2025.12.25|Ximera Media Next Trends #80|Ikuo Morisugi
AIを導入する・しないの議論から経営の前提へ移った一年
- はじめに
- 1. ユーザー接点の変化:AI経由トラフィック獲得戦略が必須に
- 2. ビジネスモデル:広告以外の収益化手段の獲得がより重要に
- 3. プロダクトとUX:AI要約/対話/実行まで支援可能に
- おわりに
はじめに
本連載の2024年を振り返る記事では、生成AIが投資を呼び込み、検索体験を変えはじめた1年として2024年をまとめました。
2025年は、その延長線上でさらにAIへの投資および進化と普及が一段進みました。AIが何かを作る/相談するツールから、ユーザー接点に入り込み、情報を理解させ、意思決定を補助し、場合によってはサービスや商品の購入や決済まで実行する存在になり始めたためです。それによりユーザ行動は次のような変化が起こりました。
①コンテンツの発見: 検索順位やSNS拡散経由だけでなく、AIの要約・回答・対話の中で自社のサービスやコンテンツに最初に触れられる機会が増えました。
②エンゲージメント: 記事本文や商品ページの熟読から、AIによる要点要約・比較・Q&Aを通じて短時間で理解される段階へ移りました。
③コンバージョン: 別サイトへの遷移後の行動から、AIとの対話や推薦の流れの中で購入・申込みまで近づく段階へ移りました。
本稿では2025年に起こったAIがメディアやコマース関連に与えた影響をまとめます。具体的には、AIがより重要なユーザー接点になり、収益化手段が変化し、プロダクトとUXが再設計されている点を取り上げます。
1. ユーザー接点の変化:AI経由トラフィック獲得戦略が必須に
2025年は2024年に引き続きChatGPT、Gemini、Claudeなど汎用AIがアクティブユーザ数を伸ばし、多くの人にとって日常利用が当たり前になってきました。ChatGPTだけを見ても週次アクティブは2024年12月から2025年4月の半年足らずで、3億人から8億人に急増しています。検索エンジンやSNSだけでなく、AIの要約・回答・対話を起点に理解や比較がなされるAI経由のユーザ接点の重要性が高まっています。そのような状況の中で、本連載#76では、AI経由トラフィックの獲得手段として、①パートナーシップ、②自力での最適化、の二つのアプローチを取り上げました。
USのeコマースでは生成AI経由のトラフィックが急増したことが報告されています。Adobe Analyticsの分析では、AI経由のeコマースサイトトラフィックが短期間で大きく伸びたこと、さらにAI経由の訪問者は滞在時間や閲覧ページ数が高く、直帰率が低い傾向を示しました。
メディアに対してはまた異なる影響を与えており、特にニュースサイトに対しては、検索結果や要約から引用元サイトをクリックしない、所謂「ゼロクリック」問題が顕在化しています。ユーザーがAIの要約や回答で全体像を掴み、必要なときだけ出典に遷移するため、これまでのSEO中心の集客はより難しくなり、クリック獲得からAIに引用される情報設計へ重心が移りつつあります。これは単に文章の書き方を工夫するだけでなく、AIに参照されやすい一次情報の構造、見出し設計、比較可能性、更新頻度といった、編集とプロダクトの両方の要素が絡んでいます。
さらに汎用AI各社はユーザー接点拡大のため、AIブラウザをリリースし、コンテキスト理解、閲覧から実行の一本化、タブ切り替えの手間減少、継続的なユーザ行動の獲得を画策しています。
加えて直近の出来事として、ChatGPT内にアプリストアが立ち上がったことも、さらなるユーザー接点の拡大につながります。OpenAIはChatGPT内で利用できるアプリ(Apps in ChatGPT)を探して有効化できるアプリ・ディレクトリと、開発者向けのApps SDKを公開し、第三者がChatGPT上でアプリを配布できるモデルを開始しました。ここで重要なのは、AIが情報を返す場所から行動を起こす場所へさらに近づくことです。たとえば音楽やフードデリバリーのような外部サービスがChatGPT内のアプリとして並ぶほど、ユーザーは検索してサイトへ行く前に、まずChatGPTの中で比較・選択・実行の一部を始めるようになります。
自社サービスの価値はページに来てもらうことだけで成立するのか、それともAIに要約されてもなお出典として選ばれる一次情報なのか、前者であれば、ユーザー接点がAIに寄るほど不利になります。後者であれば、AIはリーチ拡大や収益化する装置にもなり得ます。
2. ビジネスモデル:広告以外の収益化手段の獲得がより重要に
ユーザー接点が変わると、ビジネスモデルも変わります。AI時代におけるメディア関連でのマネタイズのアプローチは2点あり、一つは、AI企業へのライセンスや提携を通じて、コンテンツを正規に供給し対価を得る道です。本連載#76や#79で整理したように、アーカイブライセンス、広告レベニューシェア、リアルタイムフィード連携、ライセンスの自動化といったモデルが浮上しました。
もう一つは、AI要約が普及しても購読価値が落ちないよう、独自性や深さ、体験としての読みやすさに投資してサブスクを磨き込む道です。この道は決して容易ではないですが、AIが一般化するほど一次情報の信頼性と編集の品質が差別化につながるため、長期的には効いてきます。
コマース側では、コンバージョン率が今まで以上に重要になります。ユーザーがAIで比較・検討を済ませてからサイトへ来るなら、その後のエンタメ感の演出や、不安やめんどくささの解消、などを提供しスムーズに購入が完了する体験で勝負する必要があります。本連載では、その事例としてライブコマースおよびリピーター獲得で完了率を上げるスタートアップのプロダクトを取り上げました。
投資の文脈でも、勝者への資本集中が起こっています。上記記事で取り上げたライブコマースのプラットフォームWhatnotについては2025年初頭の資金調達が報じられ、その後も追加調達が報じられました。eコマーススタートアップへの投資は全体としては減少傾向ですが、カテゴリー全体が追い風でなくても、取引が回る設計を作れた勝者に資本が集まる構造が発生しています。
3. プロダクトとUX:AI要約/対話/実行まで支援可能に
2025年現在提供されているプロダクトでは、AIによる要約や対話UIが一般化しました。日本では、SmartNewsが生成AIで複数記事を要約し一つの読み物としてまとめる機能を発表し、LINEヤフーはYahoo! JAPANアプリでヤフトピ記事の要点をAIが3点でまとめる機能を開始しました。
ユーザーはまず要点を理解し、次に出典に遷移するか、関連を深掘りするかを決めます。メディアにとっては、記事の価値は全文を読ませるだけでなく、「要点として正確に伝わり、信頼できる出典として引用されること」の重要性が高まっています。
コマースでも、対話UIが購買体験に組み込まれています。AmazonのRufusがアプリ内の買い物相談を提供し、Walmartはアプリに生成AIアシスタントSparkyを導入しました。中小企業のECサイトであってもOmakase.aiのようなプラグイン型のサービスによりAIによる対話UIの実装が可能になりました。
プロダクトとUXの洗練化については、自社サービス内の対話UIと並行して、汎用AI内のエコシステムでも起こっています。象徴的な事例として、上記で挙げたChatGPT内で外部サービスや機能を呼び出せる Apps in ChatGPTに加えて、Instant Checkout が挙げられます。Instant Checkoutは自社のECサイトと連携してChatGPT上で商品検索から注文/決済まで完了できる一連の購入フローを実現します。
この動きは、従来の「AIで検索してアクションが必要なら外部サイトへ遷移する」モデルから、「AIの中で比較・選択・実行の一部が完結する」モデルへの転換を示します。この文脈で重要なのは、もはやコマース事業者にとっての競争領域が自社サイトのUI改善だけではなく、AIのエコシステム内で選ばれる存在になれるかも含まれていることです。2025年後半以降はAI内部での露出・実行・決済を前提にした設計が、より本格的に問われる段階にあります。
おわりに
2025年を振り返ると、AIがより強力なユーザー接点になり、トラフィックの一部は検索からAIの回答・引用に代替されつつあります。ユーザー接点が変わると、収益化の軸を変えていく必要があり、ライセンスや広告収益分配といった新しい収益化の形も増えました。さらにその前提として、汎用AI以外の企業でも自社のプロダクトにもAIによる要約と対話が実装されることも珍しくなく、ユーザーの期待水準が上がっています。
2026年に向けて、メディア業界とコマース業界が最初に設計し直すべきものは、AIを導入するかどうかではなく、「AIがユーザー接点の当たり前となった世界で、どの情報が引用され、どの体験で完了し、どこで価値を収益化するのか」という全体設計です。
メディアであれば、要約されてもなお誤読されず、出典として選ばれる情報の構造化が必要です。コマースであれば、対話や推薦の中で選ばれ、購入がスムーズに完了する体験が必要です。
2025年は、AIに対する位置づけが、現場に導入する/しないの議論から経営の前提へ移った一年でした。本記事が2025年のトレンドを振り返りながら未来のビジョンを描くことの一助になれば幸いです。本年もお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。
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