本業ではないからこそ新たな発想でサービス提供が可能に
Ximera Media Next Trends #31|Author: Ikuo Morisugi|March 8, 2022|People illustrations by Storyset
はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第31回となる今回は「サスティナブルファイナンス」について、取り上げます。
前回の記事では「サスティナブルコマース(持続可能なコマース)」領域において、ファッションやチケットの二次流通市場への取り組みを取り上げました。今回はその続編としてサスティナブルの軸足をファイナンス(金融)に移します。
ファイナンスのなかでも、パーソナルローンは「クレジットカードを使いすぎてしまい返済が滞る」、「住宅や車など返せない額を借りてしまう」、「学生ローンの残債が返せず社会人になっても豊かな生活ができない」など、身近で起こりうる大きな社会問題となっています。
アメリカでは、家庭で抱える負債として、住宅ローン、カーローン、クレジットカード残債、学生ローンの4つのカテゴリーの負債の額が圧倒的に大きいです。とくにクレジットカード残債と学生ローンについては、収入の少ない学生時代から長期間にわたり負債として残りつづけることや、住宅ローンやカーローンなどに比べて高い金利となっていることから、より多くの人にとって共通する問題となっています。
今回は、このクレジットカード残債および学生ローンの問題をよりサスティナブルな形にすることで解消を試みるプラットフォームに注目して事例を見ていきます。
費用の見える化と教育でクレカ残債解消:Happy Money
アメリカでは70%の人が少なくとも1枚以上のクレジットカードを保有しており、40%の人がクレジットカードを使う傾向にあります。他国と比較しても、クレカの残債額が高く、貸し倒れとなるケースも多く発生し、非常に大きな問題になっています。
この問題に対して、Happy Moneyはクレジットカードの残債を解消するためのパーソナルローンを提供しています。年利5.99〜24.99%の固定金利で、5,000ドル(約55万円)~4万ドル(約440万円)を貸し出し、2〜5年かけて返済されるプランです。Happy Moneyの実体としては、資金を貸したいクレジットユニオン(信用組合)とクレジットカード負債を解消したいユーザをマッチングするマーケットプレイスとして機能しています。
これだけ見ると借金返済のための借り換えパーソナルローンに見えますが、Happy Moneyには大きく2つの特徴があります。1. 見えない費用(Hidden Fee)を極力減らし、返済する費用を返済者が正しく認識できるようにしていること、2. 状況の可視化や教育プロセスなどうまくパーソナルローンを解消するためのツールやプログラムを提供していることの2点です。
1. について、ほかのパーソナルローンサービスでは、登録料や早期払手数料、遅延手数料、小切手支払手数料、年間手数料など、さまざまな名目で手数料を取ることが常態化しています。これらはわかりにくく、隠されていると感じる費用としてHidden Feeと呼ばれています。一方でHappy Moneyでは、Hidden Feeは一切かからないようにして事業を運営していくためのサービス料として、Origination Feeと呼ばれる0〜5%の手数料のみを課しています。一方クレジットカードの金利の中央値は19.49%(2022年2月時点。Investpediaより)です。このようにわかりやすく、かつクレジットカードよりも低い金利でお金を貸すことで、自転車操業になりがちな借り換えによる高金利の債務膨張を抑え、借金返済を楽にしています。
また2.について、Happy Moneyでは、返済者向けのポータルサイトを用意しており、ローン返済者が返済の進捗状況を確認したり、Happy Moneyのサポートチーム(Member Experience Team)へ相談したりすることができます。またPeaceと呼ばれる認知行動科学や心理測定学をベースとしたプログラムにより、健全な精神と金融リテラシーを身に着け、借金地獄に陥らない生活を営むためのスキルを身につけることができます。Peaceでは事前に、性格評価、ストレス評価を行った上で、10分ほどの短いプログラムを6週間にわたり受けることでスキルを向上させていきます。
Hppay Moneyはこれまで、約20万人以上に対して、37億ドル(約4070億円)のローンによる資金を提供してきました。また、2022年2月には、5000万ドル(約55億円)の資金調達を行い、Pre-Money11億ドル(約1210億円)の時価総額がつくユニコーンFintechスタートアップとして投資家からも大きな期待を持たれています。今回の資金調達によりサスティナブルなパーソナルファイナンスが、さらに多くのユーザにもたらされることが期待されます。
Z世代向けのネオバンク:Mos
お金に困っている学生にとって、奨学金は学費を払い生活をするための重要なオプションの一つです。奨学金を得るために銀行口座が必要となりますが、アメリカで銀行口座を開くには、一般的に一定以上の金融スコアが必要となったり、大きな額の預入金を要求されます。また、口座を開いたあとも、お金が足りなくなった際にはオーバードラフトフィー(口座資金が足りない場合に銀行が超過分を建て替えるかわりに、上乗せされる手数料)、支払い延滞金、ATM取引手数料などさまざまな費用がかかってきます。結果として、そもそもお金に困っていたから奨学金を得たにも関わらず、銀行の諸費用や利息を払うことになり、学費や生活に使えるお金に制限が生まれてしまう問題がありました。
この問題に取り組んでいるのが、FintechスタートアップのMosです。Mosは学生向けのChecking口座(日本の銀行でいうところの普通口座に該当)と資金の引き出し・振り込み・クレカ加盟店での決済が可能になるデビットカード (Mos Card)の発行をしています。また、Mosで口座を開くことで、アメリカ最大の奨学金制度を使って奨学金の申請・獲得・返済が可能になります。さらに1on1で専門家からのアドバイスをもらうことも可能となっており、学生がサスティナブルな形で口座を運用できる金融サービスを提供しています。
Mosの口座はオーバードラフトフィー、延滞金、ネットワーク内ATM手数料、いずれも無料になります。また口座開設時の最低口座残高もありません。こうした口座開設ハードルの低さやHidden Feeのない透明性がZ世代の学生から人気を得て、ロンチの最初の四半期で10万人以上がMosのアカウントを開設しました。創業者のアミラさんは今後Mosがアメリカで10番目に大きなネオバンクになると考えています。
Mosのビジネスモデルとして、もともとは教育系スタートアップとして学生のコミュニティを運営し、奨学金へのアクセスを促進することによる手数料を生業としていましたが、BaaS(Banking as a Service、銀行ライセンスを持たずに銀行関連サービスを可能にするSaaS)を利用して、Mosブランドで銀行・カードを提供することで追加の収入を得ることを可能としました(銀行機能自体はBlue Ridge Bankが提供)。ユーザがMosのデビットカードを使用することで得られるInterchange Fee(相互接続手数料)をカード発行のパートナー銀行とレベニューシェアすることによってマネタイズを行っています。
これまでMosは40万人以上の学生に対して、総額1600億ドル(約17.6兆円)を超える奨学金プールへのアクセスを提供してきました。また、2022年2月には、Tiger Global(PEファンド)やセコイアキャピタル(USのトップベンチャーキャピタルの1つ)が参加するシリーズBラウンドで、4000万ドル(約44億円)の資金調達を行い、4億ドル(約440億円)の時価総額となっています。通常はスタートアップが資金調達をするためのプレゼンを行い、投資家を募るプロセスが一般的ですが、本資金調達では、Mosはいくつかの投資家からのタームシート(投資契約のため基本条件)を断り、ピッチデック(投資をしてもらうための説明資料)も使わなかったことで、非常に投資家からの期待が高い案件であることが伺えます。
おわりに
今回は「サスティナブルファイナンス」についてとりあげました。とくにパーソナルローンの領域では、Happy Money、Mosの両社は、できるだけユーザの金銭的負担を取り除くと共に透明性を上げた上で、教育や専門家のサポートなど、ユーザの具体的なアクションに関しても関与しています。これによって、ユーザの貸し倒れや使いすぎといった悪い債務サイクルから抜け出させることで、問題解決を図ろうとしています。ここはまさにサスティナブルという言葉がしっくりくる点で、長期的に良い方向を目指すひとつの好事例と言えるかと思います。
また両社とも銀行ではないと宣言しており、マッチングサービスやBaaSを利用したネオバンクと言われる存在です。もともと銀行やクレジットカードをサービスとして提供していない会社がBaaSによってFintech化することで、新たなビジネスを始める面でも参考になるのではないでしょうか。
今回はFintechを事例としましたが、本業ではないが本業ではないからこそ既存の業界にはなかった新たな発想でサービス提供が可能になります。ノーコードツールやFintechなど、次々に登場する新たな分野への取り組みを容易にしてくれるツールを使って、イノベーションを提供していくことが重要になるのではないでしょうか。
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