Ximera Media Next Trends #35|Ikuo Morisugi|June 8th, 2022
はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第35回となる今回は、「クリエイターエコノミーの実態とあるべき支援」について、取り上げます。
古くは2011年頃よりYoutube Starと呼ばれるYoutubeで収益を上げる人々が出てきたことに端を発し、近年ではYoutube、TikTok、Twitch、Spotify、Substack、またはその領域でクリエイターが収益を得ることができるようになりました。こうした状況はクリエイターエコノミーと呼ばれています。今やクリエイターは世界で5000万人以上存在し、1042億ドル(約13兆円)以上の市場規模があると言われている大きな産業となっています。
一方で十分な収益を稼いでいるクリエイターは多くはありません。5000万人以上いるクリエイターの内、いわゆる趣味レベルを抜け出し、生活に困らない年収を得ているクリエイターは1%しかいないと言われています。
例えば、下図のように各音楽プラットフォームでの100万再生あたりの収益(Per Million Streams)は、Spoitfyで3,180ドル(約41万円)、Apple Musicでも8,000ドル(約104万円)で、アメリカの東海岸で生活に困らない年収レベル(60,000ドル = 約780万円程度)を稼ぐには、それぞれ、Spotify 1886万回、Apple Music 750万回の再生が必要です。
750万回の再生は、グローバルレベルのミュージシャンでようやく到達するような数字です。多くのマイナーなアーティストにとって現実的ではありません。こうした数字からクリエイターの1%しか専業で生きていけない実態を感じます。
このように上の図にある99%のHobbyist(趣味)を今後いかにFull Time Creator (専業)/ Star(スター)/ Mogul(大御所)へ移行できるかが、クリエイターエコノミー拡大への課題となっています。
専業クリエイターを増やすためのひとつのアプローチが、スタートアップ投資のように才能あるクリエイターに対して「前払い」で資金を提供し、その後に上げる収益でリクープするモデルです。今回はその仕組みを提供するスタートアップを事例として取り上げ、メディアがクリエイターとどう付き合っていくべきかを考えるための一つの材料となればと思います。
クリエイターがクリエイターを支援する: Creative JUICE
より良いアイディアを持っているにもかかわらず資金繰りの問題でアイディアを実行できないクリエイターは多数存在しています。クリエイターはアシスタントを雇ったり、撮影スタジオを借りたり、新しい機器を購入できれば、より大掛かりな企画に挑戦することができます。
例えば9500万人のフォロワーがいるYoutuber/実業家のMr.Beastは、自身が丸ごと所有している島を使い、その島で生き残った最後の一人に賞金を送るイカゲームを模したバトルロワイヤルを動画の企画として実行しました。
動画の再生回数は2022年5月27日時点で2.5億以上、スポンサーのゲーム(ブロスタ)は初回DL数が前週比4.5倍となり収益が大きく押し上げられる結果をもたらしました。しかし、賞金総額は合計150万ドル(約1億9000万円)、設営費用200万ドル(約2.6億円)、さらにその後、売却する島に砂や木を植えるなど整形するのに2000万ドル(約26億円)、合計でこの企画に約3000万ドル(約39億円)かけています。
スポンサー費用や動画広告の収益を加味しても、この動画単体だけではおそらく赤字(Youtubeでは1億再生で推定1000-3000万円ほどの広告収益)。Mr. Beastが手掛けるビジネスは、アパレル、飲食、アプリなど非常に幅広く、関連ビジネスへの集客としても大きな認知を得てトータルでペイしているものと考えられています。
この例はかなり極端なものになりますが、大きなインパクトを残すような企画を実行するには一般のクリエイターでは到底手元の資金では足りません。また旧来の銀行ではクリエイターのビジネスモデルは理解されがたく、一般的な中小企業のように融資を受けるのが難しいという側面もあります。さらにクリエイターの収益がグロースするかは、個人の企画やスキルに依存することになり、ベンチャーキャピタルが期待する何十億円規模の収益レベルにビジネスがスケールするか読めないため、リスクマネーも投入されにくいです。
このような状況を解消するために、MrBeastが投資家としても参加しているクリエイター専用の銀行・金融サービスのCreative JUICEは、Youtubeなどのメディアで活躍するクリエイターの予定収益(6ヶ月-3年間)をJUICE側へ一部シェアすることと引き換えに、Juice Fundsと呼ばれるファンドから前払い金を受け取ることができるサービスを提供しています。最大で200万ドル(約2.6億円)を、2.5万ドル(約325万円)〜50万ドル(約6,500万円)の範囲で区切って資金が提供されます。
興味深いのは、このプログラムはクリエイターが借金するのではなく、前払い金の返済時に不足分のリスクを負うのはCreative JUICE側となることです(収益ベースの資金調達)。収益シェア期間を過ぎたタイミングで、前払い金以下の支払い額となってしまってもCreative JUICEがそのリスクを負います。逆に予定収益通りであれば、Creative JUICE側も前払い金以上にリターンがあると想定されます。
Juice Fundsが活用された事例として、キーボードなどハードウェアをエンターテイメントとして扱うメディアのSwitchandClickは、Juice Fundsを使用して新しい機器を購入し、ビデオ編集者を雇いました。その資本の注入により、彼らは収益を70%増加させ、残りの期間の半分で収益分配契約から買い取ることができました。
Creative JUICEは当初200万ドル(約2.6億円)でスタートさせた第1号ファンドがうまくいき、2022年4月には、新たに5000万ドル(約65億円)の第2号ファンドをスタートさせました。今後資金がなくても面白い企画を実行できるクリエイターの専業化をますます促進していくことが期待されます。
スーパーファンから資金調達する: Superjoi
クリエイターが前払い型の資金を得るために、スーパーファンがクリエイターの支援者になり、収益分配を得ることができる仕組みを提供しようとしているのがSuperjoiです。クリエイターにとっては前払い式の資金調達手段となり、ファンにとってはProduct Huntのように良質なクリエイターを発見する場としてSuperjoiは位置づけられます。
ファンがクリエイターを支援するプラットフォームは既にPatreon、OnlyFans、Kickstarterなどが存在していますが、ファンの課金(資金支援)に対してリワードやコミュニティを提供することが多く、ファンに収益を分配することはできませんでした。近年では株式購入型のクラウドファンディングもありますが、クリエイターは株式会社でないことも多く、株式発行ができないためあまり向いていません。
ファンにも収益分配や金銭的なリターンを提供できるスキームはWeb3や株式購入型クラウドファンディングでは標準的な考え方ですが、クリエイターに特化した資金調達プラットフォームとしては、まだ決定版が出現していない状況です。Superjoiはその座を狙っているものと見られます。
Superjoiは、米ドルに対して1:1で連動する独自通貨であるSuperjoi Coinをクリエイターとファンに提供し、ファンに金銭的報酬を発生させることで経済圏を作り込んでいます。ファンがクリエイターを支援するには、Superjoi Coinを必要額購入して、好きなキャンペーンに支援額を投じます。各クリエイターはSupercoinを現金化して資金として使い、スーパーファンには限定アクセスや特典がを付与されます。
2022年5月時点ではベータ版で、ファンには金銭的報酬はなく特典のみの提供となっていますが、2022年の夏以降に支援したプロジェクトから生まれた広告収益の分配をファンに与える仕組みが提供されるとしています。
ビジネスモデルはクリエイターがクラウドファンディングのキャンペーンで希望する資金調達額に対して10%の手数料を課す形となっています。Superjoiは2022年4月にAscension Ventures等から250万ドル(約3.2億円)を調達しました。今後のクリエイターへの前払い式の資金調達プラットフォームとして確立できるか注目です。
おわりに
今回は「クリエイターエコノミーの実態とあるべき支援」についてとりあげました。現在多くの人々がクリエイター化していることは肌で感じられるものの、実態の収益分配の形としては、勝者総取りに近いものとなっています。
この状態が良いのか悪いのかは議論がわかれるところですが、よりたくさんのクリエイターがいることでより多様な価値観やサービスが生まれ、ニッチな細かいユーザ需要も満たせるようになるため、専業クリエイターがさらに増える状況が期待されます。
こうしたクリエイター支援の取り組みは、クリエイターと組んでコンテンツやキャンペーンを製作する、クリエイター向けの新たなビジネスを提供する、など企業にとっても、新たな発想をもたらす可能性があり、今後も注目すべきかと思います。