2025.12.09|Ximera Media Next Trends #79|Ikuo Morisugi
守りと攻め、両軸のIP運用
- はじめに
- 【守り】AIによる偽造・海賊版・なりすまし検出と収益回復支援:MarqVision
- 【攻め】ライセンスと二次創作をプログラマブルIPに転化: Story
- おわりに
はじめに
生成AIの普及によって、メディアやコマースのコンテンツは二重の圧力にさらされています。ひとつは偽造品・無断転載・偽サイト・フェイクニュース等のコンテンツ悪用の増加です。OECD/EUIPO(欧州連合知的財産庁)の最新推計では、2021年の偽造品国際取引規模は推定4,670億ドル(約70兆円、世界輸入の約2.3%)にのぼります。オンラインのブランド毀損検出/保護ツールを提供するRed Pointsが行った調査では、2024年に430万件の偽造侵害を検出し、前年比15%の増加となっています。これらのことからオンラインでの流通量の拡大およびAIの悪用の加速とともに、著作物・ブランドの侵害がサプライチェーン全体へ波及していると推測されます。 どの程度が生成AIによる著作物・ブランドの侵害なのかは全体統計データはまだありませんが、問題となる事例は既にいくつも発生しています。2025年10月にOpen AIのSora 2で日本のアニメ/漫画/ゲーム等のキャラクターが容易に生成AIにより作られる状況が発生しており、日本のコンテンツ業界は強く問題視しました。また、著作物を不正に訓練データとして用いたとして、Anthropicが書籍著作者・出版社との係争において 約15億ドル(約2250億円)を支払うことに合意したと報じられた例もあります。デジタルコンテンツであればジャンルは関係なく、テキスト・画像・音声/音楽・動画・3Dなどあらゆるものが著作権やブランド侵害の対象になり得ます。
こうしたコンテンツ悪用への対策として、撮影〜編集〜配信の各段階でメタデータを付与する仕組みが提案されています。C2PAはAdobe・Amazon・BBC・Google・Metaなどが主導するオープンな標準規格で、改変履歴を検証できるよう産業横断の仕様化を目指しています。一方で、こうした規格が普及するまでに時間がかかることや、定着しない可能性も十分にあります。現状では、自社のIP資産を守るために、ブランド毀損や著作権侵害を検知・対応を行う即効性のある体制とツールが必要になります。
ブランド毀損や著作権侵害等への対策を「守り」とすると「攻め」は、AI時代におけるデータの正規供給による収益の拡大です。ニュースパブリッシャーではAP通信を皮切りに、Financial Times、Axel Springer、Le Monde/PrisaなどがOpenAIとのライセンス契約を相次いで発表しました。AIにおける学習・要約・検索表示の代わりにパブリッシャーへ対価を支払う包括的な枠組みが汎用生成AI各社から提供されています。 一方で、これらはあくまで一定規模のIP資産や交渉力を持つパブリッシャーに限られる個別の取組みであり、すべてのメディアやコンテンツホルダーが恩恵を受けられるわけではありません。同時にAI企業もすべてのコンテンツプロバイダーと個別に交渉/獲得していくことは現実的ではありません。
本稿は、「守り=デジタル権利侵害対策」と「攻め=AI時代のライセンス収益化」を両軸のIP運用としてとらえるための事例や考察を提示します。
【守り】AIによる偽造・海賊版・なりすまし検出と収益回復支援:MarqVision
MarqVisionは、オンライン上のECサイト、SNS、動画配信サイト等に広がる偽造品・無断転載・なりすまし等のブランド毀損や著作権侵害をもたらしているコンテンツをAIで横断検知し、テイクダウンや収益回復まで一気通貫で支援するソリューションを提供しています。
MarqVisionはブランド毀損可視化の取組として、ブランド侵害の発生しやすい国・プラットフォーム・販売者を特定するためのブランド侵害レポートを提供しています。これにより自社製品のどの領域にリスクが集中しているかが可視化されます。また、生成AIを用いたAtomic Product Detectionsという技術では、画像認識と正規品データとの照合により模造品をSKUレベルで特定可能にしています。これにより、微細なデザイン違いの偽物も検知し、迅速な削除対応につなげています。MarqVisionの対策範囲はオンライン上だけでなく、必要に応じてオフラインでの訴訟や摘発にも及び、中国やUSで、偽造品業者の工場や倉庫の摘発・訴訟などを成功させています。このようにオンライン・オフライン双方から流通網を断つことで、ブランド既存損失を最小化します。
MarqVisionはデジタルコンテンツの海賊版対策にも注力しています。ゲームや動画、音楽、電子書籍などの無断コピーや共有に対し、横断的に監視と削除を行います。AIが常時ネット上を巡回し、不正アップロードなど侵害リスクを検知すると、各サイト運営者への削除申請が行われます。複数プラットフォームにまたがる一括テイクダウン機能により、手作業では追いきれない大量の侵害コンテンツも効率的に排除可能となっています。また、MarqVisionはYouTubeのEnterprise Copyright Match Toolの公式パートナー(認定されているのは世界で100社未満)として認定されており、MarqVision顧客企業はYouTube上で発見した著作権侵害動画を検出後わずか数秒で削除できるほか、同じ動画の再アップロードを事前にブロックすることも可能です。さらに、侵害動画のアップロード元アカウント群を丸ごと対象にした一括削除や、グローバル対応の多言語検索にも対応しており、強力なデジタル著作権保護が実施されています。これらの機能により、映画の無断配信やゲームのストリーミング配信、漫画の違法アップロードといったケースにも迅速に対処し、顧客企業のデジタル収益とIP価値を守っています。
MarqVisionは、ファッション・高級品から、ゲーム、製薬、エンタメ、自動車、家電まで、世界350超の顧客を抱えており、年間収益も4年ほどで2000万ドル(約30億円)へと成長しています。
同社は、2025年9月にPeak XVなどが主導する4,800万ドル(約72億円)のSeries Bラウンドの資金調達を公表し、累計約9,000万ドル(約135億円)規模を調達しています。
【攻め】ライセンスと二次創作をプログラマブルIPに転化: Story
コンテンツを第三者に利用させる場合、誰が何を、どの条件で、いつ使ったかという来歴と権利条件の追跡が不可欠になります。Storyは、作品登録・権利条件・二次創作のライセンス/ロイヤルティ設計をネットワーク標準として実装し、「使われるほど還流する」権利処理を狙う基盤を提供しようとしています。
IPのライセンスは「アーカイブ一括」「カテゴリ別」「作品別」など粒度の違いやコンテンツ毎の利用許諾条件の違いがあり、この権利処理の複雑さがライセンスを与える側・受ける側の双方でボトルネックとなっています。Storyはコンテンツ毎の利用条件と利用履歴をAIやソフトウェアが統一的な形式で利用できるようにすることで、権利処理・ライセンス遵守・利用料の分配の自動化を可能にしようとしています。
例えば、小説家が自作品を学習データとして提供し、その小説の文体を学習したAIモデルが生成した文章サービスが商用展開された場合、売上の所定割合が小説家に支払われる、といったケースが考えられます。Story上ではこの流れがシームレスに実現でき、クリエイターは自分の作品がAIに「学習」されても貢献が適切に明確化され、報酬を受け取れるようになります。AI開発者側も、ライセンスクリアなデータセットを容易に入手できることで法的リスクなく高品質なモデルを訓練できるメリットがあります。以上のように、StoryはAI時代に即した新たな知財ライセンスモデルを提供することで、クリエイターとAI業界の共存共栄を図っていこうとしています。
Storyでは、まずクリエイターは自分の作品をIP資産としてブロックチェーン上に登録します。その対象は、美術作品・音楽・動画・文章はもちろん、デジタルアイテムやデータセット、さらにはクリエイター自身のキャラクターやIDといったあらゆる創作物・知的財産です。ブロックチェーン上に、作品のタイトル・説明・作者情報・原本データ等の情報が記録されます。この台帳に記録された各IP資産には固有のID(トークン)が割り振られ、以後その作品のライセンス発行や利用履歴が追跡可能となります。
作品を登録する際には、ライセンス(利用許諾条件)をブロックチェーン上に設定・管理できます。クリエイターは自分のIP資産に対し、「商業利用可/不可」「改変(二次創作)可/不可」「クレジット表記の義務」など、細かな利用条件をあらかじめ定義可能です。これらの条件はスマートコントラクト(=ブロックチェーン上で自動的に契約を執行するプログラム)としてブロックチェーンに実装され、ソフトウェアやAIが処理可能な形でライセンス情報が表現されます。Storyはこれを「プログラマブルなIPライセンス」と呼んでおり、ソフトウェアが自動で解釈・実行できるライセンス契約書と捉えることができます。
Story上のライセンスは法的拘束力も考慮されて設計されています。ブロックチェーン上で公開される利用条件は単なるコード上のルールではなく、弁護士が監修した法的契約書(ライセンス文書)によって裏付けられています。つまり、スマートコントラクトで自動執行されるライセンス条件と、現実世界で通用する法律文書がリンクした形になっており、「コードと法律の橋渡し」がなされています。この仕組みによって、クリエイターと利用者は安心して取引でき、万一の紛争時にも証拠として活用可能です。
Storyには、二次創作を前提とした権利関係を処理する仕組みもあります。従来、ある作品が二次創作・リミックス・翻案などで広がった際、その収益を原作者に適切に配分することは困難でした。Story ではブロックチェーン上にグラフ構造を採用し、原典となるIPと派生IPをリンクさせて関係性を明示しています。各IPノードが、自分から派生した作品ノードに矢印で結ばれる形でネットワーク全体の知財関係図が形成されます。例えばAという原作小説からBという漫画が派生し、さらにBを原作にしたCという映画が制作された場合、A→B→Cとつながるグラフが記録されるイメージです。
Storyは昨今の生成AIブームを見据え、AI開発・学習用途のデータライセンスに向けた取組も行っています。AIモデルを訓練するためには大量のテキスト・画像・音声データが必要ですが、その収集には著作権上の課題があります。現在、多くのAI企業はウェブ上からデータを無断収集して学習させていますが、クリエイターへの許諾や対価支払いが行われないケースが大半で、法的・倫理的に問題視されています。一方で、AI企業側から見てもあらゆるコンテンツに使用許諾を取ることは非現実的で、AI学習データのライセンスのマーケットプレイスが存在しないことがボトルネックとなっています。
これに対してクリエイターが提供するデータセットをIP資産として登録し、AI開発者がそれをライセンス購入してモデルを訓練できる仕組みをはじめています。具体的には、Stability AI と協業し、Stability AIで生成された各コンテンツがどう利用されたかを追跡できる仕組みを作り、すべてのIP所有者が正当に報酬を受け取れる取り組みをはじめています。さらにStoryは、将来的には実世界のデータ(カメラ、マイク、LIDAR、レーダーなどのセンサーから生成される特定の時空間と紐づくデータ)を集め、それを二次利用/リミックスして利用したりAIが学習に利用できるような世界も想定しています。
同社は2024年8月にa16z cryptoをリードインベスターとする8,000万ドル(約120億円)のSeries Bラウンドで資金を調達し、評価額22.5億ドル(約3375億円)規模に達しています。
おわりに
「守り」面では、MarqVisionのようなサービスが登場したことで、ブランド毀損の対策は「検出→除去→再発防止→収益回復」の運用フローで自動化・効率化を行うことが可能になりました。また、ブランド毀損対策は現在では法務部門だけではなく、ビジネス部門のKPIにも大きなインパクトのあるファクターとなっています。生成AIにより今後も爆発的に偽造品・著作権侵害が増えることを見据え、迅速・反復可能なテイクダウン体制を自社の業務フローへ常設する発想が必要になってきます。
「攻め」の面では、AIにコンテンツが学習されることを前提としたIP戦略も重要になります。StoryのようにクリエイターとAI開発者が直接契約を結び協働できる土壌が生まれつつあります。データ提供者、モデル開発者、そして最終的なAIサービス提供者やユーザーが一つのネットワーク上でつながり、それぞれの役割に応じた報酬配分と権利保護が自動で行われるエコシステムに自社のIPを提供していくことで、ライセンス収益が期待されます。
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