Ximera Media Next Trends #66|Ikuo Morisugi| 2024.11.06
- はじめに
- 排出量見積もり〜オフセットのプログラム化:Patch.io
- GHG排出量削減トラッキング/プランニング支援:Watershed
- メディア/広告業界特化型GHG削減ソリューション:Scope 3
- おわりに
はじめに
近年、ESGの推進を背景に、気候変動対策として、カーボンニュートラルやネットゼロの取り組みが進んでいます。
「カーボンニュートラル」とは、企業や国家が排出する温室効果ガス(GHG, Greenhouse Gas)を、削減および吸収・除去によって相殺し、実質的にゼロの状態を目指す取り組みです。「ネットゼロ」はカーボンニュートラルの概念を拡張し、排出されるGHGを全て正味ゼロにすることを指し、国際的な基準として広がりを見せています。
気候変動の影響が深刻化する中で、各国政府や企業は気温上昇を1.5度未満に抑えるため、2050年までにネットゼロを目指す目標を掲げています。企業はESGに配慮したビジネス運営を行うことで、ブランドイメージの向上や投資家・消費者からの信頼を強める必要があります。また世界的にも日本でも、上場企業に対してはGHG排出量の開示義務化の流れが加速しており、企業にとってGHGを減らすための各種活動とレポートは必須となりつつあります。
とはいえ、GHGの削減はそう簡単なことではありません。1. 現状どれだけ排出しているのか測定し、2. 削減目標設定と実行プランを策定し、3. 実際に削減を実施し、4. 継続的にPDCAと対外発信をやり続ける、といったアクションが求められ、まず1.の測定の段階からスタートする必要があります。
企業は、直接排出(Scope 1)、購入エネルギーによる間接排出(Scope 2)、そしてサプライチェーン全体の排出(Scope 3)を把握する必要があります。特にScope 3の測定はかなり難易度が高いです。例えばメーカーであれば、自社だけではなく、サプライヤーやその先にいる原材料供給者、あるいは卸売業者や小売店、そして最終消費者までサプライチェーンのあらゆる活動が測定の対象になります。
このようにステークホルダーも品目も多岐にわたり複雑なため、いかに正確なデータの収集ができるかが課題になります。またGHG削減に対し再生可能エネルギーの利用や省エネ技術の導入を行おうとすると、多額の初期投資や運用コストが必要となることも珍しくありません。また、ある団体が実施したGHG排出削減量を、他の団体が買い取る「カーボンオフセット」は、大規模な投資を避けて削減量を稼ぐ有効な手法ですが、その信頼性や透明性が問題になることがあります。
本稿では、こうした問題に対し、近年グリーンテック分野においてGHG削減を支援する様々なソリューションを提供するスタートアップ事例を取り上げ、どのような価値提供が行われているか見ていきます。
排出量見積もり〜オフセットのプログラム化:Patch.io
Patch.ioは、カーボンクレジットの売買によるカーボンオフセットを行えるプラットフォームを提供しており、GHG削減のための技術やリソースが限られている企業が、信頼性の高いオフセットを利用しやすくなるよう支援しています。
Patch.ioはAPIを通じて、リアルタイムで排出量を計測し、さらにオフセットが必要とされる際には、カーボンクレジットの購入を自動化することが可能です。森林再生や炭素吸収技術など、厳格な基準で選定されたオフセットプロジェクトを幅広くサプライヤーから集めて顧客へ提供しており、企業のシステムとシームレスに統合可能です。
Patch.ioは上記のプロジェクトから提供されるカーボンクレジットの購入ごとに手数料を設定しています。自社の排出量に応じたオフセット費用を支払うことで、企業は柔軟にコストを管理できます。またカーボンクレジットを購入するだけではなく、オフセットを全体として適切に行うために、オフセットの戦略策定や、年々増減するカーボンクレジットのサプライヤーのソーシングや管理、現状ポートフォリオ管理/分析、契約の1本化などをPatchに任せられるOfftakeというプログラムも顧客に提供をしています。このプログラムを利用すると、調達価格を安定させつつ、かつ管理の手間も少なく、常にポートフォリオを最適化することができます。Bain&CompanyやIFSなどがPatch.ioの顧客として利用しており、クラウドベースのエンタープライズソフトウェアを提供するIFSの事例では、変動しやすいカーボンクレジットを5年間の固定価格で購入する契約を結ぶことで、安定的なカーボンクレジット取得を可能にしました。
2022年にPatch.ioはEnergize VenturesがリードするシリーズBで5500万ドルの資金を調達し、プラットフォームの機能拡充やAPI連携強化、国際市場での展開に資金を充てています。
GHG排出量削減トラッキング/プランニング支援:Watershed
Watershedは、企業がGHG排出量を正確に把握し、効果的な削減計画を立てる支援を行っています。Scope 1(直接排出)からScope 3(サプライチェーン全体の排出)までの排出を包括的に管理できる点で、複雑なサプライチェーンを持つ企業にとって有用です。トラッキングとプランニング機能が一体化され、包括的なGHG削減戦略をワンストップで管理できることを強みにしています。
Watershedは、リアルタイムでの排出量トラッキングと、削減目標に向けたアクション提案を提供します。EUのCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive: EU域内企業に課されるサステナビリティに関連する情報開示義務)対応のレポート支援ツールも備えており、国際基準に準拠した報告書を作成することが可能です。
Watershedは年間契約のサブスクリプション型のサービスで、企業の規模や排出削減目標に応じたプランを提供しています。公式サイトでは見積額は公表されていませんが、年間費用は平均で7万9000ドル(約1200万円)、最高額で15万ドル(約2225万円)と言われており、上場している大手企業がメインのユーザとして利用していることが想定されます。
Airbnb、Stripe、Walmart、SweetGreenなど、IT・小売・飲食など幅広い業種の企業がWatershedを利用しています。健康志向なオーガニックレストランを提供するSweetGreenの例では、提供メニューのそれぞれの原材料のサプライヤー(Scope3)まで含めて、Watershedを使ってGHG排出量を明確化し、メニュー表に掲載をする徹底っぷりです。
Watershedは2024年2月にKleiner PerkinsやSeqouiaなどトップTierのVCが参加するシリーズCラウンドを実施し、1億ドル(約150億円)を調達、時価総額は18億ドル(約2700億円)となり、その成長性が評価されています。CSRD対応ツールの開発やヨーロッパ市場でのさらなる競争力向上に資金を投入して対応している他、トラッキングとプランニング機能の高度化なども進められています。
メディア/広告業界特化型GHG削減ソリューション:Scope 3
Scope 3は、広告配信とデータ処理に伴うエネルギー消費とGHG排出量を削減するため、メディア・広告業界向けの特化型ソリューションを提供しています。近年、デジタル広告の配信はAI活用が増え、AI処理によるエネルギー消費が急増中です。Scope 3は、広告配信の各段階で発生する炭素フットプリントを詳細にトラッキングし、より低排出の選択肢を提示することで、広告業界が環境負荷を軽減できるよう支援しています。
Scope 3のプラットフォームは、広告キャンペーンにおける各工程での排出量を可視化し、広告主に対して持続可能な広告戦略を提案します。メディア/広告業界では、2024年6月にGMSF(Global Media Sustainability Framework)が業界特化のGHG排出量測定のフレームワークとして発出されており、Scope 3は一定程度整合するものとして提供されています。
またAIによる広告配信におけるエネルギー消費を追跡する機能も提供しており、企業がAI処理の影響を管理しながらカーボンフットプリントを抑えるためのサポートを行っています。
Scope 3はジャーナリスト、研究者などへ向けて無料版を提供している他、パブリッシャー向けおよびアドテク業界向けにパッケージプランをそれぞれ分けて提供しています。広告キャンペーンにおける排出量削減を目指すメディアやアドテク企業が、柔軟に環境対策を取り入れられるようになっています。顧客はScope 3のトラッキング・レポート機能を利用し、広告キャンペーンごとに環境負荷削減を実現することが可能です。
Scope 3はYahoo!のようなメディアプラットフォームやGumGumのようなアドテク企業などとパートナーシップを結んでそのクライアント企業へScope3のソリューションを提供しています。これらの企業は、Scope 3のソリューションを活用して広告キャンペーンの炭素排出量を測定し、サステナブルな配信方法を選定しています。Scope 3のデータは広告戦略に反映され、持続可能なマーケティング活動を支援しています。
Scope 3は2024年10月にGV(Google Ventures)がリードするラウンドで2500万ドル(約37.5億円)の資金調達を行い、AI関連のカーボンフットプリントトラッキング機能の開発に資金を投じています。この新機能は、広告業界におけるAI使用のエネルギー負荷をより正確に測定し、排出削減の最適化に役立つことが期待されています。
おわりに
Patch.io、Watershed、Scope 3の3社は、それぞれ企業が排出量を測定・削減し、効率的にカーボンニュートラルやネットゼロ目標を達成できるよう強力なサポートを提供しています。これらのスタートアップには共通して、「トラッキング」「計画」「オフセット」といった多面的なアプローチが採用され、Scope 1からScope 3に至るまで包括的な対応が可能です。一方で、それぞれの業界で取得/測定できるデータはかなりバラエティに富んでおり、一社だけで全てを賄うことは難しく、ある程度業界に特化した上で、専門性をもって顧客開拓やソリューション提供をしていることが見てとれます。
冒頭で紹介したように、日本でもGHG排出量の開示が義務化する可能性が高いため、我々日本のメディア業界においてもサステナビリティのトラッキングとレポーティングに向けた動きは重要になってきます。欧米ではすでにScope 3のような企業を利用して、パブリッシャーやアドテク企業がその動きを強めています。広告キャンペーンやオンラインプラットフォームの運営に伴うカーボンフットプリントを管理することで、企業は環境負荷を削減しつつ、消費者や投資家からの信頼も強化できます。ただ規制に対応するだけでなく、先行して積極的にこうした分野へ取り組むことで、ブランドイメージでの差別化をもたらすポジティブな側面も出てきています。このように「トレンドや規制をうまく利用して株主・顧客への訴えかけを強化するアプローチ」については、あらゆる分野で重要であり、本連載でも引き続き取り扱っていきたいと思います。
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