Ximera Media Next Trends #49|Ikuo Morisugi|June 9th, 2023
はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第49回となる今回は「ソーシャルコネクションを取り戻すニューメディア」を取り上げます。
前回ニッチコミュニティについて発生している傾向と事例を旅行やファッションのコマース分野で取り上げました。
今回はコマース領域ではなく、コロナ禍を経てさらに問題が顕在化した「ソーシャルコネクション(社会関係性)の減退」において、特定のターゲットにフォーカスしたソリューション提供により支持を得ているトレンドやサービス事例を見ていきたいと思います。
ソーシャルコネクションとは、人間が他者と関わり合うことで発生する感覚的な経験です。例えば、愛されている、世話をしてもらっている、評価してもらっている、と感じることがソーシャルコネクションがある状態となります。
現代ではソーシャルコネクションを形成する各指標(例えば、孤独感、家族や友人との接触時間、レジャーに費やせる時間など)が過去よりも落ちてきており、それによりメンタル的な問題を引き起こす可能性が高まっています。
ソーシャルコネクションの欠如は1日に15本のタバコを吸う、1日に6杯のアルコールを摂取する、肥満、空気汚染など、日常でリスクが高いと言われる行動や事象よりも危険なものだとされ、大きな社会問題につながるものと考えられます。
ソーシャルコネクションを形成する各指標はコロナ禍で急激に悪化しているので、コロナ禍が過ぎれば収まるのではないかと思いがちですが、アメリカ合衆国保健福祉省のレポートを見ると2003年からコロナ禍がはじまる直前の2020年までに、徐々に「社会的孤独感」、「本質的な満足や楽しみのために他者と一緒に余暇を過ごす時間」、「家族や友人とのコミュニケーション時間」など各指標が軒並み悪化していることがわかります。
近年ではこれらの問題解決を目的に、ソーシャルコネクションを取り戻そうとするサービスの需要が伸びています。本稿ではそうしたサービス事例を取り上げ、メディアによる新たな価値提供の参考材料としたいと思います。
若い世代に特化したメンタリングサービス: Somethings
1つ目の事例は、若い世代へメンタリングサービスを提供しているSomethingsです。
CDC(アメリカ疾病予防管理センター)が2011〜2021年までを対象にまとめたレポートによると、「40% 以上の高校生が、悲しみや絶望が故に、前年の間少なくとも 2 週間は、通常の活動に身を入れることができなかった」とされています。また、コロナ禍で強く人流が制限されたことで、さらに孤独感を強めることになりました。
特に10代はセラピストやカウンセラーといった専門家ではなく、友人や家族といった親しい人・近い人に相談する傾向が強く、心の不安を抱える10代の3分の1は専門家の助けを求めにいっていないというレポート(イギリス国立健康研究所, National Institute for Health and Care Research)もあります。つまり既存のメンタルケアプログラム/体制だけでは若年層の課題を解決できておらず、これがSomethingsのサービスとしての需要につながっています。
Somethingsは19歳~28歳の訓練されたメンターからメンタリングを受けることができます。類似したバックグラウンドや経験を持っているメンターとマッチさせるため、より具体的なアドバイスを受けられるようになっています。メンターはバックグラウンドチェックを受け、必ず事前に2つのトレーニングモジュール(ヘルスケアの認定団体が提供するスペシャリスト用のトレーニングおよび、未成年司法審判および 非行予防局によってデザインされたトレーニング)を受ける必要があります。また、Somethingsはメンタルケアの専門家を集めアドバイザーチームを組成しており、リサーチやプログラムの監修を行っていると考えられます。
アプローチ自体は単純ではありますが、「10代が専門家のところに行かない」という問題に対して、親しく感じられるメンターをインタフェースとして用意して、専門家による監修やトレーニングで質を担保するというアプローチは非常に合理的に思えます。こうした活動が進むことで10代のソーシャルコネクションの回復も促進されると考えられます。
Somethingsのビジネスモデルは有料サブスクモデルで、メンタルに問題を抱える子の親が契約することが想定されています。月額149ドルでメンターマッチング、テキストチャット、月次で親への状況報告が含まれた「Unlimited」プラン、月額219ドルでさらにビデオチャットや3カ月間親からメンターへようすを確認できるチェックインやSomethingsからのサポートが得られる「Unlimited+」の2種類を提供しています。
Somethingsは2023年5月にUSの著名ベンチャーキャピタルであるGeneral Catalystをリード投資家とした320万ドル(約4.5億円)のシリーズAラウンドで資金調達し、さらなる提供地域の拡大が見込まれます。
カトリック信者に特化した瞑想アプリ: Hallow
Hallow(ハロウ)は、カトリック信者に特化した瞑想アプリです。マインドフルネスに関するアプリや、特定の宗教に特化したアプリ自体は以前より登場しており、現在ではそれほど珍しくありませんが、Hallowはキリスト教信者の中でもより敬虔なカトリック信者に特化した祈り・マインドフルネスのアプリです。
Hallowが登場した背景として、創業者のAlexさんがCalmのような瞑想のアプリを試している際に、キリスト教・特にカトリックの活動との相性の良さに気づいたことがあります。キリスト教では休日に教会を訪れ、集団で祈りをささげることで、共同体への連帯感が醸成されています。しかし、現代のデジタル化やコロナ禍での人流回避の流れもあり、アメリカではこうした行動をする人が徐々に減少しています。これが冒頭のソーシャルコネクションの欠如にもつながっていると考えられます。こうした背景もあり、祈りをデジタル化し、アプリを介して祈りをささげるとともに、コミュニティともつながれるHallowのような「お祈りアプリ」が登場してきました。
Hallowは6,000以上のセッションで構成される祈りのためのオーディオガイドがメインコンテンツとなっており、他にはディープなカトリックについての知識をゲーム感覚で深めるChallengeなどを提供しています。またコミュニティ機能では、共通のChallenge(例えば、「30日以内に全150の讃美詩を読む」など)が設定され、コミュニティメンバーと一緒に達成に向けて参加することができます。また、家族や友達もコミュニティに招待することができ、コンテンツに対する自身の考え方やチャレンジの達成状況などを共有することができます。
こうしたコミュニティ機能はほかのマインドフルネスアプリではそれほど力を入れられている印象はないですが、Hallowはカトリックに特化していることや、学校教育へのなじみのよさ、家族で共通の関心事となること、などもありコミュニティを非常に大切している印象です(小教区、学校、リトリート 向けのコンテンツパートナーシップも展開しています。
Hallowは有料サブスクモデルで提供され、月額9.99ドル、または年額69.99ドルで提供されます。初回の7日間は無料ですが、それを経過すると有料プランに自動移行します。
HallowはApp Store全体のランキングでトップ10に入り、2023年5月には累計ダウンロードが1000万回を超え、実施された祈りは2.25億回を超えるなど、近年目覚ましい成長を遂げています。Hallowは2023年4月にGoodwater Capitalをリード投資家として5000万ドル(約70億円)のシリーズCラウンドで資金調達し、さらなる提供拡大が見込まれます。
おわりに
今回は「ソーシャルコネクションを取り戻すニューメディア」についてとりあげました。
本連載第38回で述べたように、現在スタートアップ業界は以前に比べてはるかに資金調達が難しくなっています。たとえ資金調達できたとしても、株式による調達だけでなく借り入れもせざるを得なかったり、評価額が以前よりも落ちたりと、所謂「ダウンラウンド」と言われる状況も珍しくありません。
上記で紹介した2社については、こうした不況下においても、VCからアップラウンドの資金調達ができています。これは不況下だからこそ、職を失った人々や未来に希望を持ていない人々のソーシャルコネクションの減退やそれに付随するメンタルケア問題が顕在化し、そのペインの解消が事業のグロースにつながっている面もあると考えます。ピンチはチャンスといわれるように、困ったときこそ誰にどんな価値を届けられるか再考するタイミングと捉えることができます。
キメラでは引き続き新たなメディアの動きについても新たな動きについて注目し、特徴的な事例に触れながらみなさんへお伝えしていきたいと思います。
Ximera Media Next Trends のトップページへ
キメラは2019年1月以来、70を超える国内パブリッシャー(新聞社・出版社・放送局)でサブスクリプションの事業設計、デジタルメディアのグロース、分析体制の構築などを支援しています。
コンテンツのエンゲージメント分析ツール「Chartbeat」の日本総代理店としてデジタルメディアの分析支援や体制づくりに取り組む一方、2021年には自社開発したサブスクリプション管理プラットフォーム「AE」を通してパブリッシャーのサブスクリプションビジネス開発を支援。2024年9月からはソーシャル動画の横断分析ツール「Tubular」の導入と分析の支援を開始。
- ニュースレター配信登録(過去アーカイブ一覧)
- お問い合わせ mail: contact[at]ximera.jp
- キメラのコーポレートページへ