Ximera Media Next Trends #40|Ikuo Morisugi|August 30th, 2022
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はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第40回となる今回は「リスクを低減し成長を支援する新たなリテールテック」をとりあげたいと思います。
AWSやShopifyが生まれたことをきっかけにUSでは2010年頃からD2C(Direct To Consumer)のブランドやスタートアップが多数登場しました。有名な例で言えば、Everlane(ファッション)、Warby Parker(メガネ)、Glossier(スキンケア/化粧品)、Away(スーツケース)、Casper(マットレス)、allbirds(シューズ)など、様々な分野で著名なD2Cスタートアップが現れてきました。
そうしたD2Cは最初は実店舗は持たず販売チャネルはECのみ、顧客獲得チャネルは主に検索とSNSによるオーガニックトラフィックとオンライン広告のみで成長していきます。
しかし、売上が1000万ドル(約1400億円)を超えたあたりから、オンライン広告で顧客を獲得するよりも、オフラインで顧客を獲得する方が効率的となるタイミングがやってくると言われています。またWIKY LUXという化粧品D2Cの例では、オフラインで獲得した顧客の方がリピート顧客に3倍以上なりやすいといった事例もあり、D2CやそれまでEC専業でやってきた企業は、さらなる成長のため、実店舗展開を検討しはじめます。また、近年では大手ブランドでも新商品プロモーションや顧客獲得のため期間限定のポップアップストアを開く場合もあり、「スモールスタートで実店舗展開をはじめたい」という需要が存在しています。
一方で実店舗への進出は非常に敷居が高いです。実店舗は、店舗出店計画、テナント契約、店舗デザイン・設計、什器調達、スタッフ獲得、シフト管理、在庫管理、発送管理、運営フローやマニュアル整備、接客/アフター、売上/販売管理、マーケティング、POS・EC連携など、やること・考慮しなければいけないことが多岐にわたります。
店舗、什器、接客などECではほぼソフトウェア化されていた要素がハードウェア化されるため、管理やメンテナンスについてもECとは異なった知識・経験・労力が必要になってきます。また、新たにテナント賃料支払、什器調達やメンテコスト、運営ができる人材獲得、現場スタッフへの給与報酬など、当面かかる費用だけでも大きな額になり、失敗すれば会社への大きな負債になってしまいます。
近年こうした課題を抱える企業を支援するスタートアップが現れており、RaaS(Retail as a Service)、ゴーストリテイラーなど様々な呼び方がありますが、実店舗の企画・構築・運営を支援するソリューションを展開しています。
本稿ではリテール分野で新たなソリューションを展開するスタートアップを取り上げ、顧客の抱える課題を解決し成長を支援するビジネストレンドを捉えていきたいと思います。
効率的な立地と運営に関する面倒事を支援: Uppercase
上記の課題の中でも特に「効率的な出店分析・計画、店舗のバックオフィス業務」にフォーカスしてブランドへソリューションを提供しているのがUppercaseです。
どの都市のどの区画にいくらで出店するか、立地計画は成功するための要素として非常に重要ですが、実店舗出店経験の浅い企業にとっては、正しい意思決定ができるかかなり不安になる部分です。近年では、数十、数百というレベルの数で店舗を一気に展開するケースは少なく、大手不動産会社とバルクでの交渉もできません。また、不動産マーケットは常に流動的にマッチングが行われ、専門家でないと察知できないような表に出てこない物件も多数あります。
Uppercaseは、そうした課題を解決すべく不動産業者とネットワークを形成しており、独自のデータ解析と不動産アドバイザーにより、どの地区のどの物件に出店すべきかのコンサルティングを行ってくれます。また、実店舗をロンチするにあたって、必要なアポ取り、見学、テナント交渉、契約締結/更新/延長、保険、支払いなど、様々なバックオフィス系の手続きの面倒も見てくれます。
Casper(マットレス)のように商品が大きい場合や、化粧品のように購買前に体験することが重要な商品の場合、店舗はあくまでショーケースであればよく、購買自体はECサイトへ誘導すれば良いので、いかに人が来てくれる場所に立地できるかがより重要となります。
Uppercaseの支援は期間限定ストアも含めて短期間・長期間のどちらの店舗の場合であっても、その需要に答えてくれるソリューションになります。
またUppercaseは立地計画以外の支援もしており、Thinx(New Yorkの下着ブランド)の期間限定の店舗ロンチの事例においては、立地、店舗コンセプト、デザイン、構築、店舗オープンまで一連の流れを2週間で行っています。結果として、月間で3000人以上の来訪者、49%のコンバージョンレートという実績を出しています。期間限定店舗とはいえ、通常の店舗出店を考えた時に2週間という短さで実行できるのはかなり早いスピード感ではないでしょうか。
フルパッケージで出店と運営をお任せ: LEAP
Uppercaseは店舗立地計画やテナント契約/保険などバックオフィス系を中心に支援するソリューションですが、さらに提供範囲を広げて出店に必要な機能をフルパッケージでソリューション展開しているのがLEAPです。
上記の図の通り、店舗スタッフ、カスタマーサポート、非接触決済、店舗受け取りサービス、返品対応まで、店舗運営に必要なあらゆる機能を提供しています。ブランド側は出店までのすべてのサポートを受けることができます。一方で、必要な機能を組み合わせて導入することも可能になっています。Uppercaseのように立地計画やテナント契約についても当然サポートしています。
Leapでは各ブランドの企業情報から成長性やリスクを確認し、問題なければ契約することができます。そこから立地計画、店舗デザイン、設計、スタッフ獲得、トレーニング、POSや注文管理システム、BOPIS導入まで店の体験を含めて準備と支援をしてくれます。オープン後の来店数や注文数などはすべて専用のダッシュボードで確認するようになっています。
またLeapは、特定の地域でテナント契約をまとめて行い、複数の異なるブランドで店舗群を作り展開することで、費用面を効率的にしながらも、各店舗で必要な顧客層確保やブランドの独自性を保つことを可能にしています。例えばニューヨークでは、Elizabeth Streetに異なるファッションブランドが3店舗ありLEAPがまとめて支援しています。
店舗ビジネスはソフトウェアのようにネットワーク効果が働きづらいため、店舗を増やせば増やすだけ費用もメンテナンスコストも上がっていきます。さらに店舗スタッフやサポートの人員まで含めて、ここまでフルパッケージで店舗運営を任せられるLEAPのサービスはリテールビジネスの性質を考えるとかなり異色で、この業態を提供できている企業は現状他に見たことがありません。LEAPは、店舗を群としてタ最適化したり、店舗スタッフの共通ノウハウを蓄積することで、実店舗形態でもプラットフォームとしてペイする形を作ろうとしているのが垣間見れます。
これまでNAADAM、Something Navy、Ashley Stewart、Birdies、Frank and Oak などのブランドを支援しており、様々なブランドからの需要が伺えます。Frank and Oakはコロナ禍で自社運営していた店舗数を22から11まで削減しなければなりませんでしたが、LEAPを使って新たに2店舗をオープンさせています。
また2021年8月には、店舗数を300% 拡大し、2021 年末までに 50 か所、2022 年までに 250 か所にする計画を発表しました。2022年8月時点では、Open 64店舗、Coming Soon 6店舗で計画どおりの推移かは不明ですが、たしかに数は増加しています。
おわりに
今回は「リスクを低減し成長を支援する新たなリテールテック」についてとりあげました。
未だコロナ禍ではあるものの、世界的に行動制限は緩和されており、実店舗やオフラインイベントへ人流が戻ってきています。その中でD2Cブランドはもちろん、コロナ禍で店舗を閉鎖せざるをえなかった企業も含め、オフラインスペースで今までアクセスできなかったユーザ層へリーチする重要性が高まっています。
UppercaseやLEAPのような新たにリテールビジネスを支援するソリューションを利用することで、リスクを低減しつつ、より少ないリソースで効率的に実店舗展開をはじめることができます。
オフラインビジネスにおいては、ソフトウェアのようにコピーして量産できない部分もある一方で、共通化できる機能やサービスも数多くあり、うまくその共通項を抜き出し顧客にソリューション展開する考え方は新たなビジネスを考える際にも非常に参考になります。
Ximera Media Next Trendsではこうした引き続きこうしたオフライン関連のトレンドも追っていきたいと思います。
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