Ximera Media Next Trends #33|Ikuo Morisugi|April 26, 2022
はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第33回となる今回は、「Web3の理想と現実」について、取り上げます。
Web3については本連載では「ブロックチェーンに代表される分散化技術を使った脱中央集権的な新しいインターネットの形」と定義し、これまで何度か取り上げてきました。
これらの概念やそれを実装したサービスがWeb3と言われるものです。
- 分散自律的にプロジェクトやコミュニティが立ち上がる
- 貢献する行動をとるユーザに暗号通貨やNFTの報酬が分配される
- コミュニティによってプロジェクトやプロダクトの意思決定がなされる
Web3は2021年の秋頃から盛り上がりはじめ、現在では社会的にもバズワード化し、連日様々なメディアでニュースとして取り上げられるようになりました。また、自民党からNFTホワイトペーパー(案)が発表され、部会で承認されるなど民間・行政どちらからも着目されているビジネス/技術トレンドと言えます。
Web3は一見理想的な解に見えますが、その思想や理想と、現実の実装との間には残念ながらギャップがあります。バズワードとなった言葉はその抽象度も相まって、本当に何ができるのか良く理解されない期間があります。
例えば、今でこそクラウド、IoTといった言葉は、何を表すか、何ができるか認識が揃ってきましたが、バズワード化した際は定義もバラバラでしたし、実際どこまでできているのか社会でイメージが統一できず、理想と現実のギャップがある状態でした。
近年ですと、メタバースやWeb3がそれに当たります。そうした抽象度の高いバズワードをバランス感覚をもって捉えることで、流行に踊らされすぎず、うまく波に乗るということができると考えられます。
本稿では、Web3が理想としているものと現実に起こっていることを事例として取り上げ、ギャップや問題を正しく理解することを目的とします。また本連載でも今後どのようにその問題を解消できるのか、スタートアップの事例も交えながらご紹介したいと思います。
Web3の理想像
Web3が支持されている理由として、大きく3つの特徴があります。
- データの相互接続性(Interoperability): データの所有権はユーザに移り、異なるプラットフォーム間で自分のデータを一貫して利用できる
- 貢献に対するインセンティブ付与(Financialization of Everything): 貢献するユーザへ報酬が分配される
- ビルディングブロック性(Composability): データやコンテンツを組み合わせることによりにより新たなユースケースが生まれる
1. データの相互接続性(Interoperability)
Etheriumなど共通ブロックチェーン規格にトランザクションが記録されることにより、データの相互接続が可能になります。Web2ではTwitterで獲得したフォロワーをFacebookにも持っていくことはできませんが、Web3では同様のことが可能になります。
例えば、Web3のブログプラットフォームのMirrorで作成された記事は、同じくWeb3コミュニティのHiDEにインポートやエクスポートすることができます。他にも異なるウォレットアプリ間でNFTを受け渡しできたり、元々購入したNFTマーケットとは異なるマーケットでNFTを売り買いできます。
各エンドユーザやノードが持つデータが、プラットフォームやアプリケーションから切り離され、オンチェーンで管理されることで、ユーザが所有する・所属するデータの相互運用を可能にしています。
2. 貢献に対するインセンティブ付与(Financilazation of Everything)
ブロックチェーン上のサービスで管理・運用されるトークンが発行され、そのサービスやプロジェクトに貢献的な行動をするユーザにインセンティブが与えられます。
例えば、ある著者が新刊を発行したいとき、NFT化して、その一部をユーザへ分割して資金援助をしてもらうことが可能です。分割されたNFTの保持割合に応じて、資金援助したユーザにも将来的にトークン報酬を渡すことや、今後のプロジェクトの方針を決める投票の権利等を渡すことができます。
このように従来ファンと呼ばれていたようなユーザを巻き込み、貢献的行動に対して報酬を渡すことで、これまで金銭的や待遇的に報われなかった面に光を当てることが可能になりました。
3. ビルディングブロック性(Composability)
Web3では、各データやコンテンツがそれ自体を材料としてみなし、それを組み合わせることで新たなデータやコンテンツを生み出すことができます。
例えば、元Vine創業者のDom HoffmannさんがはじめたNFTプロジェクトの「LOOT」は、最初は8つのアイテム名のテキストでしかなかったNFTが発行されたことをきっかけに、インターネットコミュニティのクリエイターや開発者が集まって、無数の派生NFTコンテンツやプロジェクトが生まれました。テキストに絵をつけたり、別の人が作ったいくつかのNFTを素材として組み合わせて新しいアイテム(合成NFT)を作ったり、Lootで利用できるDAO用のガバナンストークンができたり、と様々な事例が起こりました。
初期にLootのNFTを発行したDomさんは、8000個のLootを発行できる仕組みは提供しましたが、具体的に何を作るか、どう作っていくかを指揮したわけではなく、自然発生的な流れで開発者やクリエイターが参加し、素材・作品・ツールが生まれていきました。これはまさにWeb3の持つコンポーザビリティによって実現されたボトムアップな事例になります。
以上のようにWeb3の3つの特徴を兼ね備えて実現されたサービスはとても魅力的に思えます。この仕組みをみなが実装していけば、ユーザ主導でデータが管理され、貢献的行動をとる人にしっかり報酬が払われ、誰もが自由に2次創作し、面白いものが次々と出来上がってくる未来も想像に難くありません。この世界観に多くの支持者を得て今のWeb3のムーブメントが起こっていると考えられます。
Web3の現実
一見理想郷のように思えるWeb3ですが、現実はそれほど甘くはありません。ここでは、理想と乖離する代表的な3点をとりあげます。
- 中央集権的なプラットフォームへの依存: NFTなどデータの保持が特定のプラットフォームに依存するケースがあり、プラットフォームがダウンしたり、制限をかけたりするとユーザが所有するデータも利用できなくなる
- 総体としてコストの高さ: プラットフォームの手数料は確かに低くなっているが、ネットワーク利用料(ガス代)やトランザクションに必要なノードの数などネットワークのトランザクションコストが高い
- 利用ハードル・セキュリティ・脆弱性: Web3系サービスは金銭的な初期投資および利用技術やセキュリティに対するリテラシーを求められ、多くのユーザにとって使うハードルが高い
1. 中央集権的なPFへの依存
Web3は総体としてはたしかにEtheriumなどパブリックなブロックチェーンの仕組みの上に様々なサービスがオーバレイすることで、分散自律型になっています。ただし、そこに内包される仕組みについては、一部中央集権的にならざるを得ない部分があります。
例えば、様々なdAppsと呼ばれる分散自律型アプリケーションの多くは、様々なブロックチェーンと通信するために、InfuraやAlchemyと呼ばれるWeb3版のIaaS*を利用しています。ということは、InfuraやAlchemyがダウンしたり、ハッキングされたりすると、当然多くのアプリケーションが利用できなくなってしまいます。
またデータの接続性についても問題のある事例として、各NFTマーケットで同じNFTにもかかわらず異なる画像を設定できることを実験を行っていた技術者(メッセージアプリSignalの創業者 Moxie Marlinspikes)のNFTが、警告もなくOpenseaから削除されました。そして驚くべきことに、そのNFTがウォレットアプリのMetaMaskで表示されなくなってしまったのです。例えプラットフォームから削除されたとしても、元々のNFTデータはブロックチェーン上に記録されているためNFTはなくならないはずです。
ですが、この例ではMetaMaskがOpenseaのAPIからNFTのデータを参照しているために表示できなくなりました。おそらくパブリックチェーンにデータは残っているはずですが、上記のように既に人気を博しているウォレットアプリ・NFTマーケット・IaaSなどに依存し、オンチェーンのデータを参照しないことで、ユーザが不利益を被っています。これではWeb2と同じで、データの相互接続性が実現しているようには見えません。
2. 総体としてのコストの高さ
新たなWeb3サービスでは、手数料の低さを掲げることが多いです。例えば、HiDEは課金が発生するトランザクションで最低で0.5%の手数料しか取りません。暗号通貨の交換サービスのUniswapでもトークンの組み合わせによりますが0.3%の手数料です。こうした低い手数料が人々のトークン経済やWeb3サービスへの興味関心を促進しているのは間違いありません。
一方でブロックチェーンを単なる分散型のデータベースとして見たときに、そのトランザクションにかかる金銭的コストとネットワークパフォーマンスは決して良くはありません。Etheriumでは送金や決済を行う際にガス代と呼ばれるネットワーク料がかかります。ガス代は仮想通貨(ETH)建てで支払う必要があるため、Etheriumのトークンとしての価値が高まると、ガス代も高くなる仕組みになっています。これはEtheriumネットワークへのハッキングを防ぐための仕組みではあるのですが、それが故に決済金額の手数料のように上乗せされてしまいます。またより早く取引を完了させるためには、上乗せのチップが必要となり、さらに金額がかかってしまうことになります。
トランザクションの速度もブロックチェーンの課題となっています。送金や決済でも数秒~数時間がかかるため、中央集権的なデータベースや既存の決済ネットワークと比べるとスピードが遅いです。ネットワークのパフォーマンスを良くするためには、ネットワークの混雑を減らし、高いガス代を払うことが必要になります。
これらを総合して送金や決済に関して乱暴に言ってしまえば「Visaでクレジットカード決済する方が決済速度も手数料も安い」場面があるということです。これは決済だけではなく、意思決定でも同じことが言えます。分散自律型であるが故に意思決定に時間がかかることで、DAOのコミュニティで意見や方向性がまとまらない等の弊害が生まれています。この状況は、まだWeb3が一部のアーリーアダプターしか巻き込めていない状況で露呈しているため、後続の参加者のモチベーションを下げないためにも改善が必要になってくる点です。
3. 利用ハードル・セキュリティ・脆弱性
Web3サービスの中には一般の人にとって使い始めるまでにかなりハードルが高い場合があります。例えば、NFTスニーカーを履いてウォーキング・ジョギングによりトークンを稼ぐことができる「Move to Earn(動いて稼ぐ)」をコンセプトにあげているSTEPNですが、はじめるためには最初にNFTスニーカーを購入する必要があります。NFTスニーカーを購入するには、仮想通貨ウォレットを作り、海外の取引所でSolanaトークンを購入する必要があります。2022年2月末で初期費用が約8-9万円かかるため、多くの人にとってははじめるだけでも非常に敷居が高いものになっています。
STEPNの他にも、Play to Earn、Learn to Earnなど様々な「X to Earn(Xして稼ぐ)」のサービスが数多く生まれている状況ですが、多くは初期投資が必要なことが多く、将来的な価格下落などリスクも踏まえた上で入り込む必要があります。
また、現在DiscordなどでNFTやWeb3に関する詐欺が大量に横行しています。Web3のサービスのコミュニティ上のコミュニケーションはDiscord上で運営されることが多い(Discord自体はWeb2のサービス)ため、Discordにいるユーザに向けて毎日大量のスパムメッセージが送られています。NFTアートなどは、同じ画像を誰でもNFTとして出品できてしまいます。誰が出品したか、どのような取引を経てきたかは、オンチェーンに記録されていますが、残念ながら出品されたアートが本物か偽物かは検証できません。またプラットフォームの脆弱性をついた、高額NFTアートの盗難なども事件として起こっており、参加するユーザが高いリテラシーを持って対応できないと危険な事態を招く可能性もあります。
おわりに
今回は「Web3の理想と現実」についてとりあげました。Web3はこれまでプラットフォームにロックインされてきたユーザやクリエイターが、データを所有し様々なプラットフォームを相互接続、貢献するごとにインセンティブを獲得し、コンポーザビリティによって新たなコンテンツ生成を広げていく、という新たな経済循環モデルを作る土台になりえるものです。
一方で実は中央集権的なプラットフォームに依存する形が一部起こっていることや、ネットワークパフォーマンスや手数料の観点で総体としてのコストはまだ高いこと、適切なリテラシーを持って対応しないと盗難や詐欺にあうこともあります。もしこれからWeb3に入り込むのであれば、こうした現実を意識した上で取り組むべきです。
まだWeb3自体がメインストリームとなるのか、一時期の流行となるかは読めない状況です。ビジネス的にも技術的にもこれだけ大きな変化が起こることは稀で、起こっている現実は理解しつつも、まだ諦めたり見過ごす段階ではないと思われます。特に、Web3は「個人がデータやコンテンツや活動結果を所有し、アイデンティティがそこに紐づくこと」を可能にするソリューションで、それが社会を大きく変える可能性があります。引き続きXimera Next Trendsでもこの動向を追っていきたいと思います。