Ximera Media Next Trends #52|Ikuo Morisugi| @August 31, 2023
はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第52回となる今回は「ビジネスと環境負荷低減を両立させるサスティナビリティコマース」を取り上げます。
SDGsやサスティナビリティはどこの業界でも引き続きどのような対応をとっていくのか注目されている分野です。特にフィジカルな物品を扱うリテール業界は、消費者・株主・政府などからよく目に見える分、デジタル業界より社会的な関心度が高いと考えられます。
本連載#30で示したように、「サスティナブルコマース(リサイクル、リユース、リデュースを中心とした持続可能な社会に向けてプロダクトやサプライチェーンが考慮されているコマース全般)」の重要性は高まっており、大量に起こる廃棄や無駄な生産・販売を抑えることが求められています。
一方で企業は顧客の満足度を下げないために、希少品でない限りは多くの場合、在庫切れを起こさずリアルタイムに需要に対応する必要があります。同時に在庫を積みすぎると余剰在庫となり、ビジネスの継続を困難にします。在庫は多すぎても少なすぎても駄目で、多くのリテール関連企業は常にちょうどいい塩梅になるよう在庫数の最適化に迫られています。しかし、グローバル市場全体において在庫全体の約8%が不足状態または廃棄されており、廃棄については1630億ドル(約23.8兆円)の無駄が出ているというレポートもあり、まだ莫大な量の在庫不足・余剰在庫に悩まされているのが現状です。
また、顧客側で不必要となった物品について、店頭でのリサイクル回収など環境配慮は一部の店舗でも実施はされていますが、企業側からするとコストがかかる分、CSRやサスティナビリティ文脈で環境配慮アピールができる以外に大きなメリットがない状態となっています。
こうした状況に対して、①調達在庫数の最適化、②不用品回収を収益チャネル化の2つのアプローチで課題解決を図ろうとしているスタートアップが出てきています。本稿では具体的な事例を取り上げ、どのように実現させているのか見ていきたいと思います。
物品調達プロセス柔軟化による在庫最適化 : Ghost
洋服・靴などのアパレル用品、美容関連製品、DIY用工具など、リテールストア(一般小売店)で販売している物品の多くは販売店がメーカーもしくは卸業者/商社などから仕入れをしています[リテール(retail): 業者から仕入れた商品を小分けにして売るといったニュアンスが含まれます]。
特に物品に新たな加工などするわけではなく商品パッケージをそのまま販売する形になるので、調達プロセスは「適切な量をいかに安く早く仕入れられるか」が在庫最適化のポイントになってきます。これまで物品の調達においては、個別にメーカーや卸業者/商社とコンタクトし、個別に交渉・契約が必要でした。同一物品を売っている別の卸業者がいれば、相見積もりのためさらに個別交渉が必要です。またメーカーや卸業者によっては、最低購入ロットもあります。大手小売でない限りは、配送管理や請求/支払い管理を未だにFaxなどオフラインでマニュアル的に行っているところも少なくありません。
このようにリテールストアが必要な物品を必要なだけ購入するには、多くの場合煩雑なプロセスやハードルが発生します。また調達までのリードタイムが長くなればなるほど、需要が変化し調達在庫数を見誤り、上述のように過少/過剰在庫のリスクも高くなります。また一般的によほど調達力・販売力があるリテールストアでない限り、価格交渉力は販売側(卸売側)の方が強い図式となっており、調達価格の柔軟性にも問題があります。
これに対してロサンゼルス発のスタートアップであるGhostが行っているアプローチが、一般小売事業者向けのメンバーシップ制オンラインマーケットプレイスです。Ghostを利用すると一般消費者がECストアで商品を購入するのと同じくらい簡単に、小売り事業者がメーカー/卸業者/商社からの物品調達が行えるようになります。
Ghostはマーケットプレイスとして、ブランド/卸業者/商社と提携し、商品を掲載しているため、購入者からすると連絡や交渉の手間がありません。価格に関しては、Yahoo!オークションのように入札式または購入者の希望価格を伝える形が取られているため、販売者から提示される価格一択ではなくマーケット需要によって調整がされます。また、Ghost側で調達物品の掲載/購買のデータを集め、どれくらいのロット数/価格で同物品が販売されているかトレンドとしてデータを提示し、購入者が適切なロット数/価格で購入できるように支援しています。
購入完了後の発送プロセスもGhostが仲介し、販売者からの物品発送状況の確認も行い、発送完了をもって、販売額が販売者へ支払われます。
販売者にとっては、Ghostは通常の卸売プロセスの中で発生している過剰在庫を処分する場所となっています。さらにGhostは発送完了次第、すぐに売上を支払いしてくれるという利点もあり、在庫処分観点/キャッシュ・フロー観点でも販売者がGhostへ掲載するベネフィットもうまく作り出しています。
Ghostは2023年8月にCathay Innovation、Union Square Venturesなどが投資家として参加する3000万ドル(約44億円)のシリーズB資金調達を実施し、米国外(特にヨーロッパ、アジア)への拡大を目指しています。
追加収益/ロイヤルティを生むリセールプログラム: Trove
冒頭で説明した通り、ブランドにとって顧客の不用品回収は主にリサイクル目的で実施しており、廃棄を減らし環境負荷低減を目的としたものとなっています。一方で顧客側はよほど店舗が近くにあるか、環境意識が高くない限り、売れないものであればゴミとして廃棄するか、売れるものであれば二次流通市場で販売した方がコストや金銭的メリットが高い状態となっています。2015年の調査では、生産された洋服生地の内、リサイクルで回収されるのはわずか約13%未満で、73%は廃棄され、焼却されるか、埋立地で処分されます。環境意識の高まった近年では改善されている可能性はありますが、リサイクルだけで問題解決は図れるとは考えにくいです。さらにブランドにとっては、リサイクル品を回収しリサイクルプロセスを作るだけでも多大な手間やコストがかかるため、取り組み自体はコストセンターとなっています。
こうした課題に対して、米国スタートアップのTroveは、ファッションブランドが顧客から不要になった商品を買い取り、リセールできるソリューションを提供しています。ブランドがTroveを利用することで、製品の寿命を延ばしつつ、新規の顧客を増やしながらサスティナブルな経営を続けていくことができます。
Troveは各ブランドのリセールプログラムを実現させるために、主に下記4つのソリューションを提供しています。
- Trade-In: オンラインと店舗で顧客から不要となった製品の査定・買い取り(そのブランドで利用できるギフトカードやリワードを現金の代わりに提供)
- Reverse Logistics: 画像認識と機械学習アルゴリズムを使用した、製品判別・自動価格設定・リセールサイトへの登録
- Commerce: ブランドがオリジナルで提供していた製品画像・説明と同期したリセールサイトの提供・運用
- Insights: 在庫状況、製品毎のエンゲージメント、サイト動作状況やビジネスのパフォーマンスの監視・分析
上記のように査定・リスト登録・商品管理・販売プロセスなど大部分が自動化されており、ブランド側は自前で実施するよりも手間やコストをかなり抑えてリセールプログラムを運用することができます。Troveが提供するリセールソリューションがブランドに評価され、2023年8月時点でTorveが提携するPatagonia、Allbirds、Lululemon、Levi’sなど著名なブランドをはじめとして700店舗およびオンラインで対応をしています。
Troveを活用したことにより、ギフトカードの発行が50%以上増え、その内31%が発行当日に利用されているという事例もあり、不要品の処分の後に次の購入につながっていることがわかります。また50-65%のリセールプログラムでの購入者はブランドが今までに認識できなかった新規顧客で、かつ通常チャネル購入者に比べて2倍のカートサイズ(商品購入点数)となっている事例もあり、新規顧客獲得と在庫捌けにも貢献しています。
Troveは上記であげたブランド以外にもすでにCanada Goose、Carhartt、REI、Arc’teryxなど著名ブランドを獲得していますが、2023年8月にWellington Managementがリードする3000万ドル(約44億円)のシリーズE資金調達を実施し、さらなる提携ブランド増やファッション以外の領域への拡大を目指しています。
おわりに
今回は「ビジネスと環境負荷低減を両立させるサスティナビリティコマース」についてとりあげました。
今回取り上げたGhostもTroveも実施していること自体は先行している類似のスタートアップもあり、特別新しいわけではありません。一方で業界に存在しているペインを的確に捉え、より多くの顧客にとって導入しやすく、使いやすく、かつしっかり成果が出るプロダクトを提供していることが共通しています。
例えば、本連載#30では主にラグジュアリーブランドのリセール市場に限られたブランド愛好家やブティックからリセール品を調達しリセールプログラムへ参入していくArchiveの事例を紹介しましたが、今回取り上げたTroveは、よりカジュアルなブランドかつ一般消費者を巻き込んだ形でのリセールプログラムの提供ができることを示しました。
こうしたリセールプログラムは、二次流通市場で値段がつくような製品であれば、アパレル業界以外にも活用できるため、今後ビジネスとサスティナビリティを両立したい企業がさらに参入し市場が大きくなることが想定されます。
デジタル領域におけるサスティナビリティに対するアクションについては、フィジカルな製品に比べてまだ動きが少ないですが、汎用AIの登場によりサーバーやGPU計算リソースの取り合いが起き、二酸化炭素排出量が大量排出されている昨今の流れを考えると、デジタル業界にもフィジカルな製品と同様にその対応がステークホルダーから求められると考えられます。その時、デジタルメディア領域においてもビジネスとサスティナビリティを両立しつつ、株主・顧客に対する価値を最大化することが求められます。
その時に具体的なアクションができるよう、参考になる材料をXimeraでも今後もお伝えしていきたいと思います。
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コンテンツのエンゲージメント分析ツール「Chartbeat」の日本総代理店としてデジタルメディアの分析支援や体制づくりに取り組む一方、2021年には自社開発したサブスクリプション管理プラットフォーム「AE」を通してパブリッシャーのサブスクリプションビジネス開発を支援。2024年9月からはソーシャル動画の横断分析ツール「Tubular」の導入と分析の支援を開始。