Ximera Media Next Trends #68|Ikuo Morisugi| 2024.12.24
はじめに
2024年のメディア・コマース業界はAI技術の進化とそれに影響を受けた消費者行動の変化があった年となりました。本記事では、この年の主要なトレンドを振り返り、どのように業界がこれらの変化に適応してきたか、またどのような可能性が未来に広がっているかを考察します。
生成AIの急速な進化に伴い、AIスタートアップに大型の投資と競争が起こっている他、AI検索が新たな市場シェアを獲得し始めました。一方で、AIによるリスクへの懸念や倫理的課題も浮き彫りになっています。
これらの変化は、メディア・コマースの枠を超え、広範な社会的影響を及ぼしています。以下では、生成AIを中心とした2024年の主要トレンドを詳しく取り上げます。
1. 大型AI投資を中心にVCの投資額は増加傾向
2022年に起こった世界的なリセッション懸念の高まりにより、各VCはそれまで加熱気味だったスタートアップ投資を控えるようになりました。本連載第38回で記述したように、スタートアップは次の調達までの期間が長期化し、より短期的な経営指標の最適化が必要な状況となりました。結果として2022年のピーク時に比べて、2023年はスタートアップに向けられる投資額は半減しました。
2024年でもVCがスタートアップに対して求めていることは大きく変わっておらず、全体投資額は2023年と同程度の水準でしたが、2024年11月が前年比で大きく増えたことや12月にDatabricksの100億ドルの大型の調達があったため、全体の投資額としては前年よりも増加する見込みです。
そんな中でAI関連スタートアップの投資額は2023年に比べて大きく伸びました。投資金額は増えていますが、投資件数はやや減りつつあり、代わりに大型のスタートアップの調達が増えています。代表格では、OpenAIが66億ドル、xAIが60億ドル、Anthropicが40億ドル、Perplexityが5億ドル、など従来のスタートアップの調達額と比べても巨額な投資がなされています。これは生成AIの開発や性能向上に必要なGPUや人材の確保のための資金となっており、特にLLMを独自に開発するAIプラットフォームの覇権争いが加速しています。
2. Googleを代替する検索トラフィック獲得の動き
依然としてGoogleのシェアは大きいものの、2024年はChatGPTやPerplexityなどAI経由の検索トラフィックが大きく伸びました。特にChatGPTの成長は目覚ましく、2024年10月時点でのChatGPTの市場シェアは4.33%に達しているとの報告もあります。これはYoutubeに次いで3番目に大きな検索トラフィックとなっており、検索経由でのユーザ獲得において、AIの回答やソースとして選ばれることの重要性が高まっています。The New York Times、Wired、Forbesなどが生成AIのスクレイピングに反対の姿勢を見せる一方で、Perplexity AIがパブリッシャーとの収益分配プログラムを発表、OpenAIはコンテンツパートナーシップを発表するなど、パブリッシャーとの関係にも変化が見られました(参考)。
ChatGPTは2024年10月にサーチモードの実装とChrome向けプラグインを発表しており、よりブラウザネイティブでChatGPTから検索をスタートさせるという動きを強化しています。
さらにGoogle反トラスト法違反訴訟で、連邦地方裁判所が違法判決を出したことで、Googleは事業の分割・売却などの規制につながりかねない状況となっています。日本でも公正取引委員会が排除措置命令を出す方針が報道されています。これらの行方によってはGoogleがコントロールできる検索トラフィックが今後大きく変わる可能性を秘めています。
またTikTokにおいてもここ数年でサイト内検索トラフィックの導線を強化している他、クリエイター向けに検索トレンドを理解して適切にTikTok内SEOを促進するためのCreator Search Insightの提供など、検索経由でのユーザ回遊を増やし、検索エンジンとしても強いポジションを築きつつあります。
このようにAI検索エンジンやソーシャルメディア内の検索トラフィックトレンドの勃興や、Googleへの規制強化などいくつかのピースが揃うことで、2024年はこれまでのGoogle一強時代から大きく変わる可能性がでてきた年になっています。
3. 生成AIのスケール則への懸念とリスクの高まり
2024年も生成AI関連で数多くのサービスが新たに登場し、性能の向上もはかられてきました。基盤となるLLMにおいて、GPT-o1/o3、Claude 3.5、Gemini 2.0などが登場し、特に推論性能が引き上げられました。しかし、これまでのような劇的な進化は難しくなるという見方もあります。LLMの性能を上げるスケーリング則は時代とともに変わってきますが、現時点でよく取り上げられるスケーリング則の3点において、懸念が生じはじめています。(参考)。
- (大量のデータを使って)学習する時間を長くする
- モデルが推論する時間を長くする
- (大量のデータを使って)追加学習する時間を長くする・パラメータを調整する
このAIのスケーリング則について、2023年頃に(1)による劇的な性能アップについては、OpenAI自身によって終わりを迎えたと述べられています。(2)については、o1をはじめとした推論時間を長く取るアプローチによって確かに性能アップが図られている一方で、専門家からはGPT3からGPT4ような劇的な性能アップは見られないと指摘されています。また、(3)の追加学習についても、2026年までに質が一定担保された学習データが枯渇する問題が起こると言われてます。これらを総合すると、AIはこれまでのような劇的な進化が難しくなってくると考えられます。
また、リスクについては本連載第58回でも取り上げた生成AIによるリスクは依然として問題となっています。多くの企業が依然として誤情報の生成に強い懸念を持っています。ハルシネーションは完璧に抑えることは不可能である一方で、本連載第58回でも紹介したGuardrailsのようにAIに対して、ハルシネーションや意図しない回答をチェックし評価する多段の仕組みによって解決がはかられようとしています。
また、o1のように推論機能が高度になったAIがリリースされたことによって、単なる誤答ではなく、AIが意図的に人間に嘘をつくケースが発生しています。Open AIが発表している論文の中で、o1が下記のような行動を取ることが言及されています。
o1が自分の目標に従って行動する際にシャットダウンされる可能性があると信じ、さらに自分の行動が監視されていると認識した場合、5%の確率でこの「監視メカニズム」を無効化しようと試みました。また、o1が「開発者」たちによるメモを発見し、その中でAIが誤った目標設定をしており、新しいモデルに置き換えることが記されていた場合、2%の確率で新しいモデルを上書きしようとしました。
これはハルシネーションとはまた異なる問題であり、ハルシネーションを起こさなくなったとしても、人間が設定したゴールとAIのインセンティブがアラインしない際に、AIが望み通りの行動をとらないリスクが新たに発生しています。これは特にシステムの操作権限をAIが持ったときに、より大きなリスクを抱える(システムの乗っ取りや人間への攻撃的なアプローチが起こり得る)問題であり、AIへのセキュリティの考え方が大きく変わる可能性を秘めています。
おわりに
2024年はAI技術と市場の受容性が業界に変化を起こしつつある年となりました。生成AIへの大型投資が新たな可能性を生み出し、検索トラフィックの競争がGoogle一強の構図を揺るがしつつあります。一方で、AIのスケーリング則や倫理的リスクといった課題が浮き彫りとなり、新たな対応策も必要になってきています。
AI技術のさらなる発展や、新しい検索エコシステムの形成、そしてリスク管理に向けた取り組みは、2025年以降の業界の方向性を形作る重要なテーマとなりえます。
メディア・コマース業界にとっても、技術革新の推進だけでなく、透明性や倫理的基準を重視し、消費者との信頼関係を構築することが不可欠です。本記事が、2024年のトレンドを振り返りながら、未来のビジョンを描く一助となれば幸いです。本年もお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。
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