Ximera Media Next Trends #46|Ikuo Morisugi|February 20th, 2023
はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第46回となる今回は「三方良しの購入体験を実現するクリエイターコマース」を取り上げます。
2021年にコロナ禍でオンライン購入が一気に増えたこともあり急騰し、やや戻してきましたが、ブランドにとってのユーザ獲得コスト(CAC: Customer Acquisition Cost)は依然として高いままです。米国でのInstagramのアプリ1インストールあたりの広告単価(CPI: Cost Per Install)を見ると、2020年2月は1.13ドル(約150円)でしたが、2023年2月は4.62ドル(約615円)。世界的に景気が悪いため広告出稿が控えられ、ピークに比べて下がっているものの以前と比べて高い状況となっています。
SEO(検索エンジン最適化)、SEM(検索エンジンマーケティング)など従来からある顧客獲得の手法はあらゆる企業で行われているため、非常に競争が激しいです。たとえばGoogleの検索結果で自社を上位に表示させるために広告を使う場合、同じキーワードに対してオークション形式で入札されるため、相応のコストがかかります。不動産と同じで、人がたくさん集まる場所やキーワードは高額になりやすく、結果としてこれがCACを上げることになってしまいます。またオンライン広告は実質的にAlphabet、Meta、Amazon傘下の企業で寡占されているため、SEOの効率が良くなる、もしくはSEMの費用が下がるメディアを求めても他に存在しません。
こうした状況に対してブランドはCACを下げるため、広告ではなくインフルエンサー/クリエイター(本稿では「クリエイター」という呼称に統一します)へ依頼して商品を取り上げてもらう、いわゆるインフルエンサーマーケティングが数年前から盛んになっています。
人々が興味を持っているさまざまな領域について、専門的な知識を持ち商品をわかりやすく説明してくれるクリエイターがきっかけでユーザが商品購入に至るフローは、インフルエンサーマーケティング市場が年々伸びていることからもわかる通り、よりブランドにとっての重要度が増しています。
一方でインフルエンサーマーケティングにも課題があります。インフルエンサー/クリエイターは、いわゆる案件と呼ばれる商品紹介をソーシャルメディアで行ったり、アフィリエイトリンクへ誘導することで収益を得ていますが、多くの場合以下の点により、ブランドおよび購入してくれたエンドユーザとの継続的な関係を築けずワンショットになりがちです。
- クリエイターのフォロワー数や期待視聴数に応じて事前に定められた固定金額の前払いモデルであるため、クリエイター側からすると1度商品を紹介してしまえば、ブランドとの関係性は終わってしまう。多くのクリエイターは本当に購入にいたったのかなどのトラッキングもしないうえ、継続的にそのブランドや商品を紹介するモチベーションもない。
- 成果報酬型のアフィリエイトや割引コード提供の場合、不特定多数に配られることが想定されているため、Amazonやブランドのストアに遷移し、どのようなユーザコミュニケーションにより購入に至ったのかブランド側はわからない。またクリエイターもリンク遷移先のエンゲージメントまでトラッキングするモチベーションもない。
このように現状のインフルエンサーマーケティングでは、ブランドが期待していることとクリエイターが期待していることが一致していないことで、エンドユーザ、クリエイター、ブランドいずれも最適な体験を提供できているとは言えません。
そこで近年エンドユーザとクリエイターとブランドの目的を一致させる三方良しの購入体験を提供し、課題を解決しようとするスタートアップが登場しています。本記事では特にEC領域でその課題に取り組むスタートアップを紹介したいと思います。
レシピ&食材特化のソーシャルコマース: Jupiter
上記の課題解決をはかるスタートアップの1つ目がJupiterです。Jupiterは、クッキングクリエイターが提供するレシピと、レシピに使われる食品を販売するスーパーマーケットをマッチングすることで、エンドユーザが気に入ったレシピに必要な食材を近隣で購入できるソリューションを提供しています。
クリエイターは自分のレシピの公開とそれに必要な食材をキュレーションできるストアを自身のブランドで作ることができます。構築したストアの商品はInstagramショッピングと連動し、Instagram上でクリエイターがレシピを公開するとそれに紐付けられたクリエイターストアの商品への購入リンクがフォロワーに表示されます。
フォロワーは購入リンクから遷移した先で郵便番号を入れると近隣の食品小売店(SafewayやTargetなど全国チェーンのスーパーマーケットがほとんど)で手に入れることが可能な食材をオンライン購入し、店頭で受け取ったり、自宅へ配送してもらうことができます。
食品小売店はさまざまな食品を扱っており、1つ1つの商品をPR案件としてクリエイターとマッチングさせるのは非常に骨が折れるうえ、多くの場合は費用対効果がでないので実施できないと想定されます。しかし、Jupiterを使えば労せずさまざまなクリエイターに販売している食品を使ってもらうことができます。また、クリエイター経由でリアクションやコンバージョンにいたったフォロワーの情報についてダッシュボードが提供されており、どういったクリエイターやオーディエンスにどのような食品がヒットしたのか/しなかったのか分析することができます。
クリエイターはストアが自身の冠がついたものとなることや、商品が販売される毎にレベニューシェアを得ることができることから、継続的に再現可能なレシピとその材料を手に入れることができる場を提供するモチベーションが生まれます。これがフォロワーやブランドとワンタイムの関係になりがちな既存のインフルエンサーマーケティングと差別化される点になります。
Jupiterは2022年3月にKhosla Ventures、NFX(実績のあるシリコンバレーのベンチャーキャピタル)をリード投資家とするSeedラウンドにて、530万ドル(約7.4億円)の資金調達を実施しており、今後もさらなる拡大が期待されます。
クリエイターホワイトレーベルコマース: Flagship
上述のJupiterはレシピと食材というマーケットで食品小売店とクリエイターをマッチングさせるモデルでしたが、メーカー側とクリエイターをマッチングさせているのがFlagshipになります。
Flagshipによってクリエイターとメーカーは以下のことが実現できます。
- クリエイターは自身が本気で推せるブランドとその製品を選定し、ホワイトレーベルで自身のキュレーションコマースストアをオープンできる。
- クリエイター側で在庫を持つ必要はない一方で、ストアは購入・決済完了まで完結するため一貫したブランドを保ち、売上毎に発生するレベニューシェアを最適化するためにそのセレクションを改善するモチベーションを持てる。
- メーカー側はShopifyを使っていれば現在管理している商品や注文のデータや運用フローを変更せずそのまま使うことができる。
- またメーカー側はどのクリエイターに売ってもらうかコントロールすることができ、事前に支払う費用も一切必要とせず、コストは売上毎に発生するレベニューシェアとなるため、CACの最適化に向けた動きができる。
仕組みとしてはJupiterと似ていますが、クリエイターとマッチングさせるパートナーとなるブランドが「大手食料小売店」ではなく「中小も含んだメーカー」になり、クリエイターがエンドユーザがアピールするものが「レシピに必要な材料」ではなく「個別商品への愛着やこだわり」を表現している点が異なります。またブランド側も炎上やブランド毀損を避けるために、紹介してもらうクリエイターを絞れる点も工夫が感じられます。
Flagshipは2023年に、Index VenturesおよびSequoia Capital(いずれもシリコンバレーのトップティアVC)をリード投資家とするSeedラウンドの資金調達を行いました(資金調達額は不明)。不況のなかで米国の多くのVCは投資基準が非常に厳しくなっています。特に成長できるかギャンブル的な側面があるSeedラウンドではなおさらです。そんななかでトップティアのVCから調達したFlagshipは非常に期待されていると言えます。
おわりに
今回は「三方良しの購入体験を実現するクリエイターコマース」について取り上げました。
Jupiterにしても、Flagshipにしても、本質的にはアフィリエイト・コマースもしくはドロップシッピングモデルの拡張と改善を行っています(もしくはよりよい言葉を使うのであればアフィリエイト・コマースの再発明です)。いずれの例も、エンドユーザの購入のきっかけがクリエイターからの紹介になっていること、ブランドがCACを下げ効率的にスケールさせたい需要をとらえて、インセンティブを揃えることで三方良しを実現しています。
日常的にYoutubeやInstagramであまりクリエイターの熱が入っていない案件動画やキャンペーン紹介などされて辟易してしまっている方もたくさんいらっしゃると思いますが(筆者もその一人です)、今回のような取り組みが進むことで、たとえアフィリエイト的だとしても体験がよくなる可能性を実感できたのではないでしょうか。
キメラでは引きつづきメディアと他業種の垣根がなくなりつつある新たな動きについて注目し、特徴的な事例に触れながらみなさんへお伝えしていきたいと思います。
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コンテンツのエンゲージメント分析ツール「Chartbeat」の日本総代理店としてデジタルメディアの分析支援や体制づくりに取り組む一方、2021年には自社開発したサブスクリプション管理プラットフォーム「AE」を通してパブリッシャーのサブスクリプションビジネス開発を支援。2024年9月からはソーシャル動画の横断分析ツール「Tubular」の導入と分析の支援を開始。