Ximera Media Next Trends #74|Ikuo Morisugi| 2025.06.25
「データ/ツールとAIをつなぐ標準インターフェース(MCP)」と「AI同士をつなぐ共通言語(A2A)」。次世代のエージェント基盤を形作るもの
はじめに
現代のAIは、単なるチャットボットを超えて自律的に行動する「エージェント型AI(本稿ではGartner定義の広義のエージェント型AIを指すこととします)」へと進化しつつあります。例えば、Manusのようにユーザーの目標達成に向け、必要なリソースとツールと実行計画を策定し、タスクを自動で遂行するエージェント型AIが既に登場しています。
こうしたエージェント型AIの台頭に伴い、AIと外部データをシームレスに連携させたり、異なるAI同士で通信できる標準プロトコルへのニーズが高まっています。特に注目されているのが、Anthropicが提唱したModel Context Protocol(MCP)と、Google主導で策定されたAgent2Agent Protocol(A2A)です。それぞれエージェント型AIを前提にしたオープンな標準規格であり、AIのタスク遂行能力を大きく高める技術として注目されています。
本稿では、MCPおよびA2Aとは何か、それがメディアの業界に具体的にどんな影響を与えるのか、今後メディア企業が取るべきアプローチについて取り上げます。
Model Context Protocol (MCP)とは
MCPはAnthropicが2024年11月に公開した、AIと外部データ/ツールをつなぐためのオープンな標準プロトコルです。Anthropicが「AIのためのUSB-Cポート」と呼んでいるように、様々なデータベースやコンテンツ、業務アプリなどにAIを統一的に接続するための共通インターフェースが定義されています。
従来は内外のデータやツールとAIを統合しようとすると、それらは様々な個人や企業から様々なフォーマットで提供されているため、手間がかかります。例えば、ChatGPTやClaudeからGoogle Driveと接続してファイルを検索/参照する機能がありますが、これまでは各社が個別にGoogle Driveと接続するAPIを使って自社サービスとの連携機能を開発する必要がありました。
一方で、MCPが適用されると、一度実装するだけで、共通のプロトコルに沿って様々なデータやツールをAIに利用させることができます。上記の例でいくと、GoogleがGoogle DriveのMCPサーバを提供すれば、各社がいちいち個別開発しなくても、どのAIアプリからもGoogle Drive連携ができるようになります。実際にChatGPTはMCPを使って、カスタムコネクタという様々な外部リソースと連携できる仕組みを提供しています。MCPはオープンで標準的な仕組みなので、Google Driveと連携したい全てのAI開発企業が恩恵を受けられます。これがデータとツールのサイロ化の解消につながります。
MCPは既にOpenAIやGoogleやMicrosoftをはじめ多くの企業が支持をしており、開発者コミュニティに急速に受け入れられつつあります。Figma、Github、Stripe、PayPal、Shopifyなど、デザイン、ソフトウェア開発、コマース、カスタマーサポートまで幅広く様々な企業がMCP対応を発表しており、MCPのマーケットプレイスには無数のMCPサーバが存在しています。
MCP利用側(MCPクライアント)は、Claude DesktopやChatGPT上から利用したいMCPサーバを設定すれば利用できるようになっています。AIアプリだけではなく、Visual Studio CodeやCursorなどのIDE(統合開発環境)経由でもMCPを利用できます。例えば、コーディングにAIを活用する際、Githubのコード置き場やバグ追跡システム等から必要な情報をMCP経由で取得し、より文脈を踏まえた高機能なコード提案が可能になります。
このようにMCPエコシステムは開発者中心に多様な業界で広がりを見せており、事実上の標準として定着し始めています。
Agent2Agent (A2A)とは
A2Aはエージェント同士がHTTP上で通信するプロトコルです。片方がクライアント(依頼者)となりタスクを依頼し、もう片方がリモートエージェント(応答者)としてそのタスクを処理する、というクライアント-サーバー型の関係で設計されています。メッセージは「タスク」単位で構造化され、依頼内容・進行状況ステータス・結果などを含む形式です。また各エージェントは「エージェントカード」と呼ばれる自己紹介用メタデータ(提供できる機能、スキル、通信エンドポイント、対応する認証/対話方法等)を公開し、他のエージェントはそれを見て相手の能力や連携方法を動的に知ることができます。AI版の名刺交換のように、エージェント同士が互いの存在とスキルを発見・認識する仕組みが備わっています。
A2Aの設計原則としてGoogleは、エージェント性の尊重、標準技術の活用、デフォルトでセキュア、長時間タスクサポート、モーダリティ非依存(テキストのみでなく音声や動画も扱える)をあげており、どんなAIでも「A2A」という共通プロトコルを話せれば、互いに発見し合い、認証し合い、そして安全に協調動作できるよう設計されています。
GoogleはA2A発表時点で、AtlassianやSalesforce、SAP、ServiceNow、LangChainなど50以上の企業・団体がこの構想に賛同し開発に参加していると述べています。2025年5月にはMicrosoftもA2Aの採用を発表し、Azure AI FoundryとMicrosoft 365 Copilotに導入が決まっています。
このようにMCPやA2Aによるオープンな標準化への業界の期待は大きく、主要ベンダーが相次いで採用に踏み切っている状況です。各企業は自社環境にも多数のエージェント型AIが混在するため、それらが連携できる互換性は重要視されており、MCPやA2Aには今後AI界の「HTTP」や「TCP/IP」のような基盤技術となる可能性があります。なお、OpenAIもエージェント開発ツール(Agents SDK)を公開し、エージェント機能開発の拡張を図っています。しかし2025年6月時点ではOpenAI独自のマルチエージェント通信規格やA2A対応も明らかにしていません。
A2AはMCPを補完する関係にあり(MCPがAIと外部システムをつなぎ、A2AがAI同士をつなぐ)、両者は併せて次世代のエージェント基盤を形作るものと位置づけられています。
MCP/A2Aがメディア業界に与える影響
MCPとA2Aの社会実装が進んだ時にはメディア業界にも大きなインパクトがあると考えられます。ここではメディア業界で考えられるユースケースをいくつか挙げていきます。
- コンテンツ編成の自動化・高速化:
- ユーザーごとのハイパーパーソナライズ配信:
- 広告在庫消化の効率化:
- コンテンツ制作支援と新しいクリエイティブ:
メディアの編集会議で行っているコンテンツの編成について、例えばニュースサイトなら、SNSのトレンドデータを外部MCPから取得し、自社CMS内の過去記事アクセス解析を社内MCPから収集し、A2Aで「アイデア出しエージェント」と「スケジュール調整エージェント」が協働して「明日のトップ面見出し記事リスト」をドラフトするといったことが可能です。人間の編集者は提案されたリストを確認して採用/校閲することで、データに裏打ちされた編成意思決定が短時間でできるようになります。
MCPによりユーザーの属性・過去の閲覧履歴・嗜好データをリアルタイム分析し、A2AでレコメンドAIとコンテンツ検索AIが連携することで、各個人に最適化されたコンテンツ配信がさらに深化します。例えば映画評価サイトにおいて、ユーザのAIとの会話履歴(ローカルデータ)、これまでそのユーザーが投稿したり閲覧した映画評価(自社データ)、NetflixやYoutubeなどのストリーミングサービス視聴履歴や評価データ(外部データ)をMCPで取得し分析する嗜好把握AIと、作品情報探索やサムネイル生成を行うコンテンツ検索/制作AIがA2Aで対話することで、そのユーザーの嗜好や気分に合った作品、その時に一番観たいと思えるサムネイルを提示できます。MCPとA2Aによりさらに多くのコンテキストが獲得され、ハイパーパーソナライズの深化がユーザーの満足度とリテンション(継続利用)を高めることにつながります。
パブリッシャー側の広告在庫管理AIがA2Aで広告主のAIとやり取りし、最適な価格・フォーマットで広告枠をリアルタイム提供できるようになります 。既にリアルタイム取引されているWebサイト/アプリ上の広告枠だけでなく、今まで人間の営業が担っていたタイアップ交渉や枠売りの一部も自動化され、在庫消化率や収益効率の最大化が図れます。さらに複数のパブリッシャーのAI同士がネットワークを形成し、広告主エージェントのニーズに応じて横断的に在庫を融通するような仕組みも考えられます。これはある意味、現在のアドエクスチェンジやSSPがAI同士の対話型マーケットプレイスに進化した形とも言えます。
MCP対応でコンテンツ制作ツール(画像編集ソフトやCMS)とAIがつながれば、記者や編集者向けのエージェント型AIが実現します。過去の取材ノートや写真素材アーカイブにMCP経由でアクセスしつつ、生成AIが記事のドラフトや見出し案を提示することが可能になります。A2Aを介してファクトチェックAIや校正AIとも連携すれば、誤情報や文章ミスのチェックの工数も削減できます。最終的なファクトチェックや編集は人間が行うにせよ、裏方作業の大部分をAIが肩代わりすることで、人間は企画発想や取材そのものにより時間を割けるようになります。これは質の高いコンテンツ創出につながり、結果的にユーザー満足度や収益向上に寄与します。
このようにメディア領域ではMCP/A2Aの導入により「適切なコンテンツを、適切なユーザーに、適切なタイミングで届ける」ことがますます徹底されることが考えられます。各ユーザのコンテキストに合った体験を提供できればエンゲージメントと滞在時間が伸び、広告収入やサブスクリプション課金の継続率向上に直結します。また効率化によって少人数でも大量のコンテンツ運用が可能となり、新規ジャンル開拓やニッチ層向けサービス展開もやりやすくなるはずです。
一方でハイパーパーソナライズされたフィルターバブルによる読者への悪影響や、AIまかせの編成によるコンテンツの平準化/陳腐化など、品質をどのように担保していくかは大きな課題になると考えられます。各メディアならではのコンテンツ制作や編成を決めるのは結局のところ人間なので、AIを使いこなしつつ他社と差別化するスピードとユニークさをどう実現していくかが重要になります。
おわりに
MCPやA2Aが広まることで、ビジネス環境にもいくつか大きな変化が起こると考えられます。このようなオープンなプロトコルによって、これまで連携が難しかった異業種プレイヤー同士が技術的に接続しやすくなります。全く関係がないと思っていた業界の企業同士がエージェント型AIを介して新たなコラボレーションが生まれ、新たなサービスが数多く生まれることも大いに考えられます。
一方で、エージェント型AIが普及するとAIがユーザに最適化されたサービスを選んで提案することが当たり前になるため、各サービスにとってユーザの囲い込みがこれまで以上に効きづらくなります。その結果として「自社がどれだけユニークなデータやツールをもっているか」「そのデータやツールをいかにあらゆるエージェント型AIへ流通させられるか」という軸での競争が重視されるようになります。これは新たなユーザ獲得チャネルとなる一方で、自社サービスがAI経由でコモディティ化しないよう工夫が必要になります。極端に言えば、ユーザーは裏でどの企業のサービスを使っているか意識しなくなる可能性もあり、その中でブランド想起させる戦略や、エージェントにも選ばれる存在になることが課題となります。
また、このようなAI前提のビジネス環境において人間の役割がAIと協働する方向に変わるため、求められるスキルセットや意思決定の仕組みや組織体制も変わっていくことが考えられます。既にエージェント型AIを組織図に組み込んだリファレンスモデルも登場しており、新たな時代に向けた組織像が見直されています。
エージェント型AIを取り巻く技術は難解に映るかもしれませんが、「データ/ツールとAIをつなぐ標準インターフェース(MCP)」と「AI同士をつなぐ共通言語(A2A)」というシンプルな構造です。これらが何を可能にし得るかを想像し、ユーザーにとって本当に価値のある体験とは何か、AIに任せるべき部分と人間ならではの付加価値は何か、そうした問いを軸に据えつつ、新技術を手段として使い倒す発想が必要となってきます。
Ximera Media Next Trendsの更新情報は、キメラのニュースレターもしくはX(Twitter)でお知らせしています。