Ximera Media Next Trends #39|Ikuo Morisugi|August 9th, 2022
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はじめに
メディアのトレンドとそれを巻き起こすスタートアップを追いかける連載シリーズXimera Media Next Trendsの第39回となる今回は、上半期に扱ってきた社会・経済・メディア関連のトレンドを振り返ります。
1. サスティナブルの関心は持続するも実効性やいかに
2. クリエイターエコノミーは伸びているが課題も明らかに
3. 経済全体が世界的な景気後退(リセッション)局面に
4. Web3の理想と現実が少しづつ明らかに
サスティナブル分野への関心は持続、課題も浮き彫りに
カーボンニュートラルやネットゼロなど環境問題をはじめとしたサスティナブル分野について、日本ではマスメディアでも取り上げられ、多くの人が意識するようになりました。一方で、掲げられている目標の達成はかなり難しいことが浮き彫りになっています。
ネットゼロは2015年に締結されたパリ協定で、2050年までに炭素排出量をゼロにすることが目標です。しかし各国が表明している現在のコミットメントベースでいくと、ネットゼロは40%ほどしか達成されないと言われています。
また目指すゴールと官民で行っている施策の効果のギャップが発生しています。例えば、エコだと言われている電気自動車は一見排気ガスを出さないので環境負荷を下げる効果があるように見えますが、電気の多くは石油を燃焼する火力発電で作られているため間接的な二酸化炭素排出量はガソリン車と比べても少なくありません。製造過程においても、リチウムイオン電池の原料として希少資源(ニッケルやコバルトなど)を掘削する必要があるため、鉱山資源の枯渇や環境破壊につながっているという批判もあります。
上記のようにサスティナブル関連の施策は、本当に社会で要請されている目標達成に貢献できるのか、見せかけだけとなっていないかをよく検討した上で、さらにビジネスとしても成立させる必要があり、非常に難易度が高いです。
本連載ではリセールやパーソナルローンの分野でサスティナブルな取り組みを紹介しています。これらは環境問題だけをフォーカスした内容ではありませんが、ビジネスとして成立させながら、いかにブランドや消費者にとって最適な形が実現できるかチャレンジしているものになります。
#30 サスティナブルコマース: リセール支援プラットフォーム
#31 サスティナブルファイナンス: ヘルシーなパーソナルローン
コマースであれば、将来的には物販やイベントならず、デジタルを含むあらゆるコンテンツについて二次流通が進むと、過剰な追加生産をおさえ、流通コストを下げることにつながる可能性があります。ファイナンスであれば、借金漬けで返済できない個人を多く救うことで、ホームレス化や貧困を減らすことにもつながります。こうした取り組みを様々な分野で官民が実施し、しっかり効果を計測していくことが重要だと思われます。
クリエイターエコノミーは伸びているが課題も明らかに
2021年の調査では、クリエイターエコノミーの市場は、約1042億ドル(約14.6兆円)で、クリエイターの数も世界で5000万人以上おり、年々成長していると言われています。一方でクリエイターのほとんどは、生きていくために十分な収入を専業で稼げているわけではありません。99%のクリエイターがHobbyist(趣味)として活動している状況で、ミドル(中堅)クラスのクリエイターがどれほど成功できるかが今後の業界の持続性に関わってくると思われます。
これに対して、支援の方法は多数ありますが、クリエイターエコノミーに深い洞察と示唆を持っているAndreessen Horowitz出身のLi Jeanさんは下記の10個のアイディアを提示しています。
基本的には、クリエイターは、①資金を獲得し、②コンテンツやプロダクトを製作し、③それを配信してトラフィックを獲得し、④獲得したトラフィックでマネタイズをする流れが一般的なので、そのファネルの一つ一つをサポートすることが必要になってきます。
本連載ではその中でも①をどのように支援できるか、クリエイター特化ファンドやファンにも収益分配できるクリエイターとファンのためのクラウドファンディングプラットフォームなど新たな事例を紹介しています。
経済は景気後退(リセッション)局面へ
2021年12月をピークに米国経済は大きく株価が下がっています。サプライチェーンの混乱や原油高を中心に物価がインフレ => 政府がその抑制のため利上げを実施 => 企業の資金繰りと業績悪化を懸念した投資家が株を売却していることが主な要因と考えられます。
まだ政府や金融機関は明確に「景気後退」を宣言していませんが、今後さらに金利が上がる可能性があり、それにより経済成長率が鈍化することで、2023年にリセッションに陥る可能性があります。日本はまだ米国ほどの株価下落は見られてませんが、ピークの2021年9月から徐々に株価が落ちている状況となっています。
特に厳しい環境にさらされているスタートアップはこの状況下では、一刻も早く資金を獲得し、徹底的なコストカットを行い、戦略的に効果の出るビジネスのみに投資を集中させることが生き延びるために必要になります。本連載でも以下の記事でとりあげています。
世界的なトップティアVCであるSequoia Capitalも、必要であれば30日以内に生き延びられる資金を確保しつつ、以下を実行すべきと述べています。
- 新たな収益源を作る
- ユニットエコノミクス(顧客・製品・店舗などユニット単位で事業経済性を測定する会計指標)を改善する
- コストカットする
- 次の運転資金を得る
こうした心構えや実践は、スタートアップのみに限らずあらゆる企業に必要なスタンスです。経営層だけではなくビジネスに関わる全員が意識しておくことで、現在会社がどのような状況にあり、どんな優先順位をもって意識決定がされるのか、その中で自身が会社や組織にどう貢献できるのか、クリアになるはずです。
Web3の理想と現実がより明らかに
景気後退はWeb3にも影響を与えており、明らかに暗号通貨全般の価格が下がり、NFTの総取引額についても、2022年5月2週には3.2億ドル(約434億円)ほどあった取引額が、2022年7月の第4週では4600万ドル(約64.4億円)と約7分の1まで低下しました。
Web3は中央集権的な大手プラットフォームが相互接続性なくデータを独占している現状から、非中央集権的でデータの相互接続性の世界へ移行できるものとして期待され大きな支持を集めています。しかし、どこまでそれが実現できるかはよく見定める必要があります。本連載でも下記の記事にて、現状のWeb3には中央集権的なPFへの依存、総体としてのコストの高さ、利用までのハードルやセキュリティ面でのリスクなど問題が露呈していることを取り上げています。
またインターネットのIdentityに関して、Web2およびWeb3には問題があり、それを解消する取り組みとして、Web5の概念が提唱されました。その取り組みについても下記の記事にて取り上げています。
上記の通りWeb3には間違いなく問題やリスクがありますが、それでもまだ諦めたり見過ごす段階ではないと思われます。例えば、本連載でもメディアがDAOをどのように位置付けで使っているかを紹介しましたが、こうした取り組み自体は新たなメディア組織のあり方やコミュニティを形成していくアプローチになりえます。
「個人がデータやコンテンツや活動結果を所有し、アイデンティティがそこに紐づくこと」を可能にするソリューションがWeb3であり、大きくインターネットのあり方を変えるポテンシャルはあります。引き続きその動向は注目すべきかと思います。
おわりに
今回は2022年も半分が過ぎ、半年間なにが起こっていたのかを振り返り、2022年の上半期のトレンドとしてまとめてみました。
直近のインフレと株価下落による経済への影響は、あらゆる方が気にしている点かと思います。スタートアップ界隈では、VCやプライベート・エクイティファンドの資金が提供されづらくなるため、今回取り上げたサスティナブル関連の動き、Web3関連の動き、クリエイターエコノミー関連の動きなど多くの分野でイノベーションが起こりにくくなる可能性があります。逆に言うとそういった中で耐え忍び、生き延びた企業が骨太で筋肉質になっていることになるので、成長のチャンスとポジティブにとらえていくことが重要です。