事件やイベントを発見可能にし、ユーザのインタラクションの回数を最大化することがイベントドリブンメディアとしての価値
By キメラ|Ximera Media Next Trends #18| @August 26, 2021
はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第18回となる今回は、「イベントドリブンで形成されるメディア」について紹介していきたいと思います。
新型コロナウイルスのクラスタが近くで起こってないか、ワクチン接種の場所はどこなのか、行きたいイベントは本当に開催されるのかなど、近年は自分の身の回りに起こっている事件や関心が高いイベントの行方が非常に気になるところです。そうした需要に対して、事件/イベントを早期に知り、友人や家族と共有し、アクションをとるためのメディア=イベントドリブンメディアが台頭してきています。
本記事ではイベントドリブンメディアが具体的にどのように提供され、誰に役立っているのか、最新のスタートアップ事例を取り上げながら紹介したいと思います。
ローカルコミュニティの事件を可視化:Citizen
交通事故、火災、危険動物の脱走、建物からの落下物、暴力的なデモ、コロナ感染クラスタなど街にはさまざまな事件が起こる可能性があります。例えば、Black Lives Matter運動の最中に、昼間は平和的だったデモが夜には暴徒化し器物損壊や暴動を繰り返し、無闇に外出するのが危険な状況になりました(筆者はこの状況を実際にアメリカで経験しました)。
近隣で事件や危険なことが起こっていないか常に把握することは自身や周りの人たちの安全を確保するために非常に重要なことですが、Twitterのように広域でかつデマが拡散されやすいツールのみではリアルタイムな情報を正確に得ることが難しいでしょう。その課題を解決しようとしているのがニューヨークのスタートアップであるCitizenです。
Citizenが提供するアプリを使うと、ユーザは近隣で起こった事件について、リアルタイムでアラートを受け取り、起こっている事件を動画やコメントで確認できるようになります。近くで、警察、消防、救急のサイレンが鳴っていると何が起こっているのか気になるものだと思いますが、Citizenを使うことでその原因を理解できる可能性が高くなります。例えば「300フィート先のビルで火災が起こっている」と現場付近にいるユーザが正確な事件の場所と概要を把握することができれば、危険を避けるアクションをとることができます。
アメリカにおいては警察官が派遣される場合の連絡は公開電波を通して住所とともに送信されるため、Citizenはそこから情報を得ることで緊急度の高い事件についての情報を発信しています。またエンドユーザが事件現場に出くわした際にCitizenアプリで事件を登録したり、友人に知らせたりすることができるようになっています。
2021年8月には新たに24時間対応可能な訓練を積んだエージェント(元911のオペレータや緊急医療技師が所属)がいざという時にサポートする有料機能Protectをロンチしました。
Protectは月額19.99ドル(約2000円)を支払うことで、専用のエージェントとビデオ・音声通話する、友達や家族に状況を伝えてもらう、緊急対応要員を派遣してもらう、警察や救急車を呼んでもらう、近くにいるCitizenユーザに助けを求めるといったことが可能になります。アプリでエージェントを呼ぶボタンを押す、スマートフォンを振る、もしくは苦痛検知モード(スマートフォンの音声から叫び声などから周りの状況を検知する機能)によって、エージェントと接続されるため、緊急時にエージェントを役立てられなかったということが起こりにくいように配慮されています。Protectはこれまで10万人のテストを行い、その価値がマネタイズ可能なものと検証されリリースされたと見られます。
Citizenアプリではこれまで30都市で700万人のユーザに対して40億回のアラートが送られ、ローカルコミュニティにおける事件を知るための速報性が高いメディアとなりつつあります。
イベントドリブンなソーシャルメディア:IRL
世の中には音楽フェス、夏祭り、花火大会、フリーマーケット、夜市、作品展、ライブストリーミングなど思いつくだけでも多くのイベントがあります。現在のコロナ禍においてはオフラインのイベントの多くが中止・延期に追い込まれ残念な限りですが、ワクチン接種の進捗次第では日常的に開催するような状況に戻ることも期待されます。
オフラインイベントにしてもオンラインイベントにしても、広くブランドとして認知されている有名なイベントはそれほど多くなく、知る人ぞ知るイベントが多数存在しています。しかし、そのなかから気持ちが踊るイベントを発見できる機会は滅多にありません。また友人や家族と楽しもうと思うと、事前にスケジュールを合わせる必要があります。
こうした課題を解決しようとしているのが、ソーシャルカレンダーを提供するIRL(In Real Life)です。IRLを使うことで、オフライン・オンラインを問わず多くのイベントを発見し、友人とグループを組み、スケジュールの都合をあわせる一連の動作を完結することができます。
TECHBLITZの記事によると創業者であるAbrahamさんがIRLを提供するきっかけとなったのは、「人とひとが時間をともに過ごす」際に生じる手間を解決するアプリケーションがないと気づいたことでした。Forbesの記事を読むと、特に親世代が使っているFacebookを使いたくなく、会社のe-mailアカウントに紐付いたカレンダーを持っているわけでもない10代にはベストなカレンダーアプリがなかったことがわかります。そこで提供されたのが、イベント発見機能、ソーシャルネットワーク機能、カレンダー機能を組み合わせたIRLでした。
イベント発見については、期間と場所または所在地にしたがったイベント情報や、フォローしている人が公開/共有しているスケジュールがフィードとして流れてきます。友人がカレンダーに追加したイベントに自分も興味があれば、IRL内で友人とチャットし、参加申し込みをすることもできます。このような機能を1つのソーシャルイベントカレンダーとして統合するUXを提供できたことがIRLの強みでしょう。
以前のIRLはTicketmaster、Livenation、Meetup、Eventbriteなどイベント関連のサービスと連携することで数多くのオフラインイベントを発見できるアプリでした。しかしコロナ禍においては、オフラインイベントが減ったことを受け、In Real LifeからIn Remote Lifeへ姿勢を変化させ、オンライン上のイベントも取り扱うプラットフォームに変貌しました。Zoom、Twitch、YouTube、Huluなどオンラインで開催されるイベントや番組の配信を検索、スケジュール、チャットできるようにしてユーザを伸ばしています。
現在、オフラインとオンラインのソーシャルイベントカレンダーとなったIRLは、月間2000万人のアクティブユーザがおり、1日あたり1億件のメッセージが送信されています。マネタイズ方法としては、イベントへ送客することによるアフィリエイトのほか、アプリ内での有料グループチャット導入のテストを進めており、クリエイターやインフルエンサーと収益を分け合う仕組みも検討しているようです。また、10代のエンゲージメントをさらに上げるために、大学生に向けてCollege Event Networkと呼ばれる大学イベントにフォーカスしたIRL Calendarを提供しています。大学生は.eduのアカウントでIRLへのログインが可能となり、大学内のサークル活動やカレッジスポーツなど身近なイベントを契機に、よりクラスメイトとコミュニケーションが図ることができます。
2021年8月時点ではコロナウイルスのデルタ株に阻まれ、オフラインイベントは引き続き苦境に立たされている状況ですが、今後ワクチン接種が進むことで、オフラインイベントの復活が期待されています。このことはIRLにとって扱えるイベント数を増やす余地を残しているということであり、さらなる事業拡大のチャンスとなりえます。
上記で見てきたように、IRLはイベントを起点としたメッセージングソーシャルネットワーク化しており、主に10代にとっては新たなメディアでありコミュニケーション手段にもなっています。IRLは今後さらに成長が見込まれるメディアとして注目すべき存在かと思います。
おわりに
今回は「イベントドリブンで形成されるメディア」についてとりあげました。身の回りや興味関心の高いイベントが契機となり、危険を回避する、友人や家族と時間を共有するなど、人々はさまざまなアクションが必要になります。それに対して事件やイベントを容易に発見可能にし、ユーザのインタラクションの回数を最大化することが、イベントドリブンメディアとしての価値となります。
一方でメディアが提供する情報も完璧にはなりません。例えば、Citizenは2021年5月に山火事につながった放火の疑いのある男性を見つけるのに3万ドルの懸賞金を募りましたが、執行機関により疑いのある男性は犯人とは異なることがわかりCitizenは大きな批判にさらされました。Citizenのように市民の役に立つ機能や情報を提供する一方で、時には誤った情報や対応がされる可能性はどうしても残ってしまいます。特に人命や犯罪などに関わる場合には情報の正確性が非常に重要になってきます。
上記の側面もあることをメディア側でもエンドユーザ側でも常に意識しながら、情報共有を図ることでイベントドリブンメディアがさらに発展することを願っています。
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