Ximera Media Next Trends #77|Ikuo Morisugi| 2025.09.29
お気に入りの商品発見後の離脱を抑え購入を促し、再訪を習慣化する
はじめに
コロナ禍において、外出禁止による巣ごもり消費でeコマースの市場は大きく伸びました。その中でライブコマースについても特に中国を中心に伸びが見られましたが、その勢いは止まらず、現在でも世界的にマーケットが伸長しています。2024年のライブコマースのマーケットサイズはグローバル全体で約1,284億ドル(約19.2兆円)と見積もられており、2025年以降も高い成長率で増えていくと予想されています。
ライブコマースを先行してきたのは中国ですが、近年ではUSでも伸びてきています。2025年上期のTikTok Shop世界GMVは262億ドル(約3.9兆円、前年同期比 2倍増)、USは58億ドル(約8700億円、前年同期比 91%増)との推計が出ており、USではTikTok ShopのライブコマースのGMV構成比も前年同期比で上昇傾向(10% => 14%)となっています。
USでは過去FacebookがLive Shoppingを終了(2022年10月)、Instagramがライブ配信の商品タグ付けを停止(2023年3月)など上手く普及しなかった一方で、カテゴリー特化のライブコマース/ソーシャルコマースのスタートアップ(参考: 本連載 #20 Z世代がハマるソーシャルコマース)が多数登場していることや、TikTok Shopのような動画プラットフォームの登場によって、徐々に普及が進んだものと考えられます。ショート/ロング動画・ライブストリーミング・切り抜き/拡散などを販促に活用する動きは増加しており、欧米圏でも視聴から購入へ近づける試行は続いています。
一方で、ライブコマースにはまだ課題も残っています。例えば、視聴の熱量は高いものの、購入完了までのプロセスにおいて、返品・真贋・品質に対する不安、在庫切れや配送までの長期間化による需給ミスマッチなどが挙げられます。これは、ライブコマースに限らずEC全般でも見られる問題で、商品発見→購入完了のフローにはまだまだ大きな摩擦が残っています。2023年までの様々なカート落ちの統計データを集めたBaymard Instituteによると、オンラインショッピングカートにおける平均カート落ち率は約70%とされており、「配送や手数料や税など追加費用が高すぎる」、「配送が遅すぎる」、「サイトが信頼できない」といった点に加えて、チェックアウトプロセスの不備(入力項目の多さや時間がかかること、アカウント作成の強制、等)があげられています。
これらの課題に対して、近年新たなソリューションで解決をはかっているスタートアップが登場しています。本稿では、ライブコマースにおけるユーザ熱量の購入への転換と、商品発見=>購入までの手間解消を実現する仕掛けを事例をとりあげながら考察します。
限定性・希少性を徹底するライブコマース: Whatnot
Whatnotは、コレクティブル(トレカ、コミック、スニーカーなど収集自体に需要がある商品)中心のライブコマースプラットフォームを提供しています。2025年1月時点でのWhatnot上でのライブコマースの年間取引額は30億ドル(約4,500億円)を超えていると明かしており、US発のライブコマースプラットフォームとしては大きな成功を収めています。
コレクティブルでは、真贋・コンディション・希少性について不明確な点がある場合、それが購買の障壁になります。ユーザーは商品の発見→真贋・コンディション確認→決済の間でリスクがあればすぐに離脱します。これを静的なコンテンツだけで防ぐことは困難です。Whatnotは、これに対し下記の①-⑤のようなライブと連動した仕組みを揃え「いま購入する」動機を巧みに作り込んでいます。
①オークション: ホストが商品を提示後、視聴者はその場で入札し、カウントダウン終了時点の最高額入札者が落札します。サドンデス方式で運用されるオークションの場合は締切時間間際で入札しても時間延長されません。そのため視聴者はある程度確度の高い値段で時間ギリギリを狙って入札することになり、それが購買意欲を高めることにつながります。また、ライブ画面に入札者やコメントがリアルタイム表示されることでソーシャルプルーフが働き、希少品の価格受容性が上がりやすい構造を作っています。
②フラッシュセール: ライブの途中に短時間・限定数量の割引販売枠を差し込み、カウントダウンと残数表示で即断を促す仕組みもあります。締切のプレッシャーと希少性の可視化が機会損失回避の心理をくすぐり、その場での購入を促します。
③ライブ開封: コレクティブル特有のライブ開封では、販売者がボックスやパックのトレーディングカードを購入し、開封をしながらその一部を視聴者にスポット購入させることができます。自分の当たりが今出るかもしれない期待が視聴継続と購入動機を強化し、同時に状態確認・真贋懸念の軽減にもつながります。
④リワードプログラム: 視聴・購入回数・購入金額などの行動にレベルを付与し、販売者がレベルに応じた特典を視聴者へ提供することで再訪・再購入を誘う仕組みです。これにより、導入後に購入者支出+12%/時間当たり売上+12%/リピーター数+約20%の改善が報じられています。レベル上げすることで、クーポン、限定配信、メンバーシップバッジなどが付与され、特別感を演出し、それが再訪/再購入の確度を高めます。
⑤状態・真贋の不確実性解消: ライブ映像での詳細共有に加え、トレーディングカードの真贋鑑定・グレーディング機関であるPSA連携によりグレーディング申込をアプリ内で完結できる導線を用意し、買い手の手間削減に加え、購入後リスクの体感を下げ、安心感を演出しています。
このように、時間制限 × ライブ視聴 x 在庫/価格の限定オファー により、希少性が可視化され、視聴者は機会損失回避の動機が働きます。こうした要素をプロダクト全般に入れ込み、視聴者がライブ中に購入を決断することにつなげています。またライブ開封で期待を高めつつ、真贋や状態確認で安心も担保されることもライブコマース内の購入につながっています。さらにリワードプログラムで次回の来訪/購買理由を作り、LTVに貢献しています。このような施策の積み上げが、上位500セラーが各100万ドル超(約1.5億円)を販売/プラットフォーム全体で毎週17.5万時間のライブ配信という結果につながっていると考えられます。
Whatnotの収益源は販売手数料と決済手数料です。米国/カナダ/豪州では販売手数料8%に加えて決済手数料2.9%+0.30ドルが基本で、カテゴリ別の手数料ディスカウント(例:Electronicsは5%、Coins & Moneyは4%)も用意されています。高額取引の一部についてはベースコミッション0%とするプロモーションなど、Whatnotが戦略的に出品を増やしたいカテゴリーの充実や単価アップをこれらの施策で促しています。
Whatnotは、2025年1月のシリーズEの資金調達で評価額が約49.7億ドル(約7,450億円)となり、ライブコマースのUSでのグロースに対して投資家からさらに期待されていると考えられます。
「返信するだけ購入」でカート落ちを削減: OneText
OneTextは「Text‑to‑Buy」のコンセプトを掲げ、リピート購入の敷居を大きく下げることを実現しようとしています。通常のECサイトのチェックアウトの仕組みを改変することなく、初回購入で購入者の支払い関連情報を保管し、2回目以降の利用ではただSMSに返信するだけで再購入できる体験を提供しています。
オンライン購入ではリピーターであっても入力の煩雑さ(住所・カード情報)、ログイン情報忘れ、多段階の認証が原因となってカゴ落ちが常態化します。またリピーター獲得にFacebook MessengerやWhatsAppのようなメッセージングプラットフォームに依存しすぎると、獲得コストの変動があったり、ユーザデータの所有権が得られにくくなります。OneTextのソリューションは、SMSを自社がユーザデータを所有する獲得チャネルにでき、再入荷通知・補充購買・サブスクなどリピート商材を適切に顧客へオファーすることができます。SMSであればグローバルに規格が揃っており、各メッセージングプラットフォームの普及具合に依存しないため、国ごとに獲得チャネルを分ける必要もありません。
OneTextのプロダクトは下記のような特徴があります。
- 初回購入:ECサイトとシステム連携し、初回購入で支払い情報をOneText側に安全に保管(カードオンファイル)
- 再購入:以降はSMSの返信だけで購入確定という最短導線でチェックアウト不要の体験を提供
- オプトアウト設計:「24時間後に課金するので不要ならキャンセルが可能」といった同意ベースの「あとから課金」を採用し、購入後の後悔とキャンセル負荷を抑制
- 運用体制と効果:定型的なSMS送信をするだけではなく、AIや有人を組み合わせた対話的なプロダクトとなっており、CVRを20〜30%改善
OneTextはShopifyのAPI、Stripe等の決済会社、CRMのKlaviyo等と連携/同期が可能になっており、それらのプラットフォームを使っていれば少ない開発工数で対応が可能と思われます。
将来的には、買い物客が複数のブランド/ストアで保管されたプロフィール、事前入力されたチェックアウトデータを利用できるようにする計画があり、StripeのLINKやShopifyのShop Payのような横断型のユーザ決済プラットフォームを目指していると考えられます。
OneTextの収益は、提携するECサイトからの月額利用料 + SMS利用料 + 取引連動手数料の支払いで成り立っています。下記のように中小企業向けのわかりやすいプランから大企業向けの個別見積もりエンタープライズプランまで幅広いクライアントに対応する料金プランとなっています。
- Growthプラン:0.007ドル/SMS+キャリア費、0.025/ドルMMS+キャリア費、月額300ドル、オンライン注文の手数料なし、Text‑to‑Buy取引手数料3.5%。
- Volumeプラン:0.005ドル/SMS+キャリア費、0.019ドル/MMS+キャリア費、月額550ドル、Text‑to‑Buy取引手数料2%。
- Enterprise:個別見積(Short Code月額500ドルなど)。
OneTextは2025年7月にY CombinatorやKhosla VenturesなどTop TierのVCから、450万ドル(約6.75億円)のシードラウンドでの資金調達を行っており、さらなるグロースが期待されています。
おわりに
本稿では、ライブコマースとSMS経由購入の二つの事例を紹介しました。いずれも「お気に入りの商品発見後の離脱を抑え購入を促し、再訪を習慣化する」をゴールとして、異なる角度からアプローチをしています。ライブコマースは真贋や状態確認など購入に向けた不安要素を取り除きながらも、意図的に限定性や希少性を入れ込むことで、購入動機を強く刺激しています。SMSは返信するだけで購入できる最短導線で二度目以降の購入意思決定を限りなく軽くしています。
これらのアプローチは、ライブコマースやECだけではなく、メディアでのコンテンツ課金にも適用可能と考えられます。有料ニュースコンテンツにおいても時間限定や回数限定の無料オファーなどがありますが、発見→購入→再訪を最適化する余地はまだ残っています。例えば、①ライブや速報で今すぐ読みたい/参加したい有料コンテンツを作る、②記事末や配信の締めでコメントやAIに返信するだけ有料コンテンツを購入できる最短決済導線を常設する、などが考えられます。速報ライブ直後15分間だけの解説Q&A視聴権、未編集インタビューの限定アーカイブ、編集会議の傍聴席などを時間・数量で限定開放し、その場での即時参加に誘導する、などメディアが持つ様々なアセットは商品化できるポテンシャルがあります。
現在、Google検索のAIモード/AI Overviewsをはじめとして、検索エンジンからAIにユーザのトラフィックが徐々に移りつつあり、トラフィック減の影響を受けたメディアが訴訟する事態となっています。トラフィックと連動した広告収入だけでは厳しい時代です。広告以外でこうしたメディアが保有するアセットをいかにしてユーザにコンテンツとして提供し、マネタイズしていくかが今後さらに重要になると考えられます。
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