Ximera Media Next Trends #48|Ikuo Morisugi|May 22th, 2023
はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第48回となる今回は「コミュニティに支持されるコマースメディア」を取り上げます。
若い世代を中心に、これまでの伝統的なメディアやECではなく、インフルエンサーやクリエイターの存在が購入の契機になる傾向が高まっていることは以前の記事で説明しました。ユーザが自分の興味・関心の高い分野について共感や知識を得ることを動機にインフルエンサーやクリエイターのメディアを参照していると考えられます。
また、メディアとコマースは融合しており、Grossier.のようにユーザフォーカスするメディア・プロダクトづくりが行われている事例をご紹介しました。
上記のように同じ思いや興味関心を持つ同志(クリエイターやファン)で組成されるコミュニティが形成され、ブランドやサービスがそこにどう影響を与えていくのかが非常に重要になってきています。メディア面においては、より高い評価がたくさんついている、視聴数があるということが価値になってきましたが、近年では「信頼できるネットワークの一員になれること」や、「カルト的な魅力に引き寄せられること」により、大きなコミュニティを形成するという事例が出てきてます。従来だとそうしたクリエイターやブランドはSNSのアルゴリズムで評価されず顕在化してこないため、メインストリームになることは滅多にありませんでしたが、近年そうしたニッチ需要がグローバルに広がり、ビジネススケール的にも無視できない動きとなってきました。
本稿では、そうしたニッチコミュニティによって支持されるサービスやブランドの事例を取り上げ、次世代のコミュニティとの関係性を考える参考材料としたいと思います。
信頼ネットワークの中で宿泊施設を融通しあう: Kindred
1つ目の事例は、ユーザ同士で宿泊施設を融通しあうネットワークを提供するKindredです。Kindredは一見するとAirbnbのようC2Cで部屋の貸し借りをするシェアリングエコノミーのプラットフォームのようですが、Airbnbとは大きく異なる点があります。Kindredでは、ホストとゲストが売買関係を作るのではなく、物々交換のように双方でお互いの部屋を融通しあうのです。
Airbnbではホストが不特定多数のゲスト候補者に部屋と料金を公開して、見知らぬ人がそこに宿泊予約を入れることになります。見知らぬ宿泊客と宿泊施設の提供者が宿泊サービスの提供と引き換えに、金銭の授受を行う「バケーションレンタルビジネス」です。また多くの施設は投資物件として運用されており、宿泊料はときに需要と供給の調整を受け、大きく高騰することもあり、不当に高いと感じることも少なくありません。
そこでKindredが取ったアプローチが、メンバー限定でホストとゲストの寛大さで信頼されたコミュニティの中でネットワークを作り、物件を融通する仕組みです。Kindredはこれを「バケーションレンタル」ではなく、「ホームスワッピング」と呼んでいます。これは通常旅行をする際に発生するキャッシュフローを抑制するためのアプローチです。つまり、ユーザが自身の物件を宿泊施設として提供することで、宿泊料金を払わずに別の施設に滞在することができます。またユーザ同士もビジネス関係というよりは、お互いに違う場所に短期滞在したいという需要と供給をマッチさせるコミュニティになっていることも特徴です。
Kidnredでホームスワッピングで宿泊を利用するためには、まず最初に自分が招待されるかウェイトリストで登録されるのを待つ必要があります。自身の物件を登録し、Kindred側から承認されるとはじめてメンバー限定のネットワークに参加することができるようになります。メンバー限定のネットワークに入った後は、自分が獲得したクレジット(宿泊施設を提供するごとに獲得される)を使うか、誰かをホストする代わりに別のユーザの宿泊施設へゲストとして宿泊することができます。このとき、クリーニング代とKindredに支払う手数料(最大で一泊あたり25ドル)は支払う必要がありますが、一番高価となる宿泊料は支払う必要がありません。
現状Kindredのコアユースケースとしては、頻繁に働く場所を意図的に変えているリモートワーカーがお互いに居住住宅を交換しあうことで、旅行を楽しみながら働く需要を満たしています。
2022年にプライベートベータを開始してから、2万人の会員申込みがあり、5,000泊以上の宿泊回数を生み出し、成果が出始めています。Kindredは2023年4月にNew Enterprise AssociateやAndreessen Horowitz、Bessemer Venture Partnersといった著名ベンチャーキャピタルから1,500万ドル(約20億円)のシリーズAラウンドで資金調達し、さらなる提供地域の拡大が見込まれます。
カルト的な若者向けコミュニティで人気爆発: Corteiz
Corteiz(コルテイズ)は、ロンドン発のカルト的な人気を誇るストリートブランドです。Corteizは元々創業者のClintさんのプライベートアカウント(鍵付き)のInstagramのみで、はじまりました。フォローリクエストをして承認されてはじめてオンラインでCorteizの服がどんなものが発売されるのか、どのように購入するのかのヒントを得られるようになります。ドロップと呼ばれるマーケティング手法の一つを使っており、販売される商品の情報と販売場所はランダムなタイミングで急にやってきます。オンラインストアで販売されるにしても当日にパスワードがソーシャルメディアやメールで共有され、当日に対象のURLにアクセスして初めて販売場所の位置情報(GPS)がわかったり、オンラインサイトへのアクセスができるようになります(例えば、Corteizの公式サイトは現在でもパスワードロックがかかっています)。
Louis Vuttonのメンズウェアのクリエイティブディレクターだった故Virgil AblohがCorteizのウェアを着用していたこともあり、Corteiz自体は一切マーケティングやPR活動を行ってないにも関わらず口コミベースで人気が高まっていきました。Corteizのアイテムはドロップ後、数分以内に売り切れるなど熱狂を生み出しました。また、しばしばユニークなキャンペーンを行うことでさらにファンコミュニティへの支持を得ることに成功しました。
例えば、Corteizは2022年1月に「 Da Great Bolo Exchange」というプロジェクトを発表しました。これは、状態の良いハイブランドのハイエンドなジャケットを着て、指定された場所まできた人の内、最初の50人だけが、当時未発表だったCorteizの中綿ジャケット(Bolo Jacket)と着用してきたジャケットを交換できるというものです。交換されたジャケットはすべて困窮している人向けに食事を提供する慈善団体に寄付され、慈善団体を訪れる人に対して上記で交換されたジャケットを提供しました。このプロジェクトそのものは、ノースフェイスやモンクレールなど所謂ハイエンドなジャケットが持ち込まれCoteizのジャケットに交換され、ファンを喜ばせながら慈善活動を行う姿勢がファンに大きく賞賛されました。慈善団体に高価なジャケットを提供する必要があるかという点については、物議がありましたが、ホームレスであっても良い体験を得られるべきといったポジティブな意見も得られ、一定の支持を集めました。なにより物々交換で自分が持っている高価なジャケットを持ち出してまで手に入れたいとファンに思わせたこと自体がCorteizがいかにブランドとして確立していたかを証明することになりました。
この取り組みは原価だけ考えると、ファンは明らかに自身が所有するものよりも価格が下のものに交換をしています。例えば、モンクレールのダウンジャケットは、中身にダウンとフェザーを利用していますが、Corteizの中綿ジャケットは化学繊維であり、明らかにコストが安いです。Coteizはこのプロジェクトを通じて消費者の持つ価値感を転換しており、それを支持するコミュニティを形成することに成功しています。
2017年に立ち上げたCorteizはわずか18ヶ月で1万人のフォロワーを獲得し、2023年4月時点では71万以上のフォロワーがおり、ますますその人気が高まっています。カルト的なコミュニティが維持されるのか、マスプロ的なアプローチに変わってしまうのか、今後の動きは読めませんが、引き続きファンが熱狂するそのコミュニティ作りの手法には注目すべきだと考えます。
おわりに
今回は「コミュニティに支持されるコマースメディア」についてとりあげました。
KindredとCorteizでそれぞれまったくアプローチは違いますが、それぞれ似通った価値観の人々がどのように集い、何を求めているのかを把握したうえ、提供価値が非常によく考えられています。コミュニティを形成し、どのタイミングで何の情報や製品を投入していくのか、ビジネス的な成功のみではなくコミュニティの発展も含めて考えていくことが、現代では成功の一つの要因になっています。今回ご紹介した二社は先行して体現しており、その点において参考になるかと思います。
キメラでは引き続きコミュニティベースのコマースやメディアについても新たな動きについて注目し、特徴的な事例に触れながらみなさんへお伝えしていきたいと思います。
Ximera Media Next Trends のトップページへ
キメラは2019年1月以来、70を超える国内パブリッシャー(新聞社・出版社・放送局)でサブスクリプションの事業設計、デジタルメディアのグロース、分析体制の構築などを支援しています。
コンテンツのエンゲージメント分析ツール「Chartbeat」の日本総代理店としてデジタルメディアの分析支援や体制づくりに取り組む一方、2021年には自社開発したサブスクリプション管理プラットフォーム「AE」を通してパブリッシャーのサブスクリプションビジネス開発を支援。2024年9月からはソーシャル動画の横断分析ツール「Tubular」の導入と分析の支援を開始。