Ximera Media Next Trends #65|Ikuo Morisugi| 2024.10.09
はじめに
YouTubeやTikTokといった動画プラットフォームの普及により、誰でも気軽に動画を発信できる時代が到来し、ますます動画クリエイターの増加に拍車がかかっています。
誰でもアップロードができるようになった上、人気企画はすぐにコピーできるものも多く、各動画クリエイターはよりアテンションを獲得するために動画の品質での差別化が求められます。動画の品質をより高めるためには、キャッチーでわかりやすいストーリーテリング、感情やユーモアの挿入、視聴者がインタラクションしやすいひっかかりなど、様々な観点で動画を構成していく必要があります。
実際に上記の観点を満たすプロクオリティの動画を制作するには、大量の素材を集めて、コンマ単位の編集にこだわるクリエイターも少なくありません。この作業には膨大な時間と労力が必要となります。従来の動画編集ソフトウェアでは、高度な編集スキルを持たないユーザーにとって、映像のカット、テキストの挿入、音楽の追加といった作業が大きな壁となっていました。
さらには、ショート動画からユーザを獲得し、ロングフォーム動画で定着させるという近年のユーザフローが主流になったことで、長時間の映像素材から最適なクリップを選ぶ作業や、手動での字幕追加、複数のプラットフォーム用に動画をリサイズする作業もあり、いずれも大きく時間を要します。
これに対して、生成AIの登場が大きな変革をもたらしています。生成AIを活用することで、動画制作プロセスが劇的に効率化され、動画クリエイターはよりクリエイティブな作業に集中できるようになってきました。
本稿では、生成AIを用いて動画制作プロセスを半自動化し、業務効率を大幅に向上させることに成功しているスタートアップの事例を紹介します。これにより、動画制作の未来像がどのように変わりつつあるかを示し、新たなサービスや事業を考える際の参考になれば幸いです。
動画制作の半自動化: Pictory
Pictoryは、生成AIを活用して動画制作プロセスを半自動化するサービスを提供するワシントン発のスタートアップです。Pictoryのビジョンは、動画制作の民主化。技術的なスキルがなくても、誰でも簡単に高品質な動画を作成できる環境を提供することで、個人や企業が持つクリエイティビティを最大限に引き出すことを目指しています。
従来の動画編集では、映像のカットや字幕の追加といった作業が手動で行われていました。これにより、特に大量のコンテンツを扱うマーケティング担当者やエージェンシー、ソーシャルメディア運営者や動画クリエイターまで、動画制作は大きな時間的な負担となっています。Pictoryは、これらのプロセスをAIが自動で処理することで、編集作業を大幅に効率化します。
Pictoryを使うことで、テキストから動画生成(Text to Video)、スクリプトから動画生成(Script to Video)、画像から動画生成(Image to Video)、テキスト記事から動画生成(Blog to Video)などが可能になります。
例えばScript to Videoでは、シーン毎に伝えたいメッセージをテキストの脚本として作成し、それをPictoryにわたすだけで、シーン毎に必要な画像、キャプション、BGMを生成することができます。Blog to Videoはそれを更に進化させ、ブログ記事があればURLを貼り付けるだけで、自動でシーン毎に分かれたScriptを作成し、それを元に動画生成がされます。ブログ記事に使える画像が入っていれば、それも動画の素材として利用してくれます。さらに、動画編集工程では、アスペクト比の調整、自動字幕生成、生成音声AIでカスタマイズした音声キャプションの挿入なども可能になっています。
ユーザーは、一定のフォーマットに沿ったものであれば、ある程度の品質を保った動画を数クリックで作成できるため、従来の複雑な制作プロセスを簡素化できるメリットがあります。静的画像の遷移、キャプション、BGM、音声だけで構成される動画の場合、PIctoryだけで作れてしまうケースも生まれています。
動画制作では、初期のプロット段階で、次いで簡易デモの段階で、といった具合に制作プロセスの間でたびたびに関係者間での作品の方向性のイメージ合わせをすることがよく行われます。Pictoryのようなツールは、こういった初期プロット版や簡易デモ版を作るのにも適しています。「とりあえずシナリオスクリプトを入れてみて、AIに生成させ、どのようなドラフトとなるかを動画で確認しながら、完成イメージを膨らませながら修正していく」といった、従来時間のかかっていたプロセスが何度も短時間で繰り返し/やり直しが可能になり、より高品質で凝った動画を制作するプロユースでも利用価値をもたらす可能性があります。
現在のPictoryは主にデジタルマーケティングの分野で成功を収めています。企業がトレーニング・eコマース等の宣伝や啓蒙用途で動画を作成する際、Pictoryを使用することで作業時間を大幅に削減し、短期間で多くのコンテンツを制作した事例が多数出てきています。
Pictoryの料金プランは、月額制で提供されており、ユーザーのニーズに応じた複数のプランが用意されています。基本的な機能を備えた個人向け/プロ向けプランから、よりチームで高度な編集機能を利用できるチームプランまで、幅広い選択肢があります。また、企業向けにはカスタマイズされたプランも提供されており、規模に応じた柔軟な料金設定がされています。
Pictoryは、戦略的パートナーシップの面でも注目されています。Getty Imagesとの提携の他に、AIを活用した音声合成ソフトウェアを手がけるElevenLabsとの提携により、AI音声技術を強化し、動画内の音声生成や字幕の自動生成をさらに進化させることに成功しています。このパートナーシップにより、動画制作のさらなる自動化や高度化が進むことが期待されています。
ロングフォームをショートフォームへ: Opus Clip
Opus Clipは、長尺の動画から短尺のクリップを自動生成することに特化したAIツールです。特に、YouTubeのような長尺コンテンツからTikTokやInstagramやYoutube Short用の短尺クリップを生成するニーズに応えています。
ショート動画で新規ユーザを獲得し、自身のロング動画へ誘導し、よりエンゲージメントの高いチャンネル登録ユーザへ転換していく。これが現在のYoutuberにおける獲得戦略の主流となっています。そのため長尺コンテンツのキーパートを抽出しショートフォームの動画に変換することが、動画マーケティングやSNSでのプロモーションにおいて重要なプロセスとなっています。この作業は時間がかかり、しかもどの部分を切り取るべきかという判断も難しいものでした。
Opus ClipはAIを活用し、動画内の視聴者にとって価値の高い部分を自動で見つけ出し、最適なクリップを作成することで、この課題を解消しようとしています。
Opus Clipは、「1つのロングフォーム動画から10のバイラル(ショート)クリップを、10倍の速さで」と謳っているように、長尺動画コンテンツのURLを入力するか、動画をアップロードし5分程度待つだけで、見どころを数秒から数分のショートフォームの動画クリップとして分割することができます(実際に30分ほどのロングフォーム動画から10-20個、各30秒-1分程度のショートフォーム動画を作り出すことが可能)。ただ抽出するだけではなく、ショートクリップ毎の訴求力のスコア付け、字幕をショートフォームの縦横比用に再構築、画面フレームの再構成(例: 話者2人を縦型に並べる)まで自動で実施してくれます。
これにより、クリエイターはこれまで以上に短尺動画の効率的な編集とアップロードが可能になり、より多くのオーディエンスにリーチする機会を拡大することができます。
ビジネスモデルとしては、Opus Clipも月額制の料金プランを採用しており、個人クリエイターから企業まで、さまざまなニーズに応じたプランが提供されています。無料のトライアルプランもあり、利用者は試しに使ってみることができます。
Opus Clipは2024年8月に、シリーズAで3,000万ドル(約45億円)の資金調達に成功し、ClipAnythingと呼ばれる新機能を発表しました。自然言語によるプロンプトで動画の任意の場所を切り取ることができるこの新機能により、より正確で効果的なクリップ生成が可能となり、コンテンツのリサイクルや他のプラットフォーム展開がさらに簡単になります。リード投資家はMillennium New Horizonsの他、AI Grant、Samsung Next、DCM Ventures、Alumni Ventures、Alpine VCなどトップティアのベンチャーキャピタルが参加しており、今後の成長が期待されています。
おわりに
本稿では、「生成AIによって進化する動画制作プロセス」というテーマのもと、動画制作プロセスの容易化とそれによってさらに拡大する動画クリエイターのマーケットが作り出される事例を取り上げました。
PictoryとOpus Clipに共通するのは、生成AIを活用して動画制作プロセスを効率化し、ユーザーが抱える時間的な課題を解消している点です。これにより、動画制作のハードルが下がり、技術的スキルを持たない人でも自身の発想を活かした品質向上に取り組む時間を確保できたり、制作する本数を増やせたりするようになっています。特に、1st/3rd Party Cookieの規制/廃止を背景に、オーガニックにユーザ獲得をする上で、動画コンテンツは重要性が増しています。たとえ、荒削りでも本稿で取り上げたようなツールを使いこなし、バズるまで企画を高速にアウトプットし続けるクリエイターがよりアテンションを獲得しやすくなることを考えると、こうしたツールは今後ますます活用されていくと考えられます。現状ではまだトップレベルの動画クリエイターと同レベルにするには手作業での編集なしには実現できていませんが、日進月歩で進化するAI技術を見ていると、さらにクオリティが高いものが早く安く作れるようになる未来が容易に想像できます。
PictoryやOpus Clipが提供する自動化機能は、新たなサービスやプロダクトを企画する上で、多くの示唆を与えてくれます。今後、生成AIを活用したさらなる効率化や、クリエイティビティを高めるための新しいツールやサービスが登場することが期待されます。
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