Ximera Media Next Trends #38|Ikuo Morisugi|June 28, 2022
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はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第38回となる今回は、「景気後退(リセッション)におけるビジネスのあり方」について取り上げたいと思います。
現在、米国経済を起点にインフレが急激に進み、景気の冷え込みを警戒して株価は大きく下落しています。所謂景気後退(リセッション)と呼ばれる状況に近づいていると考えられます。それもドットコムバブルやリーマンショック以来の大きな不況になると言われており、当然のことながらメディア産業だけではなく、全産業に影響を与える大きな出来事になる可能性が高くなっています。
本稿では、そのような景気後退が予期される状況を捉え直し、企業やビジネスがどのように生き延びていけるのか、特に厳しい環境に晒される米国のスタートアップの事例をベースに本稿でテーマとして取り上げます。
世界的な景気後退(リセッション)局面へ
Nasdaq市場では、株価のピーク時期だった2021年12月1日から2022年7月1日までの8カ月間で、指数(Nasdaq 100)が約35%下がりました。これは、ドットコムバブル崩壊(2001年)やリーマンショック(2008年)に次いで、直近20年間で3番目に大きな株価の下落になります。
今回の株価の大きな下落は、主に以下の4つが大きな要因と考えられます。
- 中国のロックダウン(ゼロコロナ政策)により世界のサプライチェーンに遅延が発生し、需要に対して十分な供給ができていない
- 世界的に原油価格が上昇し、特にエネルギーや食料品は値上げをせざるをえない状況になっている
- インフレを抑制するために政府が政策金利を大きく上げている
- 実体の企業収益力よりも高くなった株価に対して投資家からの売りが続いている
1. 中国のロックダウン(ゼロコロナ政策)により世界のサプライチェーンに遅延が発生し、需要に対して十分な供給ができていない
日本も含め世界の多くの国はコロナを完全に抑え込むのは不可能と考え、withコロナのスタンスをとっていますが、中国はそうではありません。中国はゼロコロナ政策を実施しており、2022年3月下旬以降も都市によってはロックダウンが行われるなど厳しい制限を課しています。それが企業の操業停止や物流停止につながり、世界の工場となっている中国の物品が需要を満たせない状況を生み出しています。
2. 世界的に原油価格が上昇し、特にエネルギーや食料品は値上げをせざるをえない状況になっている
これに関しては、身の回りの物価が高くなっているので、既に多くの方が実感しているかと思います。原油価格はコロナ禍で一度下がったのですが、徐々に上昇を続け、ウクライナ危機でさらに高騰し、それが電力コスト、輸送コスト、製造コストなどにダイレクトに跳ね返ってきています。1の状況もあわせ、企業は値上げせざるをえず、経済全体でインフレが急速に加速しています。一方で家計の所得はインフレと同じペースでは上がらず、インフレ兆候はさらに続くと見られています。
3. インフレを抑制するために政府が政策金利を大きく上げている
上記の要因で起こっている急激なインフレに対して、アメリカやスイスでは政策金利を引き上げました。特にアメリカではインフレ率が非常に高かったことから、22年ぶりに0.5%の大幅利上げを行っています。これが個人・企業・政府の借入コストを増やすことになるため、インフレの抑制が期待されますが、モノやサービスが売れにくくなることにつながります。そのため、様々な企業の業績が落ちることが予想され、これに対する失望感がマーケット全体の株価の下落として現れていると思われます。
4. 実体の企業収益力よりも高くなった株価に対して投資家からの売りが続いている
2020年にコロナショックで一時的に株価は下落しましたが、政府の大規模なコロナ補助金支給など数多の経済支援に加え、リモートワークや外出自粛をきっかけにIT企業の業績が大きく伸びたことから株価は2022年12月まで伸び続けました。しかし、経済全体としては多くの企業の収益は下がっていたのが実態です(リンク参照先【 図表1】アメリカの企業収益と株価の推移)。
現在ではコロナ補助金など経済支援策の多くは打ち切られ、加えて1-3の状況とも連動し、本来企業が持っている収益力に対して、過剰評価されていた株価に対して市場調整が働いていると考えられます。
ビジネスはどのように生き残っていくべきか
上記の経済状況を鑑みると景気後退(リセッション)に近づいていると言えそうです。まだ政府や金融機関は明確にリセッション入り(全米経済研究所によると数ヶ月以上経済活動の大幅な減退が経済全体で起こること)を宣言していませんが、今後さらに金利が上がる可能性があり、それにより経済成長率が鈍化することで、2023年にリセッションに陥る可能性があります。
ではこの厳しい状況は企業やビジネスにどのような影響を与え、それに対してどのように行動していけば良いのでしょうか。
イーロン・マスクは、景気後退の局面においては、人の役に立たないことを辞め、役に立つ製品やサービスを作り、不景気をやり過ごすための十分な資金を用意すべきだと述べています。
“「好景気が長く続くと、資本の配分を誤りがちになる。つまり、愚かな者の上にまで金が降り注ぐようになる」と述べた。さらに、その状況が手に負えないほど進むと、人材の配分までおかしくなり、「バカげたことや人類の役に立たないことをしている企業」に人材が集まるようになるが、結局は「そのようないい加減な企業は倒産していく」。そして普及に対処するためのアドバイスとして「役に立つ製品を作り、意味のある企業になること」「資本的にギリギリの経営にならないように気をつけるべきだ」と続け、「理不尽な時代」を乗り切るには、資本準備金が必要だと付け加えた。” — source: Business Insider
また世界で最も著名なスタートアップアクセラレータであるY Comobinatorは、スタートアップに対して以下のような警鐘を鳴らしています。
- VCやプライベート・エクイティ・ファンドがリミテッド・パートナーから資金を集めることが難しくなり、投資を予定していた資金が引き上げられたり、投資基準がかなり厳しくなる
- スタートアップは次に資金調達できるまでの期間が長期化する
- 資金調達フェーズのシリーズA後においては、PMF(Product Market Fit: 製品が特定の市場において適合している状態)前のスタートアップはPMFしない限り資金調達できない
- もし資金調達ができたとしても思うような企業評価額ではなく、ダウンラウンド(以前よりも低い企業評価額)も覚悟する
これらのことから、Y Combinatorはこれまで半年-1年程度だった資金調達期間が2年以上になっても生き延びれるようにすることがファウンダーの責任であり、必要であれば30日以内に次の資金調達までの期間をしのぐための資金調達をすべきであると述べています。
世界的なトップティアのVCであるSequoia Capitalも、同じく必要であれば30日以内に生き延びられる資金を確保しつつ、以下のことを実行すべきと述べています。
- 新たな収益源を作る
- ユニットエコノミクス(顧客・製品・店舗などユニット単位で事業経済性を測定する会計指標)を改善する
- コストカットする
- 次の運転資金を得る
Sequia Capitalの投資先で厳しい状況を乗り越えてきたスタートアップの例として、民泊サービスのAirbnbがあります。Airbnbはコロナ禍がはじまった2020年春に旅行のキャンセルが相次ぎ、売上高が67%減少し、次の四半期にはさらに売上が減少することが目に見えていました。
そんな状況でAirbnbは上記の1-4のすべてを実行しました。
1. 新たな収益源を作る
短期の観光宿泊ではなく、リモートワークや仮住まいの需要を捉え長期的な宿泊を伸ばすことへ戦略を大きく変えた。
2. ユニットエコノミクスを改善する
パフォーマンスマーケティングに対するコストを半減させても、トラフィックが大きく減らないことを発見し、ブランドマーケティングに投資の軸足を移すことにした。
3. コストカットする
短期的に大きなコストカットを実現するため、2020年5月時点で従業員の25%にあたる1900人を解雇した。
4. 次の運転資金を得る
VCからの株式発行による調達ではなく、年利10%で1000億円の大きな借入を実施した。2020年のAirbnbの企業評価額は2017年の半分となっており、リストラや高い金利での借入については、経営陣にとって苦渋の決断だったに違いありませんが、生き延びるためにAirbnbはその選択をしたのです。
Airbnbのように1-4を実践する企業が既に大企業でもスタートアップでも現れています。直近ではNetflixが2022年4月と6月に2回の従業員解雇を行うなど、メディア企業においてもコストカットの事例を目にするようになりました。収益やユニットエコノミクスの改善についてはおそらく次の四半期決算で各企業毎に効果が現れてくる頃だと思われます。
おわりに
今回は「景気後退(リセッション)におけるビジネスのあり方」についてとりあげました。
コロナウィルスによるパンデミックの影響が少し収まってきたかと思いきや、次は歴史的な景気後退と厳しい事態が続いています。それも対岸の火事ではなく日本でも多くの方が既に体感していることだと思います。現実問題として厳しい話になりますが、本稿で取り上げた事例の通り、生き抜くための資金を確保して、苦しい冬の時代を耐え忍ぶために、収益の改善とコストカットをできる限り進めるしかありません。
翻ってポジティブに捉えると、この状況を生き抜くことにより、大きく企業やビジネスが強くなるきっかけになります。Airbnbもコロナ禍を耐え抜いたからこそ、長期滞在という新たなターゲット層を発見し、不要なコストをカットしたことにより筋肉質で屈強な企業に生まれ変わりました。日本の企業では真似できない点もありますが、同じ考え方を適用できる場面もあるかと思います。
本稿がみなさまの参考になることを願い、Ximera Media Next Trendsでは引き続きこうしたグローバルトレンドも追っていきたいと思います。