Ximera Media Next Trends #60|Ikuo Morisugi| 2024.05.14
はじめに
日本の経済活動の大きな部分を担う中小企業は約336万社存在し、日本の企業数の中99.7%を占めています。従業員の規模も約3310万人が中小企業で働いており、日本の従業員の7割が中小企業で雇用されています。このように小規模な事業者が地域経済の発展においても重要な役割を果たしています。
一方で、従来から強大な資本を持つ大企業や外資系企業は拡大の一途を辿っており、三大都市圏以外にも広く店舗・工場・事業所が存在しています。これらの中小の事業者はそうした大企業や外資系企業と価格や商品で競争せざるをえない環境に巻き込まれており、独自性のあるブランドの確立、製品やサービスの品質改善、効率的な経営管理をしていく必要があります。
しかし、個人経営や資本金の小さい企業が多く占める中小企業では数人の従業員で運営されていることも多く、大企業や外資系のようにあらゆる面で大きな投資を行っていくことは難しいです。関係値の高い顧客に継続的にサービスや製品を使ってもらって、経営をやりくりするだけでほとんどのリソースがなくなり、経営効率の改善や新たな製品/サービスをはじめるには大きなハードルがあります。
こうした課題に対して、ローカルビジネスの効率化やサービス拡大を支援するスタートアップが出現しています。例えば、これまでは、Shopifyが中小のeコマースを可能にし、Uberがローカルレストランのデリバリーを可能にしてきました。近年ではさらにそういった領域からジャンルやカテゴリーを絞り、より業界にフォーカスして垂直統合のプロダクトを提供するVertical SaaSも数多く出現してきています。
また、本連載の前回でも取り上げた通り、 ソフトウェアのみを提供するSaaSは新たな設立数も減っており、今後のAIの進化によりそのビジネスモデルは大きく変化する可能性があります。
中小企業をターゲットとしたVertical SaaSもその例に漏れず、ソフトウェアだけでは解決できないフィジカルな領域も含めて、さらなる付加価値提供が必要となっています。今回は、特に飲食領域でソフトウェアとロジスティクスが統合されたEnd-to-Endのプロダクトを展開するスタートアップに焦点を当て、それぞれがどのようにローカルビジネスの変革を推進しているのかを詳しく見ていきます。
コーヒーショップ向けAll-in-Oneサプライチェーン: Odeko
Odekoは、ニューヨークを拠点としたスタートアップで、中小規模の独立系コーヒーショップやカフェに特化した統合サプライチェーンプラットフォームを提供しています。
Odekoのプロダクトを使うと、コーヒーショップが日々必要とするコーヒー豆や牛乳や紙カップなどの必要在庫を予測し、マーケットプレイスで必要な分だけ注文ができ、各コーヒーショップへ在庫品の配送を完了させることができます。これにより、顧客のコーヒーショップはより少ない手間で日常の業務を行え、在庫過多や不足のリスクを最小限に抑えることができます。
Odekoが特徴的なのは、必要な在庫をB2Bのマーケットプレイスで発注した後、その在庫について「開店時間までにコーヒショップ店舗内の棚に並べておいてくれる」ことです。これを行うには、早朝配達が可能で、店舗と連携してドアロックを開けることができ、さらに棚に並べられるスタッフが必要です。そのためOdekoはこのサプライチェーンに関して、自前でデリバリートラックとドライバーを用意し、コーヒショップに開店前に入店できるフローを構築してしています。これらの仕組みにより、1店舗あたり1週間あたり10時間の工数を削減でき、21%の売上原価の削減を実現しています。
このソリューションが功を奏しOdekoは2年で年間売上を1億5000万ドル(約225億円)まで成長させました。2024年4月時点でOdekoは10000以上の店舗に利用されています。
Odekoは2019年の創業当初は在庫予測ソリューションを提供するAIスタートアップだったのですが、スモールビジネスの事業者が真に課題としていることは在庫予測ではなく、自身が経営している店舗の運営効率を上げる(多くはコストダウン)ことだと気づき、在庫予測・発注管理・在庫管理・コスト分析・配送/配達まで行うAll-in-Oneの総合ソリューションへ変化させました。創業時から提供している在庫予測ソリューションも、顧客の購買パターンや市場動向を分析し、その情報を基に最適な発注が行えるように一連の機能の一つとして組み込まれています。
もし在庫予測を中心機能としてすえ続けていたら、Odekoはここまで大きな売上を作れなかったのではないかと思われます。よく事業やプロダクトがPMF(Product Market Fit)しているかが重要だと言われますが、Odekoは見事にピボットしてPMFを達成した事例だと考えられます。
トップシェフのデリバリーを可能に: Wonder
ニューヨークを拠点とするスタートアップのWonderは、味にこだわりのあるローカルレストランのシェフが作る料理を楽しむことができるデリバリー/店舗サービスを提供しています。Wonderのビジョンは、「どこにいても高品質な食事を提供すること」により、新しい食文化を創造することで、テクノロジーと料理の融合による新たなビジネスモデルを追求しています。
Wonderが特徴的なのは、「これまでUber EatsやDoor Dashなど既存のデリバリーアプリでは顧客体験の問題からデリバリーを提供してこなかったこだわりレストランの料理を、顧客が注文してから30分以内に配達完了できる」ことです。
当初Wonderは専用の移動式のフードトラックを使用して、届け先付近まで移動しその場で料理を調理することで、出来立て状態ですぐに配達し、レストランで食べるかのような品質を自宅で実現するというモデルでした。しかし2023年にそのモデルを変更し、各地域ごとに1箇所、調理と接客を行うロケーションを設置し、複数のレストランのメニューを同時に調理可能にし、そこからデリバリーとピックアップをできるようにしたことで、ビジネスの初期の成功につなげました。このセントラル方式の調理施設兼店舗はWalmartなど周辺地域に住む顧客がアクセスしやすい箇所に設置されています(2024年4月現在、ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルバニアのみ)。これは以前流行したゴーストキッチンと方式としてはよく似ていますが、Wonderはエンドユーザの注文プロセス、レストランシェフとのパートナーシップ、食材調達、拠点提供、配送まで一貫して提供する垂直統合のモデルであり、これにより品質が低く、配送が遅い、店舗毎に別々に配送料がかかるという従来の問題を解消しようとしています。
Wonderの配送モデルもOdekoと似ており、自社でデリバリーするトラックや配送ネットワークを構築し、平均で注文から35分以内に配達を完了させています。
ビジネスモデルとしては、Uber Eatsのように料理ごとに課金されるペイ・パー・ディッシュモデルおよびWonder+と呼ばれる月額の有料サブスクを採用しており、各注文に対して直接課金を行い、商品代金と配送料を支払い(Wonder+加入者は配送料無料となる)ます。Uber Eatsと異なるのは、複数のレストランの複数のメニューを横断して一度に注文できる点で、これは上記のセントラル方式の調理施設のロケーションと配送ネットワークによって可能となっています。
Wonderは2024年3月に7億ドル(約105億円)の大型の資金調達を実施しました。この資金は、さらなる調理の高速化、ソフトウェアの改善、新たなシェフや提供メニューの改善に充てられる他、2025年末までに対応ロケーションを現在の11から90まで拡大させていく計画を立てています。
おわりに
本稿では、「スタートアップにより変革されるローカルビジネス」というテーマのもと、中小企業の潜在的な課題に対処し、新しい可能性を切り開くためにどのようなプロダクトが生まれているのかを取り上げました。米国では中小企業が直面する挑戦—大企業との競争、効率的な資源の管理、そして持続可能な成長の確保—は、スタートアップによる創造的かつ実用的なソリューションによって解決が図られつつあります。
Odekoは、サプライチェーンの最適化を通じて、コーヒーショップオーナーが直面する運営上の効率性とコスト問題を解決しています。一方、Wonderは高品質な食事を届けることで、顧客体験を根本から変え、ローカルレストランが新しい市場にアクセスする手助けをしています。これらの企業は、地域経済における中小企業の持続可能な成長を支えるとともに、それぞれの業界において新しいビジネスモデルの基準を築いています。
いずれの会社も初期のサービスは顧客の需要やコスト構造に問題があり、1-2年程度で大きくモデルの変更を行ったことで、事業が拡大する方向へ向かっています。顧客のニーズを深く理解し、それに基づいてサービスを大きく変えていき、技術を活用してオペレーションを合理化し、顧客体験を向上させることが、持続可能なビジネスモデルを築く上で不可欠です。メディア企業にとっても、顧客とのエンゲージメントを高め、よりパーソナライズされたコンテンツを提供するために、新しいビジネスモデル、技術、アプローチを採用することが求められています。
中小企業が直面する日々の挑戦に対する創造的な解決策を提供することで、これらの企業はただビジネスを行うだけでなく、社会における実質的な変化をもたらしています。これは、メディア業界が目指すべき方向性であり、持続可能で影響力のある成長を実現するための示唆を得られるはずです。
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