Ximera Media Next Trends #51|Ikuo Morisugi|August 2nd, 2023
はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第51回となる今回は「AIで変わるメディアのトラフィック」を取り上げます。
メディアパブリッシャーの外部からの顧客獲得は検索、ソーシャルメディアが2大チャネルとなっています。しかし近年のソーシャルメディアの動きや検索エンジンと連動したAIベースの回答提示によって、2大チャネルへの依存にリスクが出てきています。
リスク1: ソーシャルメディア流入が減少
Chatbeatが行った調査によるとメディアパブリッシャーの経路別ページビューのトラフィックの構成としては、以下のようになります。
- 内部回遊(Internal): 約36%
- 検索(Search): 約23%
- ソーシャルメディア(Social): 15%前後
- 直接訪問(Direct): 13%前後
- その他外部(External): 11%前後
とくに検索(Search)、SNS(Social)、その他外部(External)について、参照元(Referer)について見てみるとFacebookについては2018年に28%あったパブリッシャーへのトラフィック割合が2023年4月には11%まで下がっています。これは相対的にFacebookにとって外部への送客の重要度が下がっていることを意味します。
トラフィックの絶対量についても、例えばBuzzfeedのトラフィック量を見ると、Facebookからの送客が2020年-2023年の3年弱で減少傾向であることが見て取れます。(Buzzfeed Newsは2023年4月サービス終了を発表)
リスク2: 検索流入の減少リスク
検索(Seach)については、現時点で大きなトラフィック減少はありませんが、2022年12月時点では95%をGoogleが占めています。メディアパブリッシャーも含め世の中のあらゆるサービスが、検索からの顧客獲得に関してGoogleのインターフェースやアルゴリズムに依存する構図となっています。
2023年5月にGoogleはSearch Generative Experience(SGE)と呼ばれる、AI回答ベースの検索体験のコンセプトを発表しました。検索結果の見せ方に着目すると、通常の検索結果の一番上にAI回答が生成され、関連するリスティング広告を載せています。
このUX/UIがそのままGoogleの検索画面に実装されるかはまだ未定ですが、AI回答だけでユーザが満足する回答が得られてしまうケースも多くあると考えられます。それによって、出典(ソース)を見に行かないことで、メディアへのトラフィックが大きく減少する可能性があります。
現状でもGoogleは強調スニペットによって、ユーザが知りたいと思われる回答候補を出しており、筆者自身の経験でも強調スニペットで問題解決され、それ以上検索を行わないこともあります。SGEではその体験がさらに強化されるため、実装された際には検索経由のトラフィックは間違いなく下がっていくと考えられます。
リスクに対するアプローチ
上記で挙げたリスクに対して、残念ながら絶対的な処方箋はありません。ソーシャルメディアや検索エンジンの影響力は依然大きく、流入トラフィックを変化させることは困難を伴います。それでもなおプラットフォームの都合で数年でトラフィックが激減するようなリスクを放置するわけにもいきません。ここでは取りうるアプローチの選択肢の3つを取り上げます。
1. AI回答に最適化する
短期的には、GoogleやBingをはじめとしたAI回答に選ばれやすいような記事作りをする方法が考えられます。GoogleでもBIngでもAI回答には出典元のソースを付与する場合があります。この出典元が選ばれるロジックは非公開ですが、ユーザ意図に沿った回答として出典元として選ばれるように記事の構成のチューニングが肝になると思われます。
検索結果で上位に入っている記事がAIにも選ばれやすい可能性はありますが、これまでの検索キーワードをベースとした結果とAIが確率論で回答として提示する結果が同じになるかは未知数です。まだ具体的な事例は出てきていませんが、おそらく今後これまでのSEOとは違った観点・チューニングが必要になってくるかと思います。それをサポートするためのスタートアップ企業も出てくると思われます。
一方で長期的に特定のプラットフォームに依存し続けることは、結果として上記のようなリスクを生むため得策ではありません。実施するにしても短期的または一時的な措置として考え、長期的には自社メディアに検索や特定のソーシャルメディア以外からも流入が望める施策に力をかけるべきと考えられます。
2. 顧客獲得チャネルを多角化する
上記の通り、特定のプラットフォームやチャネルだけに依存しない顧客獲得チャネルを強化していく必要があります。メール、ポッドキャスト、ホワイトペーパー、TV、リアルなどアルゴリズムやプロトコルが単純である、またはそれが公開されているチャネルからの顧客獲得を行うことで、検索やソーシャルメディアへの依存度を下げていく必要があります。
3. 独自コンテンツで顧客リテンションを維持する
どのような場合であっても、最終的に自社のサービスが選ばれる理由は、1. そこにしかないコンテンツ/ブランドがある、2. 価格が安い/お得度が高い、3. 著しく利便性や品質が高いの3つが主要因になります。メディアの場合は特に1. そこにしかないコンテンツ/ブランドが一番大きな価値になると考えられます。
AIによる記事生成が当たり前の時代になってきていますが、AIの弱点も指摘されています。ChatGPTをはじめとする汎用AIは確率論で生成される、かつ短期的な記憶や文脈しか持たないなど制限がいくつもあるため、現状では深みのない記事しか書けないと言われています。
これに対して、ある程度絞り込んだセグメントに特化し、ほかの媒体にはない深堀った観点の記事を作りだすことで、差別化を実現する必要があります。これはAI登場以前からある普遍的なアプローチで、AI以後も基本スタンスは変わりません。ここで重要なのは、差別化のためにAIを使わない方が良いわけではなく、AIをサポート的に利用すべきという点です。
本連載第50回でも取り上げたLangChainなど独自のLLMモデルや記憶領域を活用することで、そのメディアにしか作り出せない記事を量産することも可能です。ただAIのみでは独自の観点が足らなかったり事実認識が誤っていることもしばしば起こるため、人間がテーマと観点を与え、AIが記事生成し、人間がレビュー・チューニングを行うというプロセスにより、独自性と生産性を両立させることが必要です。
おわりに
今回ご紹介したリスクに対するアプローチについては、言うのは簡単だが実行はとても困難を伴うものかと思います。
ソーシャルメディアや検索エンジンのビジネスモデルは、ユーザにとって必要な情報を提供することでプラットフォーム内にとどまらせ、広告売上の最大化を図ることです。それを考えると外部サイトへトラフィック誘導することは、究極的にはプラットフォームにとってビジネスモデルに反する行為になります。そのため短期的には外部サイトと協力するような姿勢を見せるものの、Facebookのように徐々にその影響力を下げていくようなリスクは拭いきれません。今後もさらにソーシャルメディアや検索エンジンからのトラフィックが下がることは視野に入れた上でのアクションが必要になってきます。
そういった状況がきた後では、手を打てなくなってしまいます。実現は難しいものの、いかに自社である程度コントールが可能なトラフィック獲得チャネルを作り出していくかが、メディアにとって非常に重要になってきます。
こうした動きの一助になれるようキメラでも今後もトラフィック獲得の改善に関連するビジネストレンドや新たな技術について発信をしていきます。
Ximera Media Next Trends のトップページへ
キメラは2019年1月以来、70を超える国内パブリッシャー(新聞社・出版社・放送局)でサブスクリプションの事業設計、デジタルメディアのグロース、分析体制の構築などを支援しています。
コンテンツのエンゲージメント分析ツール「Chartbeat」の日本総代理店としてデジタルメディアの分析支援や体制づくりに取り組む一方、2021年には自社開発したサブスクリプション管理プラットフォーム「AE」を通してパブリッシャーのサブスクリプションビジネス開発を支援。2024年9月からはソーシャル動画の横断分析ツール「Tubular」の導入と分析の支援を開始。