Ximera Media Next Trends #41|Ikuo Morisugi|September 20th, 2022
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はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第41回となる今回は、「融合するメディアとコマース」をとりあげたいと思います。
近年ではTikTokやInstagram経由で気になる製品やサービスを見つけ、ソーシャルメディアからの直接リンクや検索エンジン経由で、該当の製品やサービスの購入サイト/アプリを訪れる体験が当たり前になりました。
これは人々が信頼できるクリエイターやインフルエンサーをソーシャルメディアでフォローして、そこに興味関心があるコンテンツが継続的に投稿されているからこそ成り立っています。TikTokやInstagramも当然数年前からその機会を捉えており、TikTokのShopifyとの提携やInstagramショッピングなどコマース機能の強化を続けています。2021年のソーシャルコマース全体の市場は 5859億ドル(約82兆円)と見積もられ、2022年から2030年には30.8%の年平均成長率で市場が拡大していくと予測されています。また本連載でも過去とりあげたように特にソーシャルコマースや動画コマース/ライブコマースはZ世代を中心に広く受け入れられ、市場を牽引する要素となっています。
上記のようにもはやメディアとコマースは切っても切れない関係になっており、領域が重なり合ってきています。メディア企業がEC事業を展開する(またはその反対)という単純な話ではなく、メディアでストーリーを作り、それを体現する製品/サービスをコマースを通じて提供する、そうした一連の体験を提供することが重要なポイントになります。
これまでもD2C企業やSaaS企業がメディアを使って自社製品に関してストーリーテリングを行ってきました。過去記事でも取り上げましたが、CAC(Customer Acquisition Cost: 顧客獲得コスト)を抑えブランドに対するアテンションを維持するために、企業自身がメディアも手掛ける方向に進んでいます。過去記事ではSaaS企業の話を取り上げましたが、CACが上がりユーザ獲得が難しくなっている現状ではコマース企業でも同様かと思います。今後この流れは加速し、メディアとコマースを一体的にとらえて提供できる企業が、よりユーザから支持されるはずです。
本稿ではメディアとコマースをどちらも生業とするスタートアップの成功例や今後期待される事例をとりあげ、融合するメディアとコマースのトレンドを捉えていきたいと思います。
メディアからはじまったD2Cブランド: Glossier
メディアからはじまりコマースD2Cで成功した例と言えば、化粧品ブランドのGlossier.(グロシエ)です。Glossier創業者のEmily Weiss(エミリーワイズ)さんは2010年からInto the Glossという美容のTipsや有名人へのインタビューを中心としたブログを開始したところ、Beautyに興味のあるミレニアル世代の女性を中心に人気を博し、2014年には1000万PV/月の数字を持つメディアに成長しました。そして2014年に満を持して主に化粧品を販売するD2CブランドのGlossierを設立しました。Glossierは成長を続け、2019年のSeries Eの資金調達ラウンドでは12億ドル(約1680億円)の評価額を得たいわゆるユニコーンスタートアップとなりました。
Glossierは、製品からマーケティングまでファン/アンバサダーとCo-createするアプローチが特徴的で、スキンケアや化粧品のオリジナルブランドを展開しました。
製品からマーケティングまでファン/アンバサダーとCo-createする
例えば、Into the Glossを運営する中で、「理想の洗顔料は?」という質問を投げかける記事を投稿し、そこで集まった377以上のコメントをもとに、テスト製品が作られ、約10ヶ月かけて製品化されました。
Into the Glossだけではなく、ソーシャルメディア、製品のWebサイト(レビュー欄や問い合わせフォームなど)eメールなどありとあらゆるチャネルで、既存の化粧品に対して不満や課題を抱えるユーザの声に着目し、オリジナルブランドとして製品化していくことで、課題解決を行う製品を提供するアプローチをとっています。現在では企業やインフルエンサーによる製品開発時の徹底した顧客リサーチは広く行なわれていますが、Glossierは2015年当時からこのアプローチを続けており、顧客体験に強いこだわりを持っています。
また、マーケティングにおいても当時にしては斬新なやり方を行っていました。Glossier Girlと呼ばれるGlossierを愛好してくれるユーザが製品を使ってくれる投稿をGlossier公式アカウントがリポストすることでバイラルさせる、いわゆるアンバサダーマーケティングを先駆けて実施していました。またソーシャルメディアのGlossierに関するユーザ投稿の大半がGlossier側で確認され、使い心地はどうか、困っていないかユーザへ直接語りかけているほか、クレームについても積極的に見つけて対処するアクティブユーザサポートも行っています。現在では、他の企業でも同じようなアプローチをよく見かけますが、先駆者であるGlossierの徹底ぷりは目を見張るものがあります。
はじめから1万3000人のロイヤルユーザ
Grossier.は現在268万人のInstagramフォロワーがいますが、実は製品を作る前の段階からInstagramで1万3000人のフォロワーを獲得できていました。
これはエミリーワイズさんへの信頼をはじめとしたInto the Glossのメディアとそこで培ったコミュニティの賜物と言えます。
はじめから製品を買ってくれる可能性が高いロイヤルユーザが1万3000人もいるのは通常のコマースの場合考えられないことです。製品ロンチまでに125回以上Instagramで投稿がされ、それもブランドイメージや製品への期待にうまくつながりました。Glossierの70%の売上がオーガニックチャネルから形成されており、具体的な数字は公開されていないもののリテンションレートも非常に高いとされています。そのあたりにもGlossierのアプローチが広告宣伝費に余計なコストをかけずにかつロイヤリティの高いユーザを獲得できていることが現れています。
こうした徹底してユーザフォーカスするプロダクトづくりとコミュニティを大事にする姿勢がGlossierの成功につながったと考えられます。メディアはユーザ接点を持つ重要なチャネルであり、そこでコミュニティを作り、プロダクトへつなげていくGlossierのアプローチは今でも非常に参考になる事例かと思います。
Z世代向けのライブコマースファッションEC: VIAVIA
Glossierは主にミレニアル世代向けでしたが、Z世代に向けて新たなメディア x コマースの形を提供しようとしているのがVIAVIAです。
VIAVIAは①クリエイター/インフルエンサーと直接チームを組成し、②クリエイター/インフルエンサーが製品体験を伝えるショート動画形式のコマースメディアを提供し、③自前で製品サプライチェーンの構築まで実施する新たなメディア x コマースのスタートアップです。
VIAVIAはファッションコミュニティからクリエイター/インフルエンサーを自前のタレントチームを通じて獲得し、動画コマースとライブコマースに徹底的にフォーカスし、ブランドストーリーを伝えるファッションECメディアを提供しようとしています。動画の詳細についてはまだ不明ですが、Walk with Me、At Homeと名付けられたライブ動画のコンセプト画像がサイトで公開されています。
製品についてはメイドインイタリアにこだわってサプライチェーンを作り上げようとしています。これは製品提供までのリードタイム短縮と品質の向上を狙った取り組みです。通常のアパレル製品は、企画を本国で行い、中国やバングラデシュなどアジアの工場で生産されます。ファストファッション企業は別にして、多くのアパレル製品は企画-納品までは半年-1年間ほどリードタイムがかかります。これに対して、VIAVIAは十分なスピード感で製品提供ができないこと、そしてイタリアでは高い品質を提供できる製造業者の稼働に空きがあり最適化されていないことに着目しています。つまりやり方を変え、より多くのデザイナーと製造業者のマッチングを行うことができれば、イタリア製でスピード感があり高い品質を同時に確保できる可能性があるということです。VIAVIAのサプライチェーンのヘッド LuigiさんはステークホルダーにAIベースの製品開発管理ツールを提供することで、稼働時間を50%以上上げることができると述べており、野心的な目標が伺えます。
VIAVIAはNEA(New Enterprize Associate: RobinhoodやCourseraなどへの投資で著名な老舗のシリコンバレーベンチャーキャピタル )をリード投資家として、2022年8月に800万ドル(約11.2億円)のSeedラウンドの資金調達をしました。まだ正式にプロダクトロンチをしていないスタートアップですが、今後新たなメディアxコマースの形を実現する可能性を秘めています。
おわりに
今回は「融合するメディアとコマース」についてとりあげました。
Glossierにしても、VIAVIAにしても、メディアでのコンテンツディスカバリーから製品の購入にいたるまでの顧客体験、製品自体にも徹底的なこだわりをみせる点が共通しています。
Glossierは創業者のエミリーワイズさん自身がインフルエンサーであることや、VIAVIAはインフルエンサーをチームに引き込んでユーザにストーリーテリングする機能を作り出そうとしています。これにより集客し、エンゲージメントの高いファンのコミュニティを作り、よりコアな体験を求めるファンへ製品やサービスを提供するという流れができています。
製品についても、Glossierのユーザフォーカスした開発プロセスや、VIAVIAのサプライチェーンまで含めて高品質なものを作りだそうという試みが差別化につながっています。
こうしたメディアとコマースと一体として捉える考え方やアプローチはメディアとしてEC事業を考える際にも非常に参考になるのではないでしょうか。Ximera Media Next Trendsではこうした引き続きこうしたオフライン関連のトレンドも追っていきたいと思います。
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キメラは2019年1月以来、70を超える国内パブリッシャー(新聞社・出版社・放送局)でサブスクリプションの事業設計、デジタルメディアのグロース、分析体制の構築などを支援しています。
コンテンツのエンゲージメント分析ツール「Chartbeat」の日本総代理店としてデジタルメディアの分析支援や体制づくりに取り組む一方、2021年には自社開発したサブスクリプション管理プラットフォーム「AE」を通してパブリッシャーのサブスクリプションビジネス開発を支援。2024年9月からはソーシャル動画の横断分析ツール「Tubular」の導入と分析の支援を開始。