Ximera Media Next Trends #47|Ikuo Morisugi|April 3rd, 2023
はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第47回となる今回は「クラウドサービスの統合管理によるコスト最適化」を取り上げます。
Google、Amazon、Meta、Twitter、Netflixなどで繰り返し報道されているレイオフや、SVB(シリコンバレーバンク)の経営破綻、シルバーゲートの事業終了に現れているように米国の経済状況は悪化しています。現在の局面ではあらゆる企業でコストカットが求められ、そのなかでも人件費のほか、ITコスト、特にクラウドサービス関連の支出コントロールは重要になっています。
ここ10-20年ほどでAWS、Google、Microsoft、IBMなどが提供するパブリッククラウド(IaaSやPasS)はもちろん、B2B/B2CにかかわらずITスタートアップの多くがSaaSプロダクトを提供しており、世の中にはクラウドサービスが溢れています。クラウドサービス全体(IaaS、PaaS、SaaSの合算)の市場規模についてもグローバルで年々増加傾向にあり、2024年には4090億ドル(約50兆円)に到達すると言われています。
しかし、利用者の立場になればこれらのクラウドサービスを適切に管理することは難しく、経費の浪費やセキュリティ上のリスクを引き起こすことがあります。そもそも利用するサービスの数が多くなりすぎたり、各部門が別々の目的で類似したツールを使うことで無駄なコストが発生したりします。部門によっては自社のセキュリティ基準のあったものが利用されないなど、全体管理は困難になっています。
SaaS管理ツールを提供するZyloの調査によると、各企業のSaaS支出の平均額6500万ドル(約91億円)に上り、40%のSaaSライセンスは30日間で未利用となっていると言われています。また従業員が1000人を超える会社においては、平均して150万ドル(約2.1億円)の利用していないSaaSのライセンスが存在しています。SaaS支出の15%程度は本来不要なものにもかかわらず支払いがされていると見積もられており、多大なコスト削減の余地があると言えます。
こうした状況の中でクラウドサービスのコストを最適化するための数々のソリューションが登場しています。
あらゆるSaaSを一元管理する: Zylo
ソフトウェアレビューサイトのG2でSaaS管理ツールの2023のマーケットリーダーに選ばれているのがSaaS管理と最適化プラットフォームであるZyloです。Zyloを利用することで、組織内のすべてのSaaSアプリケーションの利用状況や価値をモニタリングし、同時にかかっているコストやリスクを見える化できます。
統合管理によって利用継続や契約についても全体最適化を実現できます。ZyloはSaaS利用部門、購買部門(物品や資材などの調達を社内全体でまとめて交渉してコストカットを行う部門のこと)、ITガバナンス担当部門、ファイナンス部門などが共通して使うことが想定されています。
Zyloを使うことで企業は下記のようなメリットを享受することができます。
- SaaSの支出や利用状況に対する可視化と管理を得ることができる
- SaaSのコストやリスクを削減し、ROIを向上させることができる
- SaaSの更新や契約を効率的に追跡し、交渉できる
- SaaSの利用者や所有者とコラボレーションし、ガバナンスを確立できる
- SaaSの価値や影響を組織内で可視化し、評価できる
Zyloは、ニーズに合わせてカスタマイズされた料金プランを提供しており、SaaS管理ソフトウェアとカスタマーサービス(事例提供、ベストプラクティス、サポートなど)の両方を提供しています。具体的な料金は公開されていませんが、おそらくSaaS利用数が100を超えるような企業をターゲットとし、年間で削減できる見込み額でペイできる価格で見積もりを出していると考えられます。
Zyloは2022年に無駄なSaaS支出として約32億ドル(約4700億円)を顧客に認識させ、削減を支援しました。またZybraryと呼ばれるパートナー企業との技術・セールスアライアンスで、2000以上の新しいSaaS管理対象のサービス適用先を追加したことで、Zyloが管理対象とするSaaS支出を10億ドル(約1400億円)以上増やし、ZyloがトータルでモニタするSaaS支出が300億ドル(4.2兆円)に達しました。
Zyloは2022年11月に3,150万ドル(約44億円)のシリーズCラウンドで資金調達したばかりですが、コスト削減が加速するマーケットに対応するために、さらに2023年2月に500万ドル(約7億円)の追加調達をおこない、さらなる利用拡大が見込まれます。
AWSコストの自動最適化を実現: Vantage
Vantageは、エンジニアやファイナンス担当者に向けてIaaS、PaaSに代表されるパブリッククラウドのコスト管理ツールを提供しています。コストの可視化や分析だけでなく、サーバスペック選択や売買の自動化によるコスト最適化を行うAuto Pilotの機能を備えており、実行部分まで一貫してクラウドコストの削減や効率化を行うことができます。
具体的には、Vantageはクラウドリソース(例えば、サーバ、DB、ストレージなどを指します)の確保状況を表示し、各リソースの名前やタグ、コスト、使用状況などの詳細をもとにしたコストの分析やレポートにより、コストの傾向や内訳、比較などを視覚的に理解することができます。また、不要なリソースや過剰な料金プランなどの節約ポイントを発見し、対処方法を教えてくれます。さらにクラウドコストの予算やアラートを設定し、コストが予想外に増加したり減少したりした場合に通知することもできます。
上記はAWSに標準で用意されている分析と推奨事項に近い機能となりますが、Vantageの最大の特徴としては、クラウドコストの自動化や最適化を行うためのAPIやCLI(コマンドラインインタフェース)などのツールを提供していることです。特にEC2のサーバインスタンスについては、リザーブドインスタンスと呼ばれる一定期間利用をコミットすることで料金を下げられるプランがありますが、各サーバ毎にどこまでリザーブドインスタンスにしてどこまでオンデマンドで調達するかは、各企業が事前によく検討した上で決めておく必要があります。しかし、Vantageを使えばどのプランにすべきか労せず決めることができます。またユーザ需要が減ってリザーブドインスタンスを維持する必要がなくなった場合はAWSが提供するマーケットプレイスでリザーブドインスタンスを自動的に売ることで最適化をはかることができ、放置しておいても無駄なコストが生まれにくい動きをしてくれます。
Vantageでは企業が支払う月間クラウドコストに応じて異なる料金プランを提供しています。月間クラウドコストが7,500ドル(約100万円)以下の場合は無料で利用できます。クラウドコストが7,500ドル(約100万円)から5万ドル(約700万円)までの場合は30ドル/月(約5,200円)で利用でき、このプランからAWSコストを自動最適化するAuto Pilotを利用できます。
Vantageは2020年に設立された比較的新しい企業であるため、事例はまだ多くはありませんが、Barstool Sportsに対して AWSと他のサービスのコストを関連付けて適切にリソースを設定し、50%以上のAWSコストを節約しました。その他にも、Digital OceanやLoomなどに対してそのソリューションによりAWSコストの削減を実現しています。
Vantageは、2022年2月にAndreessen Horowitzをリード投資家とした2,100万ドル(約29億円)のシリーズAの資金調達を行いました。これにより製品開発やチーム拡大を加速し、AWS以外のクラウドプロバイダーやマルチクラウド環境への対応も進められており、さらなる拡大が見込まれています。
おわりに
今回は「クラウドサービスの統合管理によるコスト最適化」についてとりあげました。
クラウドサービスは、Slackのような全社で利用するコミュニケーションツールから、ビジネス部門が使うマーケティングツール、開発部門が利用するパブリッククラウド、管理部門が使うHRツールやガバナンス関連ツールまで、ありとあらゆる部門や用途で使われていることは誰もが実感できるかと思います。それ故に、個別最適が起こりがちで、各部門が導入を進めた結果、無駄な支出、基準にあわないセキュリティ、ガバナンスの不在など全社的に望ましくない事態が容易に起こりえます。
このような状況の中で、クラウドサービスの統合管理は全社課題を解決するツールとなりえます。自社のビジネス拡大にとって最適なクラウドサービスを最適な利用料金で使うことは、現代では企業の経営課題そのものにあたります。SaaS管理を単なるコスト削減以上の観点をもって捉えることが非常に重要です。
キメラでは引き続き新たなビジネス創出のみならずコスト最適化についても新たな動きについて注目し、特徴的な事例に触れながらみなさんへお伝えしていきたいと思います。
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キメラは2019年1月以来、70を超える国内パブリッシャー(新聞社・出版社・放送局)でサブスクリプションの事業設計、デジタルメディアのグロース、分析体制の構築などを支援しています。
コンテンツのエンゲージメント分析ツール「Chartbeat」の日本総代理店としてデジタルメディアの分析支援や体制づくりに取り組む一方、2021年には自社開発したサブスクリプション管理プラットフォーム「AE」を通してパブリッシャーのサブスクリプションビジネス開発を支援。2024年9月からはソーシャル動画の横断分析ツール「Tubular」の導入と分析の支援を開始。