今回はニュース記事、Podcast、オープンソースプロジェクトと三者三様のマイクロペイメントの形を取り上げました。世の中に大量のクリエイターが現れ、コンテンツが溢れる中で、マネタイズをすることは非常に難しくなっています。毎月一定額を支援してくれるロイヤルユーザを増やすことが大きな戦略として正しい一方で、無関心でもロイヤルでもない中間層のファンともうまく関係を築いていくことが継続的にビジネスを続けていくための一つの戦略だと考えられ、マイクロペイメントはその解決策になりえます。
特にStakes Socialのようにトークン型の場合は、クリエイターもファンも同時に報酬を得ることができるため、経済合理性も追求することでコミュニティの強化にもつながります。そして、多くのファンが少しづつ多くのクリエイターを支援するN:Nの関係ができることでクリエイターの収益源の多様化も実現されます。このように大きく可能性を感じさせるマイクロペイメントを今後もトラックしていきたいと思います。
Thanks! Aya, for your help.
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