Ximera Media Next Trends #43|Ikuo Morisugi|November 29th, 2022
はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第43回となる今回は「Web3が一般普及するために必要な利便性と安全性」をとりあげたいと思います。
2021年から引き続き「Web3」という言葉は、未だにバズワード的に利用されており、さまざまな会社やクリエイターから毎日のように新たなサービスやコンテンツがアナウンスされています。一方で全体で見ると、Web3が一般普及したかと言われると、まだその状態には至っていません。
米国のベンチャーキャピタルRedpoint VenturesのManaging Director Tomasz Tunguzさんが2022年9月のDuneConでシェアした調査結果では、日次で250万のWalletがブロックチェーンに接続されています(引用元ではこの状態をDAUと表現)。例えばFacebookの全世界のDAUは約20億人であることを考えると、上記のWalletの接続数(DAU)は1000分の1程度であり、多くの人が当たり前のように使っている状況とはなっていません。
Web3のサービスやコンテンツが普及していない原因はさまざまあると考えられますが、大きなものとして「一般ユーザにとって便利・安全に使える」状態となってないことが挙げられます。多くの人にとって、Web3用のアカウント(≒Wallet)を作ってブロックチェーンに接続するという概念を理解しアカウント管理すること、詐欺や騙しにあわないように細心の注意を払わないといけないこと、トークンエコノミクスの中で行動するために仮想通貨を購入したり交換したりしないといけないこと、いずれも馴染むまでのハードルが非常に高いです。
現状は一定以上のリテラシーがある、ある種のマニア的な人たちがWeb3のサービスを利用していますが、慣れている人ですら詐欺や騙りに遭っており、ましてやよくわからない人が迂闊に手を出すのはとても危険です。例えばDiscordでは毎日のように、「新たなNFTやトークンが発行されました。あなたに無料でプレゼント!」といったDMが送られてきますが、多くが詐欺だと思われます。また、有名なプロジェクトを模倣して、まるで本物かのように振る舞う詐欺師や詐欺グループもおり、ある程度リテラシーがある方でも被害にあっています。
このような状態が続けば、Web3が一部のグループの人にしか使われない状況となるのは目に見えており、これを解決するためにWeb2とWeb3をうまく統合したソリューションが生まれています。本稿ではアカウントや決済をとりまく現在発生している問題に対して、便利・安全な価値を提供するスタートアップの事例をとりあげ、Web3の利用ハードルをどう下げることができるか見ていきたいと思います。
アカウントをWeb2/Web3で統合管理: Magic
Web3サービスのサインアップ・ログイン関連の課題として以下があります。
- そもそもWalletを持っておらずWeb2のアカウントしか利用していないエンドユーザが多い
- Web2とWeb3は概念や仕組みが異なるため、Web3独特のアカウント管理や運用方法を学習する必要がある
- パスワード・シードフレーズの物理的な保管が必要
Web3サービスを利用するには、まずWalletを作成してブロックチェーンに接続する必要があります。Walletを作成・管理するにはMetaMaskなどさまざまなサービスが利用可能となっています。はじめてWalletを作成した時に、シードフレーズと呼ばれる秘密の合言葉をオフラインで保管するように指示されます。
シードフレーズは別の端末でWallet接続する際に必須になるリカバリーパスワードのようなものです。ずっと覚えておけるフレーズでないことから、何かしらの媒体での保管は必須ですが、非常に管理が面倒です。PC上やオンラインで保管しているとハッキングの被害にあう可能性があることや、オフラインではいざという時にどこにあるかわからなくなる、つまりWeb2のパスワード管理と同様の問題があります。
また、作成されたWalletは基本的にはWeb2のアカウント(例えば、googleアカウントやfacebookアカウント)とは全く別物になるため、Web3のWalletはそれはそれで別管理が必要になります。多くの人々にとって、このようなWeb2と大きく概念が異なるWeb3のWalletを新規作成して管理するのは、慣れるまでのハードルが非常に高いです。
このような課題を解決しようとしているのが、Web2/Web3を統合したサインアップ・ログインが可能な認証ソリューションを提供しているMagicです。
Magicが提供するMagic Authは、Web2のパスワードとWeb3のシードフレーズを不要とすることができます。前者は既存の認証手段(eメール、SMS、ソーシャルログインなど)を使ってパスワードレス認証を実現し、後者はWeb2アカウントとWalletを自動紐づけすることで、アナログでシードフレーズの管理をしなくても良いようになっています。また、30の言語に対応しており、自社サービスにMagicの機能を組み込むことで、ホワイトレーベルな形でログインとWalletのUIカスタムも可能となっています。Walletは20以上のブロックチェーンに対応し、さらにFirebase、Auth0、Okta、Azureなど各種認証ソリューションプロバイダーとOpen ID Connectによる連携も可能となっています。
このようにWeb2のパスワードレス認証のソリューションとしても使え、さらにWeb3のWalletの発行・紐づけが可能で、開発者は統合的な認証ソリューションをエンドユーザへ提供でき、エンドユーザ側も管理が楽で従来のWeb2アカウントを使えるため、冒頭で述べた問題を解決するものとなっています。
Magicは2021年の7月にNorthzone、Tiger Global、Volt Capital、CoinFundなどから2700万ドル(約40億円)を調達し、さらなる成長が見込まれます。
Web2/Web3をまとめて詐欺/不正利用を防止: Sardine
次にWalletへの入金関連の問題として以下があげられます。
- 不正取引防止のため銀行や決済会社はデフォルトで入金プロセスでの詐欺/不正取引の検出ルールをもっているが、仮想通貨関連は経験が不足しており、過度に入金ブロックが行われてしまう
- 支払い先、取引金額、カードの履歴だけ見ても誤検知が発生するため、利用デバイス、プラットフォーム、ユーザの行動履歴まで加味して偽陽性を見破る必要があるが、多くの銀行や決済会社はそれをできる能力を持たない
例えば、NFTの購入においては限定数のNFT配布がはじまるドロップと呼ばれる瞬間があり、ユーザはこれを逃さずNFTを手に入れたい欲にかられます。これは個数限定・期間限定でコンテンツを提供し、高い注目度を集めるドロップモデルと呼ばれるマーケティング手法で、ストリートウェアからCPGブランドまで幅広く行っています。それ自体は特に目新しいものではありません。
一方でNFTを購入する場合、Walletが作成済みで、そこにNFTを購入できる資金が充当してあって、さらに該当NFTと同じブロックチェーンの規格の暗号通貨が必要になってきます。そこが通常のEC等での購入と異なります。
Walletへの資金充当は多くの場合、デビット カードや銀行口座から入金を行いますが、カード会社や銀行から入金を拒否されることがあります。これは、新しいWalletに資金を提供する際の詐欺のリスクが非常に高いためです。拒否率は 50% 以上あり、入金できても最大 $500 程度に制限されることがあります。これにより希少な NFTがドロップされても即座に購入できない状態となっています。
そこでSardineが提供するAPIをサービスに組み込むと、多数のタッチポイント(デバイス、プラットフォーム、ユーザ行動履歴)からデータを収集し、それをもとに独自のアルゴリズムによる不正検知を行います。これにより、銀行振込またはカードから入金があった際の、承認率を上げ(Sardineによると90%以上)、さらに限度額を高くすることができます。これによりリスクを抑えながら、必要な資金を即座に準備し購入することができるものとなっています。こうしたSardineのソリューションは上記のMagicにも取り入れられており、事例も生まれています。ほかにもBrex(法人向けクレカ)、Blockchain.com(暗号通貨取引所)などにも使われています。
当然ながら上記の方法はWeb3に限ったものではなく、Web2のサービスでもより多くのタッチポイントを使って不正取引検知の精度を上げることができます。Sardineのようなソリューションを自社サービスに組み込むことでWeb2/Web3で発生するリスクを一気に下げることが可能になります。
SardineiはAndreessen Horowitz、Google Ventures、Visaなどから、2022年9月に5,150万ドル(約74億円)の資金調達を行いました。Web2とWeb3にまたがる不正取引防止のソリューションとして、今後さらに広がる可能性を秘めています。
おわりに
今回は「Web3が一般普及するために必要な利便性と安全性」についてとりあげました。
今回取り上げたように、現在Web2の大多数のユーザがWeb3に興味を持ったとしても気軽に使えない状態になっています。それに対して、Web2のアカウントをベースにしたり、Walletを使えるまでの時間を短縮したり、不正取引や詐欺を防止したり、「便利・安全」をエンハンスするソリューションが多数登場しています。今後さらにこうしたソリューションは拡大してくると思われ、エンドユーザがますます使いやすくなる環境が整ってくると思われます。Web3が普及するには、わけのわからない言葉(≒Web3専門用語)や複雑なプロセスを排除し、エンドユーザが意識せずサービスを利用できる状態の実現が非常に重要です。
MagicやSardineの例は、新しいサービスを作る際にどのようなことが既存ユーザにとってのハードルになるのか、それをどう解決していくのかという点においても非常に参考になるのではないでしょうか。
Ximera Media Next Trends のトップページへ
キメラは2019年1月以来、70を超える国内パブリッシャー(新聞社・出版社・放送局)でサブスクリプションの事業設計、デジタルメディアのグロース、分析体制の構築などを支援しています。コンテンツのエンゲージメント分析ツール「Chartbeat」の日本総代理店として、デジタルメディアの分析支援や分析体制づくりに取り組んでいます。自社開発のサブスクリプション管理プラットフォーム「AE」の提供を開始し、地方新聞社・出版社・Webメディアをはじめとした幅広いデジタルメディアの有料会員サービス基盤として採用されています。
- ニュースレター配信登録
- お問い合わせ mail: contact[at]ximera.jp
- キメラのコーポレートページへ