Ximera Media Next Trends #57|Ikuo Morisugi| 01.26.2024
はじめに
デジタルメディアの世界は、常に変化と進化を遂げています。2023年は無料もしくは低額の広告付きストリーミングサービスの台頭と同時に、ソーシャルメディアにおいては有料サブスクリプションモデルへのシフトが目立ちました。ストリーミングメディアとソーシャルメディアにおいてそれぞれの方向から広告と有料サブスクのハイブリッドモデルへ移行するトレンドが起こっています。本稿ではこのトレンドの詳細を取り上げ、今後のユーザ獲得に関する示唆を得ることを目的としています。
広告化するワイヤーカッターサービス
USでは従来テレビで消費する動画サービスはケーブルテレビが支配的でしたが、Netflix、Disney+、Huluなどといった有料のSVOD(Streaming Video On Demand)のストリーミングサービスが人気を博し、ケーブルテレビのケーブルやそのコストを切る意味合いから「コードカッター」という俗称でシェアを伸ばしてきました。近年ではそれに加えFreevee、Pluto TV、Roku、Tubiなどに代表される原則無料で広告ありの多チャンネルストリーミング動画サービスのFAST(Free Ad-supported Streamig Television)が大きく成長しており、Sanba TVのレポートをTechCrunchが伝えたところによると、USの視聴者の約3分の1がFASTを利用しています。FASTは、多チャンネルで自分の興味があるコンテンツを見つけられるケーブルテレビや有料サブスクリプションサービスに対して、無料でそれに近い体験を得られるコストメリットのある強力な代替案となりつつあります。
一方で、Hulu、Prime Video、Netflixなど以前から存在している有料サブスクリプションサービス(SVOD)は、市場の飽和と消費者のコスト意識の高まりにより、伸び悩んでいます(比較的新興かつ独自コンテンツが強いParamount、ESPN、Disney、Appleは未だ伸長中)。特にNetflixは2022年と2023年の比較では視聴数が前年比で減少し、厳しい状況に直面しています。
この市場変化に対応するため、NetflixとDisney+をはじめSVOD各社は2022年頃から広告付き低額もしくは無料プランの導入を始めました。Prime Videoについても2024年1月より広告付きプランを開始することとなっています。これらの大手SVODサービスは広告収入を増やしつつ、より多くの視聴者にリーチする新たな戦略を取り入れています。
このようにUSにおいてはFASTおよびSVODの広告付きプランはもはやトレンドというよりデファクトスタンダードに近い状況となっています。日本ではSVODについては広告付きプランがグローバルにロンチされているので実感できる部分ですが、FASTについてはまだここまでの状況にはなっていません。一方で日本は民法テレビ、ケーブルテレビ、YoutubeやAbema TVなどの無料ストリーミング、有料SVODの間で、テレビ視聴時間の取り合いが起こっていますが、ここにFASTが入ってくる余地は十分あるかと考えられます。
有料サブスクへ向かうソーシャルメディア
2017年にiOSとMacでCookieの利用規制するITP(Intelligent Tracking Prevention)が実装後、2020年には3rd Party Cookieは完全にブロックされ、1st Party Cookieについても24時間しか機能しない(ローカルストレージは7日間)ようになっています。またiOS 14.5、iPadOS 14.5、tvOS 14.5以降でATT(App Tracking Transparecy)が導入され、ユーザがターゲティング広告を受けないように任意で各アプリ毎にトラッキングを制限できるようになっています。
またGoogleも広告収益をメインとする企業ながら世界的なデータプライバシー規制に追従せざるを得ず、PCおよびAndroidのChromeにおける3rd Party Cookieアクセス規制を先延ばしにしてきましたが、これを段階的に廃止することを2023年12月に発表しました。
上記のようにAppleをはじめとしてOSを提供する企業で個人情報の規制がより加速していく流れの中で、特にターゲティング広告が機能し難くなっています。このような状況の中で広告売上が大きな収益源であるソーシャルメディア各社は有料サブスクをロンチし広告とハイブリッドのビジネスモデルへ転換させて、収益の補填を図ろうとしています。
例えば、前回の記事でも取り上げた通り、Snapchat+は700万人以上のユーザーを獲得し、ソーシャルメディアにおける有料サブスクモデルの成功例となっています。次点でソーシャルメディアで有料サブスクによりユーザ獲得しているのが、X(旧Twitter)です。有料版のX Premiumは2023年8月時点までで82万人程度のユーザーを抱えていると見積もられており、Snapchat+ほどの成功は収めていませんが、2023年10月には新しくベーシックプラン、プレミアムプラスプランを追加し、市場での立ち位置を強化しようとしています。
Metaについては、ヨーロッパにおいてユーザのプライバシーを侵害したとして3.9億ユーロ(約600億円)の罰金を科せられ、EUの裁判所から新たなターゲティング広告の配信方法の見直しを求められました。その対応としてFacebookとInstagramは2023年10月にヨーロッパ限定で広告なしの有料プラン(Web版 9.99ユーロ(約1500円)、iOS版12.99ユーロ(約2000円)の導入を開始しました。おそらくFacebookとしては有料サブスクを導入することは本意ではないものの、有料版でターゲティング広告をなしにできるオプションをユーザに提示することでGDPRに対応する姿勢を見せました。
さらにTikTokも有料広告なしプランを$4.99(約750円)/月USでテスト中と報道されており、各ソーシャルメディアが広告なしプランもしくはそれも含むプレミアムプランへの移行トレンドが起こっています。
このようにプライバシー規制が進む中で大手ソーシャルメディアは機能やサービスに違いはあれど、広告なしの有料サブスクプランを各社提供しつつある状況です。
コードカッターとソーシャルメディアのトレンドが与える影響
今後FASTのユーザとソーシャルメディアの有料サブスクユーザがどれほど増えるか次第ですが、ソーシャルメディアでの広告量が減少し、コードカッターでは逆に広告量が増加した場合、各企業はマーケティング戦略の再考を求められます。改めて効果的なチャネルと戦略を模索する必要があり、場合によってはFASTのような新しいメディア形式への適応が求められます。
また、これまで「認知度獲得ならモバイルのディスプレイ広告が良い」「コンバージョンについてはFacebookやInstagram広告が一番獲得効率が良い」といった実感/経験が業界全体でありましたが、FASTの台頭や、より強化されるプライバシー規制でターゲティング広告の精度が落ちていく中、その感覚を徐々にアップデートしていく必要もあります。広告経由でのユーザ獲得を目指す企業は、これまでの戦略を再考し、FASTプラットフォームや新しいソーシャルメディアモデルへの適応を図り、ターゲットオーディエンスに効果的にリーチする方法を見つけなければなりません。これには、新しい視聴者層に適切な広告キャンペーンの企画やコンテンツおよびそのフォーマットの見直しが必要となります。
プロダクト観点では、無料サービスと有料サービスの両方で活動する消費者の行動パターンを把握し、新たなメディアコンテンツやフォーマットをどのように受け止めているかを理解し、それに応じたマーケティング戦略を立てることが重要となってきます。プライバシー規制が進むことで、ターゲティング広告が機能せず、仕方なしに幅広いオーディエンスに訴求していくような広告コンテンツに変化していかざるをえないことも考えられます。
今回取り上げたトレンドはかなり広範でグローバルに起こっている変化です。これまで以上に新たな規制、新たなメディアの動きを理解した戦い方が必要になってきます。次々に訪れる各社の次の展開を先取りする戦略を練ることができるよう本連載がその一助になれますと幸いです。更新はニュースレター(配信登録/アーカイブを読む)とソーシャルメディア(X・Twitter/Facebook)でお知らせしています。
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