独立したECブランドの維持需要はこれまで以上に高まっている
By キメラ|Ximera Media Next Trends #22| @October 20, 2021
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はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第22回となる今回は、「ユーザ獲得のためのネットワーク」を取り上げます。
本連載第19回でSaaSのユーザ獲得コスト(CAC: Customer Acquisition Cost)が年々上がっていることを共有しましたが、これはSaaSに限らずほかの業界でも起こっています。たとえば、Facebookの1000インプレションあたりの広告コスト(CPM: Cost Per Mille)は、2020年1月には9.89ドル(約1,000円)でしたが、2021年9月には14.46ドル(約1,500円)になっており、1.5倍程度高くなっていることがわかります。
こうした状況で効率よくユーザを獲得しようにも、広告出稿以外にはSEOなどオーガニックに集客する必要があり、とくに資金力やリソースが少ないブランドには厳しい環境となっています。そこで近年ブランド間で独自のネットワークを形成し、お互いにユーザを融通し合うことで、課題を解決しようとするスタートアップが登場しています。
本記事では特にEC領域でその課題に取り組むスタートアップを紹介したいと思います。
チェックアウトのブランド間ネットワーク: Bolt
ECにおいてカートに物を入れて決済完了するまでのプロセス(チェックアウト: ユーザアカウント登録/ログイン 、配送先登録/オプション選択、支払い)はユーザが離脱してしまう大きなポイントの一つです。米国ではデスクトップを使うECユーザの約70%がカートに物を入れたまま離脱するいわゆる「カート落ち」しており、モバイルに至っては85%と大きな数字になっています。これはUSのみで年間100兆円、グローバルでは年間1000兆円に相当する金額のカート落ちが起こっていることを表しています。チェックアウトのソリューションを提供するBoltはこれを「チェックアウト・コンバージョン・プロブレム」と呼んでおり、これを解消するためのプロダクトを提供しています。
Boltは 1. ShopifyやBigCommerceなど既存のECプラットフォームのチェックアウト体験を最適化するインテグレーション機能、2. 自社開発のECでも組み込みが可能なAPI・SDK の提供と、2種類の実装方法を提供しています。ECプラットフォームのチェックアウト機能ではカスタマイズできる範囲に技術的に限りがあり、一方で自社開発を進めようとするとチェックアウトだけに多くのリソースを割くことになります。そこにBoltを使うことで最低限のリソースで細かな要件に対応することができるのです。たとえば、チェックアウト時の入力項目の最適化、不正利用防止、会員登録不要のアカウントの保存・復元、自動ABテストなど、Boltではチェックアウト体験を最適化するためのあらゆる工夫が施されています。
Boltのチェックアウトでブランド間ネットワークを強化する仕組みがOne-click Checkoutと呼ばれる仕組みです。One-click Checkoutでは、一度Boltのチェックアウトプロセスを経たユーザが、Boltのチェックアウト機能を使う異なるブランドサイトへ訪れた場合、決済時に前回のチェックアウトデータ(名前、住所、決済手段などの情報)を呼び出すことができます。ソーシャルアカウントやAmazonアカウントによるサインアップ・ログインに似ていると感じると思いますが、One-click Checkoutは電話番号を入れSMS認証コードを入れる2ステップで名前、住所、決済情報がすべて復元され、初期会員情報登録やパスワードが不要で決済完了できる点がUXとして優れています。60%のユーザがOne-click Checkout用に情報を保存することを選んでおり、Boltネットワーク内のブランドにとって、初回・再訪ユーザどちらにも有効なアプローチとなっています。
Boltはこれまで1000万人以上のユーザに利用され、Bolt導入ブランドのうち96%がBoltネットワーク経由の購入を経験しています。Boltの仕組みを入れたことにより、コンバージョン率が190%上がった事例も確認されており、チェックアウトで起こる問題を確かに解消していることが伺えます。
Boltは2020年12月にWestcap、General Atlantic(いずれもグロースステージ企業への投資をメインとするPEファンド)をリード投資家とするシリーズCラウンドにて、7500万ドル(約80億円)の資金調達を実施しており、今後もさらなる拡大が期待されます。
コンテンツディスカバリーネットワーク: co-op commerce
上述のBoltはチェックアウトについてブランド間でユーザを融通していましたが、次にコンテンツを発見するためのブランド間ネットワーク(コンテンツディスカバリーネットワーク)を作る事例をご紹介します。
USでは中小のECプラットフォームとして、Shopifyが大きなシェアを占めています。USのGMV(総取引額)のシェアはすでにWalmartを超え、Amazonに次ぐ2位となっています(ShopifyストアのGMVの総額)。Shopifyは自社のブランドを維持しながら運営が可能ですが、やはりユーザ獲得をするにはGoogleやFacebookで多額の広告を使わざるを得ず、多くのShopifyストアが適正なROIを達成できていないと言われています。その課題に対してPost Purchase Partnership(購入後のパートナーシップ)と呼ぶ仕組みで解決を図ろうとしているのがco-op commerceです。
co-op commerceはco-opに参加するブランド同士がそれぞれのECの購入完了ページで互いの商品を掲載し合うことができるプラットフォームです。自社ブランドに訪れるユーザが購入完了ページに掲載された他ブランドの商品を見るたびに、ブランドはポイントを獲得することができます。ブランドはそのポイントを使って、co-opネットワークで掲載される自社の商品の露出を高めること(広告出稿のような位置づけ)ができるパートナーネットワークができあがっています。
co-opの価値設計のポイントが「購入完了ページでの掲載」と「パートナーネットワーク」です。すでにホストサイトでの購入を終えた購入完了ページで他ブランドの商品を掲載することによりユーザ単価を下げず、かつユーザの流出を防ぎ、クロスセルを狙えるようになっています。もちろん自社の商品のアップセルリストについても購入完了ページに掲載可能です。また、購入完了ページで過度に購入を煽ることにより懸念されるブランド毀損についても、アップセル/クロスセルのオンオフスイッチで制御できます。また、自社サイトで他ブランドを露出してあげればあげるほど、自社ブランドもco-opのネットワーク内で露出が増えることになるため、相互にメリットがあるパートナーネットワークが確立されています。
このPost Purchase Partnershipにより、ブランドはCACを下げ、新たなユーザの獲得と平均単価の向上が可能となっています。たとえば、調理器具を扱うブランドMade In Cookwareは、co-opを導入したことで、ほかのチャネルよりも57% CPA(Cost Per Acquisition)が低くなり、co-opネットワーク経由のユーザの80%は新規訪問がありました。
co-opは2021年6月時点で、500ブランドをネットワークに巻き込むことに成功しており、さらなる成長に向けてBessemer Venture Partners(Twitch、Pinterest、Boxなどへの出資で有名なトップティアのVC)やShopifyから580万ドル(約6億円)の資金調達を実施しました。co-opはShopifyの3rd Partyアプリとして成功していることもあり、今回のShopifyからの出資は同社が分散型のコンテンツディスカバリーへの強い興味を抱いていることを伺わせます。
おわりに
今回は「ユーザ獲得のためのネットワーク」についてとりあげました。
Shopifyが大きく売上を伸ばしていることを鑑みるに、独立したECブランドを維持する需要はこれまで以上に高まっていると感じます。Amazonのように中央集権的なマーケットプレイスでコンテンツを発見するのみではなく、Shopifyのように分散型の環境でもユーザがコンテンツを発見できるようにすることがブランドからもユーザからも求められています。メディアの世界においても、前回の記事で取り上げたHashnodeが同様の仕組み(独自ドメインを維持しながらフィードで他サイトのコンテンツを発見できる)をブログの領域で提供しています。また近年のブロックチェーンを活用した分散型Webやアプリ(dApps: ブロックチェーンを用いたサービスやゲームを提供するアプリの総称)が登場している中で、こうした仕組みはさらに重要になっていくと考えられます。
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