Ximera Media Next Trends #34|Ikuo Morisugi|May 19, 2022
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はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第34回となる今回は、「キャリア開発を支援する会員コミュニティ」について、取り上げます。
2020年にはじまったコロナ禍によって、人々の仕事のスタイルや価値観が大きく変わりました。外出が制限され、今まで盛んだった飲食・旅行・エンタメは産業全体が大きなダメージを受け、多くの企業がリストラやビジネスモデルの変革を求められました。またコロナ禍で業績を伸ばし株価も好調だった企業であっても、リモートワークでのコミュニケーションの難しさに悩まされながら、いかに従業員にフレキシブルな環境を与えつつ生産性を高めるのか苦慮しています。
USではコロナパンデミックを契機に「Great Resignation(大離職時代)」を迎えました。USの非農業従事者の離職者数は、2001年頃から年間200-300万を推移していましたが、2021年8月にはここ20年間で最大の430万人を超えました。
これは以下のような要因が複合して起こっていると言われています。
- リモートワークを気に入った人がコロナ禍後もリモートワークを続けられる環境を求めた
- 自身の業界が不況になったことで、転職を余儀なくされた
- 経済活動自粛による貯蓄額の増加で、待遇よりも自身のやりたいことを職にしたい人が増えた
- 仕事とプライベートがわけづらくなりバーンアウト(燃え尽き症候群)した
- 業績好調なデジタル関連の求人が増え、待遇改善の機会が増えた
こうした状況において個人は、人生の中で自身のやりたいことや叶えたいことを実現するためにどのようにキャリアを積んでいけるのか、転職という選択肢も含め以前にも増して考えるようになっています。また企業としても、この状況を黙って見過ごすことはできず、優秀な人材に自社にとどまってもらうための施策を打つ必要があります。
こうした状況に対するソリューションとして需要が急増しているのが、有料会員制のプロフェッショナルコーチング&コミュニティ提供によるPersonal Developmentの支援です。Personal Developmentとは、個人の可能性と潜在能力を引き上げ、夢や願望を実現し、生活の質を高めるための一連の活動を指します。
Personal Develomentの質を高めることで、個人は今後さらに充実した人生を歩める可能性が上がります。また、会員コミュニティにより提供されるPersonal Developmentの支援を企業が採用することで、従業員のネガティブな離職抑止に役立ち、良い企業文化を創造することにつながります。
今回取り上げる有料会員コミュニティは年間20万円を超えるような高額なコミュニティですが、それが非常に人気を博しています。かつ高度なテクノロジーが利用されているわけでもありません。コンテンツに高付加価値をつけられるビジネスの事例として、本稿でテーマとして取り上げます。
Medley: プロフェッショナルコーチング&コミュニティ
同じゴールを目指す個人をグループ化してプロフェッショナルコーチングを提供することでPersonal Developmentを支援しているのがMedleyです。
Medleyは、キャリアバックグラウンドの異なる6-8人でグループを組み、1回あたり90分のセッションを全8回以上行う4ヶ月程度(セッションは隔月実施)のプログラムを提供しています。
①キャリアチェンジ(For the Career Transition)、②人生への考え方(For Fuel)、③リーダーシップ(For the Leader)、④親としてのアイデンティティ(For the Parent)、⑤クリエイターの生き方(For the Creator)の5つテーマ(Track)から選択し、同じTrackを選んだ人たちでグループが構成されます。
グループに対して専門のコーチがつき、メンバーに対してテーマを与え、さまざまなフレームワークやツールを利用しながら、Personal Developmentが促進されます。
MedleyはLinkedInとパートナーシップを組み、企業の従業員向けのPerosonal Developmentのパイロットプログラムを実施しました。結果として、NPS(Net Promoter Score: 他者に対してどれくらいそのサービスや製品をおすすめするか)が99%となり、非常にポジティブな効果が確認されました。
ビジネスモデルとしては、年間契約モデルのみでMembership Feeとして1595ドル(約20.8万円)を参加者が支払うモデルとなっています。多くの個人にとって20万円超の料金を支払うのは厳しいため、LinkedInの事例のように企業が従業員に対して提供するプログラムとして採用する他、個人でも機会に応じたディスカウントを提供(おそらく年収に応じた割引プラン (筆者想定))することで利用者を増やそうとしています。
Medleyは2021年10月にAndreessen Horowitzをリード投資家としたSeedラウンドで、370万ドル(約4.82億円)の資金調達を行っており、さらに企業向けのプログラムを増やしビジネスの成長をさせていく狙いがあると思われます。
Chief: 女性エグゼクティブ特化のプロフェッショナルコミュニティ
Personal Developmentを女性のエクゼクティブに特化して支援しているのがChiefです。CheifはC-Suite(所謂CXO)、Vice President、Executiveと呼ばれる、企業でハイクラスに所属する女性のみが参加できるプライベートコミュニティです。Google、Apple、HBO、NASA、Nike、American Expressなど8500以上の企業から、12000人以上の女性エクゼクティブが参加しています。
コミュニティ参加者はエクゼクティブコーチ付きのコアグループに分けられ、プロフェッショナルエクゼクティブとしてのトレーニングプログラムを受講できます。
またメンバー同士で、苦労やチャレンジについて共有すると、経験のあるメンバーがサポートやガイダンスを提供します。ハイクラスの女性エクゼクティブのみが所属できるコミュニティであるため、同等の悩みを過去に抱え解消したメンバーとマッチングすることで、実践的で役に立つアドバイスを得られることがChiefの一つの強みと言えます。Cheifはコミュニティのメンバーを厳選しているからこそ質の高いネットワークを構成できています。
女性のシニアエクゼクティブであれば誰でも参加を許しているわけではなく、参加希望者の経験、所属企業、扱う予算規模、業績、表彰歴など様々な観点での審査があります。2022年3月時点で6万人以上がウェイトリストでこのコミュニティへ参加を希望しているとされています。この選考プロセスやウェイトリストの多さからもコミュニティの質を非常に重要視していることが伺えます。
他にもプロフェッショナル向けのテーマが設定されたワークショップやディスカッションへの参加や、San Francisco、New York、Chicagoにあるイベントスペースを使って、ワークショップやパーティなどを開くこともでき、メンバー同士のネットワーキング機会を最大化しようとしていることが伺えます。
ビジネスモデルとしては、Medleyと同じく年間会員費を取る形で、Executiveレベルで7900ドル(約103万円)、VPレベルで5800ドル(約76万円)となっています。2020年5月時点のメンバー構成は、40%がExective、60%がVPで、全体の30%が有色人種のメンバーが参加しています。
メンバー構成比が2022年3月時点でも同じと仮定した場合、1万2000人 x 40% x 7900ドル + 1万2000人 x 60% x 5800ドルで、年間の売上額は約100億円程度と推定されます(Grant Programと呼ばれる割引プランもあるため、実際はもう少し低い可能性があります)。
Chiefは2022年3月にCapitalG(Alphabetのグロースファンド)をリード投資家としたSeries Bラウンドで1億ドル(約130億円)を調達しました。企業評価額は11億ドル(約1436億円)で、1000億円を超えるいわゆるユニコーン企業となりました。
おわりに
今回は「付加価値を生むキャリア開発支援の有料会員コミュニティ」についてとりあげました。これまではどちらかというと、キャリア開発の観点では、各企業に最適化された従業員やマネージャーを育てるための研修やプログラムが提供されてきました。それ以外のキャリア成長につながる自己研鑽や人脈作りは基本的には個人がそれぞれ行っていました。
しかし、近年は例え表面上はうまくいっているように見えても、離職や転職を考える個人には従来の企業が提供するパッケージや自己流のやり方だけでは対応が難しくなっています。そんな中でPersonal Developmentに役立つプログラムやコミュニティをコンテンツとして提供することで、高い付加価値を生み出しています。これによって、企業は従業員のエンゲージメント向上につなげられ、個人は自身のキャリア成長の速度を上げることができます。
このように長期的にキャリアを形成していくためのアプローチは、キャリア成長を望む個人であっても、優秀人材を囲いたい企業側であっても、非常に重要になってきています。
質の高いメンバーをキュレートし、ワークショップやディスカッションを行うコミュニティを提供すること自体は従来からあるアプローチです。しかし、コロナパンデミックで表出した問題に対して、個人/企業に共通する課題解決を行いビジネスとして成立させたことは、今回の事例は新たなビジネスを生み出す観点でも非常に参考になります。
新たなメディアビジネスを考える際にも「付加価値を高める」コンテンツやコミュニティは何なのか、それは高度なテクノロジーがなくても実現できるものなのか、改めて考えてみるきっかけになると幸いです。