増えつづけるDAOの波はメディアにも
Ximera Media Next Trends #29|Author: Ikuo Morisugi|Feb 10, 2022
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はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第29回となる今回は、本連載でも過去に取り上げている分散自律型組織「DAO」について、メディアの領域でどのような活用ができるか取り上げたいと思います。
2021年あたりから多数のDAOが立ち上がり、現在も数えきれないほど新たなDAOのニュースを目や耳にします。オークションでアメリカ合衆国憲法の原本を購入するためにクラウドファンディングで資金を集めたConstituionDAO、ファーストフードフランチャイズを買収するFriesDAO、仮想のブロックチェーン都市を作るCityDAOなど、短期間で明確な目的をもったものから、長期間でラディカルな実験に取り組むものまで本当にさまざまなものがあります。
DAOの中にはメディア領域を専門とするDAO(Media DAO)も存在しており、DAOがメディア企業や組織への考え方にどう影響を及ぼしているのか、具体的にどのような事例が出てきているのか見ていきたいと思います。
DAOはメディア組織にどんな価値をもたらすのか
本連載第26回でDAOは、トークン保有者が投票を行い、組織としての意思決定を行っていくことができる分散自律組織と説明しました。それを可能にしているのが下記3つの要素です。
- 参加者は長期的にトークン価値の高騰を期待していること
- プロジェクトにオーナーシップを持つ(=ガバナンストークンや分割されたNFTを持つ)ことで各参加者にプロジェクトへの貢献意識が生まれること
- 貢献度が高い参加者には報酬がより高くなるように、関与度によってトークンが付与されること
この仕組みをメディアの編集組織にも適用することができます。DAOの組成により運営資金やライター・編集者を獲得する、記事やメディアとしての方向性を投票で決めるなど、大から小までさまざまなことに活用が可能になります。たとえば、従来では成し得なかった規模の参加者を取り入れて、新たな分散自律的なメディアを作る、よりインセンティブを与える形でユーザ参加オプションを既存メディアに機能として統合するなど、使い方次第でDAOは組織に対して新たな価値を与えることができます。
運営すべてがDAOで実行されるメディア: Bankless DAO
メディア領域でDAO化を果たした先行事例として挙げられるのが、本連載第26回でも紹介したBanklessです。Banklessは、現在の銀行を中心とした中央集権的なシステムから分散自律型の金融システムへの移行を唱えるメディアです。LLC(有限会社)としてニュースレターやPodcastを中心に配信しており、Substackの有料サブスクによって収益を確保していた一方で、Banklessは長期的に10億人を分散自律型の金融へオンボードさせることを目指しています。ニュースレター、Youtube、Podcastの配信を成長させること、アパレルなどメディア以外の事業を拡大していくこと、仮想通貨のインデックスファンドなどと新たなDeFiプロダクトを提供していくこと、など1メディアにとどまらない動きを加速させようとしています。
そうしたメディアを超えた動きをしていくためのリソース確保(資金、人材、報酬)の手段としてBanklessDAOを作ることを選びました。$BANKと呼ばれるガバナンストークンを発行しコミュニティでプロジェクトやプロダクトを共同保有し運営していくことへ舵を切ったのです。
BanklessDAOで興味深いのは、Bankless LLCを解体せずトークンを持つ1つの参加主体としたことで、有象無象のメンバーの入れ替わりが予期されるDAOに対して、プロジェクトをリードし運営を安定させる形を作っていることです。DAO創立時はBanklessが持つトークン割合はゼロでしたが、25%はBankless LLCが保有することをコミュニティに提案し、投票によってそれが認められました。
BanklessDAOは、2022年1月現在で、1万7000人以上のコミュニティメンバーが存在し、50万ドル(約5500万円)を超える仮想通貨収益の獲得、Banklessモバイルアプリのアナウンス、仮想通貨インデックスファンドのBankless DeFi Innovation Indexのロンチ、NFT連動アパレルのDAOpunksロンチ、Bankless Mediaが提供するコンテンツの翻訳を多国語展開するInternational Media Node Projectのロンチなど、2021年5月のDAOロンチ後わずか8ヶ月でさまざまな取り組みをスタートさせています。1万7000人というと、会社で例えるともはや大企業のレベルです。もちろん全員がアクティブなわけではありませんが、メンバーが増えれば増えるほどよりスケールアップしていくことができます。
DAOと聞くと、分散自律型で中央集権型の企業が入り込む余地がないようなイメージがある方も多いと思いますが、Banklessようにハイブリッド型で一般の企業とDAOが交わり、Web3の関連事業を立ち上げていくことが、今後のビジネスを作る組織の一つのロールモデルとなるかもしれません。
編集方針を決定するコミュニティとしてのDAOドロップカルチャー型クリプトメディア: Dirt DAO
DAOをメディアに取り入れた事例の2つ目がDirtです。Dirtは、ストリーミングTVとエンターテイメントに関するトピックを取り上げるデイリーニュースレターとして、The New Yorkerのライターであり、Study Hall(ジャーナリストのコミュニティ、本連載第5回参照)のFounderであるKyle Chaykaさんによって2020年12月に立ち上げられました。2021年5月時点で、3600人の無料登録ユーザがおり、デイリーで40%以上のオープン率、3000回以上のViewがあり、NetflixやHBOの幹部が読者にいました。
ここまでは、時折耳にするSubstackニュースレターの成功例のようですが、Dirtはここからさらにメディアとしてカバートピックを増やすため、NFTとソーシャルトークン($DIRT)によって資金調達を行うことを発表しました。とくにNFT、ビデオゲーム、メタバース、Web3に関連するトピックを扱うことは、デジタルエンターテイメントのメディアでは必須になってきており、新たなフリーランスライターと共にコンテンツを増やす方向に舵を切りました。
さらには、The New Yorkerのイラストや漫画を担当していたアーティストのJason Adam が描いたキャラクターDirtyをDirtのNFTアートとしてMirrorやOpenSeaでクラウドファンディングを募りました。DirtはSupremeが行っているようなドロップカルチャーに倣ってシーズン(数ヶ月)ごとに新たなトークンとNFTを限定発行することで、コミュニティを活性化しています。
初期にトークンやNFTを手に入れた参加者ほどレア度が増し、新たなトークンやNFTドロップを手に入れる優先権を得ることができます。たとえば、シーズン1に提供されたDirty-S1 レインボーカラーのNFTは、限定1個でオークション形式で1.23 Eth(約30万円)で落札され、Dirty-S1 パールピンクは、限定30個で0.2ETH(約6万円)が完売、Dirty-S1 エンドウグリーンは限定100個で0.05ETH(約1.5万円) も完売しました。またこのNFTを保有しつづけた場合は、別途200 $DIRT-S1トークンが付与されます。このようにシーズンを通じたNFT発行と資金調達が行われ、クリプトメディアとして実践してきて得られた考察がこちらにまとめられています。
そして2022年1月にはDirtDAOの発表をアナウンスしました。DirtDAOでは、これまでDirtでNFTを購入した人にコミュニティトークンを発行し、Dirtの今後についてコミュニティが投票できる意思決定を促せる仕組みを作ることを一つのゴールとしています。KyleさんはDirtDAOは実験であり、ブロックチェーンが何でもできる、スケールアップできる、会社全体を運営できると言うつもりはなく、読者が出版物や編集プロセスに対してどう参加していけるかの1つの方法にすぎないと述べています。現在DirtDAOには130名のメンバーがおり、60-70%は知り合いだったりと、ある程度顔の見える形でのコミュニティとなっている模様です。しかしすべてのプロセスをDAOで決めるわけではなく、編集プロセスの一部(次に取り上げるべきトピックの優先順位など)に対しコミュニティが参加できるものとなっています。Banklessがかなりラディカルに仕組みごと大きく組織を変えているのに比べ、DirtはメディアとしてDAOの現実的なあり方を探ろうとしているように見えます。
おわりに
今回は「Media DAO」についてとりあげました。あらゆる領域で増え続けているDAOですが、メディアでも例外ではありません。実際にライターや編集者、グラフィックデザイナーがMediaDAOに所属し、フリーランスの新たな形も模索されています。Banklessのように組織全体でMedia DAO化していく場合もあれば、Dirtのようにあくまでコミュニティを大事にしていく仕組みとして機能させる場合もあります。
まだまだWeb3やDAOは実態が見えにくいものだと思いますが、やはりプロジェクトやプロダクトのコアメンバーの設計次第で良いも悪いも決まるのではないでしょうか。Ximera Media Next Trendsでは今後も大きく組織やコミュニティのあり方を変えるWeb3およびDAOについて注目していきたいと思います。
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