多様化とバンドル化で今まで存在しなかったメディアとユーザ価値が生まれる
By キメラ|Ximera Media Next Trends #16| @July 16, 2021
はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第16回となる今回は「バンドル化するニュースメディア」について紹介します。
ニュースメディアは近年、主な収益源である広告についてGoogle、Facebookを中心としたテックの巨人にそのトラフィックと収益源を奪われつつあります。それに対し既存のメディアは、有料のサブスクリプション、イベント、グッズ販売など新たに読者から収益を獲得するビジネスモデルの模索を続けています。また、大手メディアから独立したライターやフリーランスライターがプラットフォームを使ってニュースレターやサロンといった形で新たなメディアを立ち上げ、エンゲージメントの高い読者から継続的に直接収益を得る形態も増加しています。これらによって、メディアやライターが提供するサービスやコンテンツが増えると同時に、無料ではなく一定の費用を支払ってコンテンツを消費する変化が起こっています。
一方でこれまで無料でコンテンツを消費してきた読者は、全員が有料会員となりロイヤルユーザ化するわけではありません。多くの読者は、大量のメディアやコンテンツがある中で自身に有益なものだけ選別する必要に迫られています。
そういった課題を解決するために、第13回で取り上げたマイクロペイメントはソリューションの1つとなりえました。今回はマイクロペイメントとは別視点での解決策として、複数のメディアや独立ライターをとりまとめることで、エンドユーザに新たな価値を提供する「メディアバンドル」を推し進める事例を紹介したいと思います。
企業向けニュースバンドル:NICKLpass
企業が自社の従業員に対して最新のビジネスニュースを取得できるようにすることは、所属する業界で起こっているトレンドを押さえ次のビジネスの一手を考える手助けとなります。フィラデルフィアのスタートアップであるNICKLPassは、Business Insider、LA Times、CNBC、TechCrunch、The Informationなどを含む200以上のパブリッシャーとパートナー関係を結び、企業従業員の有料ニュースへのアクセスを可能にしています。
NICKLPassはChrome ExtensionとモバイルアプリにおけるSingle Sign-Onによってパブリッシャーの有料コンテンツへのアクセスを技術的に可能にしているため、パブリッシャー側の開発負荷低く新たな有料読者を呼び込むことができるとしています。
またNICKLPass側も有料読者を企業の一定ボリュームで契約することができるため、最大で80%割引されるボリュームディスカウントを利かせることができています。企業ユーザ向けのボリュームディスカウントによるメディアバンドルという手法自体は目新しい話ではありませんが、有料ユーザリーチを広げるためのパートナーシップとしては有効な手の1つです。
広告フリーのバンドル:Scroll
ニュースメディアにとって、広告は切っても切り離せない存在です。無料の記事でトラフィックを稼ぎ、広告でマネタイズする伝統的なモデルはサブスクが全盛となった今でも、収入源の1つとして機能しています。一方で広告はどうしても読者の体験を損なう場合もあります。アドブロッカーとアドブロッカーを回避するメディアのイタチごっこは枚挙に暇がありません。邪魔な広告を消したいというエンドユーザの要望に対してスタートアップのScrollは複数のニュースメディアをパートナーとしてまとめあげ、広告を非表示にする機能を有料のサブスクリプションとして提供しています。
初回の30日間無料、最初6ヶ月間は月額2.49ドル、以降は月額5ドルを支払うことで、Scrollと提携するパブリッシャーサイトで広告フリーの体験が提供されます。5ドルの内Scrollが1.5ドルを獲得し、残りの3.5ドルが各パブリッシャーの滞在時間に応じて収益配分される仕組みとなっています。The Verge、The Atlantic、BuzzFeed、Kotaku、Recode、Polygonといったメジャーなメディアをはじめとする数百のサイトがパートナーであり、幅広いカバレッジを持っています。Scrollは、Scrollのネットワークに加わることでこれまでメディアが広告のみから得ていた収益よりも40%以上多く獲得することができると謳っています。
Scrollは2021年5月にTwitterに買収されました。まだ具体的なプロダクト統合は外部からは見えていませんが、Twitterが提供するサブスクリプションのサービスの一貫としてScrollの機能が提供され、Twitterが買収したRevueとともにメディアやクリエイターに対する新たな収益源にしていくことがTwitterから言及されています。これまでTwitterがニュースパブリッシャーやクリエイターと強い関係性を持つことはありませんでしたが、近年の買収は明確にTwitterのクリエイターエコノミーのプラットフォームを目指す意思が感じられ、メディアバンドルの観点でも今後の動きに注目したいところです。
ニュースレターのバンドル:Every
最後に複数のニュースレターをバンドルすることで1つのメディアが形成された事例を紹介します。EveryはニュースレタープラットフォームであるSubstackから独立したメディアスタートアップです。もともとはSubstack上の生産性とビジネス戦略にフォーカスしたニュースレターであったEverything Bundleは、8名のライターのニュースレターをバンドルし、75万人以上の読者と約2400人の有料読者を獲得しました。
Everyが目指すのは各ライターが制作する執筆物に生計を立てられるレベルの対価が支払われる機会があると同時に、それぞれの執筆ビジョンを実現する自由の両立をすることです。従来は各ライターが執筆で生計をたてるためには完全に独立したフリーランスとなるか、大手メディアの記者となるかしか選択肢がなかったなかで、Everyはその中間解を求めて新たなビジネス形態を模索しています。
EveryのFounderであるDanとNathanは、既存のライターが抱える問題として、(1) 素晴らしい執筆を行うには多彩なスキルが必要とされること、(2) ライターにかかる執筆のプレッシャーの頻度が高すぎること、(3) ほとんどのライターの執筆がインサイトではなく影響力(ページビューなどのアテンション)を追ってしまうことをあげています。このビジョンの実現のため、志をともにするライターと組みバンドルメディアを作ることを決めました。またメディアとして独立するため、Substackから離れ1つのスタートアップとしてEvery独自のドメイン、CMS、課金システムを提供することにしたのです。
現在のEveryでは、14人のライターによる13のニュースレターが4つのジャンル(生産性、ビジネス戦略、リーダーシップ、カルチャー)で提供されています。
初期トライアルとして2週間で1ドル、その後年間200ドル支払うことでEveryのライターが執筆するすべての有料記事を読むことができます。
USのジャーナリストには、大手メディアから各ライターが独立してSubstackなどで生計を立てるアンバンドリングが広がっている状況です。Everyはそこからライターを束ねるリバンドリングを行っています。リバンドリングされたメディアは既存メディアと同じことではなく、各ライターがある程度自身の信条や信念に基づいた執筆をしつつ、一定のカルチャーを保つ新たなメディア形態だと考えられます。
おわりに
今回はニュースメディアのバンドル化を図るスタートアップの事例を取り上げました。有料コンテンツのバンドル化、広告フリーのネットワークバンドル化、ライターのバンドル化などによって、増大するコンテンツや有料課金の価値を新たに訴求するメディアの動きが出てきています。とくにEveryのように、ライターが完全独立しているわけでもなく、特定の信念・信条に偏った集合体としてのメディアでもない、ミディアムメディアが組成させれているのは興味深い動きです。これは昨今のクリエイターがファンにダイレクトにコンテンツを届けることが可能になったこと(D2C化)で実現されたアジャイルかつ自己組織的に運営されるメディアの形の1つのように思えます。
今後のメディアの動きとして、ライター・メディア・読者のあり方がさらに多様化し、バンドル化が起こり今まで存在しなかったようなメディアが作られ、新たなユーザ価値が提供されていく可能性もありそうです。Ximeraでは今後もメディアバンドルをはじめのニュースメディアトレンドについてトラックしていきたいと思います。
連載:Ximera Media Next Trends のトップページへ
ページを最後まで見ていただいてありがとうございます🙂
この下にはもう何もありません。私たちのニュースレターに登録いただければ、この連載を含めたコンテンツの更新情報をお知らせします。またお会いしましょう。